フードコートで食事を終えた千成と衿華。
次に見に行きたい店はあるかと彼が問うと、衿華は「最後に行きたいお店があるんだ!
「木村桃杏珈さん……あの時来てくれた人か。体育もよく一緒にいるよな」
「そうそう!」
お目当ての店について行く千成は、衿華が体育でよく話している少女を思い浮かべていた。少し小柄だが、元気のありそうな明るい茶髪サイドテールの女子だ。
「木村桃杏珈っていうんだけど……幼なじみで親友なんだよ!」
「2人でバンドも観てくれてたよな」
「うん!一緒にいると楽しくて、ですっごく可愛くて!妹みたいな子なんだよ!あっ!このお店だ!」
衿華に従う千成は、そのショーウィンドウを見て少しだけ引きつった顔を浮かべていた。
「こ……これなのか」
千成は目を逸らしながら返す。
女性ものが中心の店内は、明らかに彼には場違いに思えた。
しかも、明るい照明の下、カラフルな服が並ぶ中に入るのはどうにも気が引ける。
「何言ってるの?さっき、神室くんがセンスあるって言ったでしょ?だから、アドバイスが欲しいの」
衿華はあっけらかんとしているが、千成はなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
「……いや、俺、こういう店に入ったことないし……」
「大丈夫だって!誰も神室くんのこと見てないよ。むしろ、こういうところで一緒に選んでくれる男の人って……彼s……いや、すごく優しいって思われるんだから!」
衿華は少しだけ視線を逸らしていた。
「そういうもんか……?」
千成は眉をひそめつつも、衿華の説得に押されて店内に足を踏み入れる。
───何だ、ここ。
店に入った瞬間、彼は華やかな雰囲気に呑まれてしまっていた。
洋楽、いや、韓国風の英語歌詞だろうか。ポップな音楽が流れる中、若い女性たちが楽しそうに服を選んでいる。
店員も女性ばかりで、にこやかに声をかけてくるのを横目で見ながら、千成はなんとなく衿華の後ろに隠れるように歩いていた。
「ほら、このサンダル可愛くない?」
衿華が手に取ったのは、白いサンダルだった。千成はそれに視線を向けるものの、どう反応すればいいのか分からない。
「うん、いいんじゃないか?」
適当な相槌を打つと、衿華がじっと千成の顔を見つめる。
「ちゃんと見てよ。似合いそうかどうか、ちゃんと教えて」
「……解った」
千成は渋々ながらも彼女の足下にサンダルがあることを想像してみた。
確かに、衿華の清楚な雰囲気には合いそうだ。ただ、他の客の視線を感じるたびに、どうしても気まずさが抜けない。
「神室くん、顔赤くなってるんじゃない?」
前髪の下を想像して、衿華がクスクスと笑いながら言う。
「別に……そんなことない」
千成はそっけなく答えたが、衿華の言う通り、耳まで赤くなっているのは自覚していた。
衿華はエスパーなんじゃないか、そう思えてくる。
「ふふっ。でも、こういうのって楽しいね。神室くんと服選びしようと思って正解だったよ!」
「……ありがとうな」
「うん!」と返し、再び物色する衿華。
目の前にはミニ丈のスカートが並んでいる。千成は衿華が視線を止めた先を見て、「彼女の趣味とは少し違う気がする」と思った。
「ねぇ、神室くん。私、ロングばっかりじゃなくて……こういうのも挑戦してみたいなって」
衿華は少し照れくさそうに、黒いミニ丈のフレアスカートを手に取った。
「桃杏珈がね、たまにはミニ丈もいいんじゃない?って言ってくれて……似合うかどうか分からないけど」
その言葉に千成は少し戸惑った。確かに衿華なら何を着ても似合いそうだが、ミニ丈のスカートとなると話は別だ。男として、どうしても足のラインが目に入ってしまう。
彼女にそんな目で見ていると思われたら、絶対に引かれる。
もう既に毎日の料理で胃を掌握されていた彼は、こんなことで彼女との関係を崩したくはない。
「……似合うと思うけど、無理して挑戦する必要はないんじゃないか?」
千成は慎重に言葉を選んだつもりだったが、衿華は「やっぱり似合わないかな?」と少し不安そうな表情を浮かべる。
「いや、そういう意味じゃなくて……なんていうか、似合うとは思うけど、その……」
千成は視線を逸らしながら、言葉を詰まらせた。自分の動揺が伝わっていないかどうか、妙に気になって仕方がない。
「……とりあえず試着してみようかな。どれがいいか分からないから、何着か試してみるね」
衿華は頭にクエスチョンマークを浮かべていただろうが、着ているブラウスに合うような色合いのミニ丈のスカートを3着ほど手に取り、試着室に向かった。
千成は試着室の近くにあるベンチに腰を下ろし、なんとなくスマホをいじりながら衿華が出てくるのを待っていた。視界の隅には、同じように女性を待つ男たちの姿がちらほらと見える。
カジュアルな服装の若い男が、それぞれのパートナーを気遣うように試着室の方へ目を向けている。千成はその光景を見て、「あぁ、カップルなんだな」と察した。
ふと、自分も同じように見られているのではないか、という考えが彼の頭を過ぎる。普段なら気にも留めないことだが、衿華と離れた今はなぜか胸がざわつく。
衿華と一緒に服を選び、試着を待っている自分の姿は、確かに他人から見れば恋人を待つ風に映るかもしれない。
───いやいや、オレたちはそんな関係じゃない。だって……
そう思ったが、冷静に考えてみると彼女の料理を毎日食べ、現在進行形でデートのようなことをしている。
友達以上の関係ではないのに、そんな風に見られるのは申し訳ないような気もするし、なぜだか恥ずかしさも胸中にあった。そんな中、試着室のカーテンが僅かに揺れる。
「神室くん……」
顔だけ出した衿華の控えめな声が聞こえる。しかし、カーテンは開いていない。
千成と目が合うと衿華の顔はリンゴのような色になってしまった。
「いや、やっぱりダメだ!恥ずかしい!」
そう言うと、彼女は慌ててカーテンの中に引っ込む。
「別にそんなに気にすることないんじゃないか?制服のスカートと大差ないんだろうし」
千成は声をかけたが、返事はなかった。試着室の中からは、衣擦れの音や小さなため息が聞こえるだけだ。
周囲を見渡すと、ほかの試着室から出てきた女性たちが、パートナーに「どう?」と笑顔で問いかけている。そんな光景を目の当たりにして、彼は少しだけ罪悪感を覚えた。
───やっぱり、オレのせいでプレッシャーを感じさせてるのかな……
そう思うものの。
暫くして、衿華が試着したものの中から2つを選び、静かに試着室を出てきた。千成の方を見ようとせずにそそくさと購入し、袋を大事そうに抱えている。
「買っちゃった……これ、私に似合うかな?」
衿華は俯きながら呟いた。その頬はほんのり赤く染まっている。
千成は少し間を置いてから、「うん、まあ……悪くないんじゃないか」とだけ答えた。本当は「似合ってる」と思ったのだが、口にするのが恥ずかしくて素直に言えない。
言った直後に、また怒られるんじゃないかと脳裏に過ぎる。
けれども。
隣の衿華は彼の恥ずかしそうな口元を見て何かを察したのか、文句を言わず、嬉しそうに微笑むのだった。