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第19話 別れと対峙

 エダの地雷とアゥダーリーの濁流。戦場が荒れ果てていてもすでに静まり返っているから、いつイウリィの他に他者がやってくるか分からない。

 エダも時間がないことはわかっているようで、身体を起こしながらネオンに言った。


「娘、話は理解した。そういうことなら王冠は返してもらおうか」

「え? 返さないよ?」

「……は?」


 ネオンの返答に呆気にとられるエダ。ネオンはにこやかな声で理由を告げた。


「だって君、私に勝てないでしょ」

「っ、ぐ……」

「そりゃ私だって王冠の力は借りたけどね、あくまでさっさと終わらせたかったからだ。あのまま続けていたって私が勝っていたのは間違いない。そんな状況で返したって、どこかで天導教に取られるだけだろう?」


 エダも自覚があるらしい。歯がみしつつも反論はせず、翼をぷるぷると震わせるだけだった。


「だからもっと強くなっておいで。私に勝てるなら王冠は返すよ」

「っ――ならば我らの王冠は必ず守り通せ! 私が貴様に勝つまで膝をつくことは許さん!」

「ふふ、いいね、それはいい。私にとってもいいモチベーションになるよ」

「ええいうるさい! アゥダーリー、さっさと離れるぞ!」

「……ええ」


 エダの呼びかけに、アゥダーリーはゆっくりと頷く。アゥダーリーはじっとイウリィを見つめると、深々と頭を下げてエダの背中に乗った。

 エダは羽ばたき、海の方角に向かって去って行く。飛び方にはまだダメージが色濃く残っていて、誰もが破暁が魔物を退けたことを疑わないだろう。


 イウリィは何も言わず、エダの姿が見えなくなっても飛び去った方角を見続ける。ネオンは微笑んで、イウリィの肩に手を置いた。


「よかったね。……うん、本当によかった」

「はい。ありがとう、ございます、ネオンさま」


 ネオンとイウリィのやりとりに、ナデシコは小さく微笑む。そして頃合いを見計らうと、街からの人影を気にかけつつネオンに尋ねた。


「で、エダとアゥダーリーの話はどう共有するつもり?」

「……え?」

「すっとぼけた顔してるんじゃないわよ。あなたとハルピュイアたちの件はともかく、アゥダーリーが天導教からイウリィのことを聞いた話はそのままにしておけないでしょうが」


 天導教。大陸最大宗教と悪魔祓いの総本山として人類の守護者たらんと自負し、すべての人間は教えに従って生きるべきだと主張する宗教国家。

 シュトラルが属する国家連盟とは対立しつつも悪魔という共通の脅威によって激しい衝突には至らなかったが、それが一転。魔物と繋がっていることが明白になったのだ。個人の胸に秘めていていいはずがない。


 そんなことは最初から分かりきっていたはずなのに、ネオンはぷいと顔を逸らしていた。心なしか青くなっている横顔を見て、ナデシコは頬杖をついてからため息を吐き出す。


「クエリ陛下に秘密がバレるのが怖いから、終わった後のことは考えないようにしてました、と」

「うぐ。ナ、ナデシコぉ……」

「甘えた声出したって無駄。大人しく怒られなさい」


 ナデシコには取り付く島もない。ネオンはすがるようにイウリィへ手を伸ばした。


「イウリィ、イウリィだって姉上は怖いよね? ね?」


 つい先ほどまで魔物と大立ち回りを演じていた姿は幻覚だったのかと思うほどの怯えよう。ナデシコも自分たちにすがる様子には可愛らしさを感じるが、それはそれとして、ここまで妹に怯えられるクエリのお説教は一体どんなものなのか、興味を超えて恐怖に似た感情が湧いてくる。

 ナデシコがまだ見たことのない家族の姿に思いを馳せる傍らで、イウリィはいつも通りの穏やかな笑みでネオンの手をきゅっと握っていた。


「ふふ。大丈夫ですよぅ、ネオンさま」

「イウリィ……」

「このイウリィ、ずっと前からいつか一緒にクエリ陛下に怒られる覚悟は決めていましたから。怒られるのはネオンさまお一人じゃありません」

「嬉しいけど違うんだよぉ……」


 嘆くネオンとよしよしと慰めるイウリィ。そのやりとりを眺めていたナデシコは遠くからやってくる足音に気が付くと、指を鳴らしてイウリィへ視線避けの魔術を施した。


「見えなくしたからイウリィもそこにいて大丈夫。ほらネオン、ちゃっちゃと切り替えなさい」

「う、うん。そうだね。大丈夫。帰るまでに言い訳を考えれば大丈夫……」


 ネオンは顔を揉んで、しっかりとした顔つきを作る。

 走ってきた男性は、ネオンが無事な安堵と、戦場の荒れっぷりへの感嘆を表情に見せつつも、隠しきれない焦りが顔に浮かんでいた。


「姫さん、よくやってくれた! ただその、疲れてるとこ悪いんだが……」

「ん? 掃討の手伝いならすぐにでも行けるよ?」

「いや、そっちは問題ない。大物が消えたおかげで消耗も少ないんだ。姫さんはとにかく、今すぐギルドに戻ってくれ。女王陛下と双巫女ふたみこ殿下が、姫さんの意見を聞きたいっていらっしゃったんだ!」


 その瞬間。ナデシコは確かに、ネオンの肺からこひゅっと絞り出された恐怖の音を耳にした。

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