文化祭まで残り1週間を切った放課後。
千成のスマホが、突如として鳴った。
「おい、どうしたんだ」
『なんでやる気なさそうなんだよ!これから重大発表をするのに!』
千成が気だるげに出ると、相手は文句を洩らす。
「重大発表?何だよ」
『いいから。
通話相手───バンドメンバーの
「お、千成。来たな」
「康太……」
ちょうど同時期に康太も来ていたようで、2人で一緒にD組の教室に入る。
中では、文化祭準備をする女子生徒が、イベントカラーで何かを塗っていた。
そんな中で───
「───お前ら、待ってたぜ」
行儀悪く棚に腰を下ろしていた健明が、ニヤリと笑いながら手を振る。
「それで?重大発表って何だよ」
千成が腕を組みながら問いかけると、健明は意気揚々と胸を張った。
「俺たち、文化祭でライブやるぞ!!」
「「は……!?」」
唐突な宣言に、千成と康太は思わず聞き返す。
「先輩たちが〝MEBUKI〟を出させてくれるらしい。トッパー(1番手)で15分の枠を貰った」
勢いづく健明に、千成は視線を逸らした。
「ど陰キャの根暗が……文化祭のステージで……センターでボーカルをしたらどうなってしまうんだ……オレは歌える自信が無い」
そう吐露する。
が、隣の康太は首を横に振った。
「千成。お前は……ステージに立った時は昔のお前を見せられている。全然根暗じゃない、快活な姿を」
言い放たれた言葉に、千成の眉がピクリと動く。
「……は?」
「いや、別に変な意味じゃない。だろ?健明」
「そうだねぇ」
健明は肩をすくめながら、悪戯っぽく笑ってみせた。
「普段の千成ってさ、わりと卑屈だろ?でも、ステージに立つと別人みたいになる。俺たちと一緒に音出してるときのお前は、昔みたいに──」
「やめろ」
いつの間にか千成が、ぴしゃりと健明にそう言い放っていた。
教室の喧騒が遠くなる。
「そういうの、まだまだ怖いんだ」
低く、震えた声。
康太が少し驚いたように健明を見るが、表情に変化はなかった。
「確かにズカズカお前のトラウマに踏み込んだのは悪かったって。けどさ」
健明は真剣な眼差しで千成を見つめる。
その瞳は、千成を知り尽くしているものであり、それはあまりにも力強かった。
「お前自身、ライブのときは素直になれてるだろ。康太がさっき言ったように」
千成は、目を伏せた。
「それは……」
千成は否定できなかった。
ステージに立っているときだけは、何もかも忘れて、ただ音楽に浸れる。
自分がどう思われるかなんて気にせず、素のままに全力で歌える。
けれど。
「文化祭の客って、箱ライブとは違うだろ」
千成は小さく息を吐いた。
「同じ学校のやつらがいる。オレのことを知ってるやつもいるだろう。そういうの……怖い。正直、キツいんだわ」
「だからこそやるんだろ?」
「……は?」
「お前が普段見せねぇ顔を、学校のやつらにも見せてやれよ、馬鹿野郎。
トラウマがある?それを吹き飛ばすのがロックンロールだろう?
ライブはお前にとっての戦場だ。逃げ場なんかじゃない。ウジウジすんなよ」
健明はニッと笑ったが、千成は恥ずかしそうに俯いた。
「じゃ……出ること決定で」
「待てよ」
意外にも、ここで健明を制したのは康太だった。
「あのクソ機材で演奏をやるのか?」
康太は睨むような鋭い目つきで健明を見た。
「健明。去年は機材の質が悪いから出たくないって言ってただろ。それなのに……何で今年は出ようと思ったんだ?」
別な質問を、康太は健明にぶつけた。
それは、軽音部あるあるである。
どうしても公立高校の部活の予算では、ライブハウスで使うような音質の良い機材が購入出来ないのだ。
「そうだよな……でも音質の問題はどうするんだよ。オンボロのアンプでガリ(内部の接点の酸化や汚れによる接触不良が原因で発生する、ガリガリと鳴るノイズ)も酷いだろ」
顔を上げた千成が言うと、「そこなんだけどよぉ」と健明がニヤリと笑い、親指を立てた。
「家から機材持ってくりゃ万事解決だろ?」
「本気か?」
「マジマジ! 車を出して貰えれば万事解決!
文化祭ライブ、やるしかねぇだろ?」
千成は思わず額を押さえる。確かに、機材さえ持ち込めば音の問題は解決する。問題はキャビネット(アンプから送られた信号を音として放出するスピーカー)だが、それは軽音部のものをそのまま借りればいい。
「オレはそれで問題ない」
「俺もだ」
隣で話を聞いていた康太が、軽く頷いて続ける。
「文化祭の次の日、俺たち箱ライブあるだろ? ちょうどいい集客になるんじゃね?」
「……それは、まぁ」
文化祭で演奏すれば、当然生徒たちの目にも止まる。
その流れで「このバンドいいじゃん」と思って貰えれば、翌日のライブに足を運んでくれる可能性もある。
「ただ、それ以上に───」
康太と健明は互いに目配せをした後、ニヤリと笑った。
「千成、お前がどんな顔して文化祭ライブやるのか、見てみたいんだよなぁ」
2人が千成の肩をガシッと掴む。
「……ったく、お前らは」
千成は溜息をつきながらも、少しだけ口元を緩めた。
2人の言うことはめちゃくちゃだったが、彼の中で不思議と悪い気はしなかった。
「じゃあ、決まりな!」
健明が勢いよく言い切る。
「いや、まだオレはやるって──」
「決まりだ!」
「……勝手に決めんなって」
苦笑しながら千成が反論するが、健明はどこ吹く風。
こうなったら、もう止めるのは不可能だろう。
───文化祭ライブか。やるなら……シフト同じメンバーに見て貰えたら嬉しいな。
千成は、教室の外に見える夕焼けをぼんやりと眺めた。
「そうとなったらセトリ決めるぞ。3曲な。オリ曲は入れたいけど、箱ライブと被るのも渋い」
健明がそう言い出すと、「この前の路上の時と同じでいいんじゃないか?」と康太が返した。
「いや……それは違うと思う」
千成が言うと、2人は振り返った。
「何で?」と康太が首を傾げたところで、健明が「あっ……あのクラスメイトの!」と声を上げた。
健明は思い出し、腕を組んでうんうんと頷く。
「衿華───クラスメイトがさ、オレたちの音楽を気に入ってくれたから。全く同じセトリじゃ嫌だ」
「おっ、三谷さんのことを呼び捨て出来るような関係に昇華したんだな?気になる女の子に、幻滅されたくないかぁ……そうだよなぁ……」
健明がニヤッと笑うと、千成は軽く舌打ちした。
「別に、そういうわけじゃねぇよ。
ただ……あの時、衿華が興味持ってくれたのは事実だろ。だったら……文化祭でやる曲も、もうちょい違う選択肢があるんじゃねぇかって話だ」
健明は顎に手を当てながら、「ふーん」と面白そうに千成を眺める。
「要するに、文化祭用にもう一曲考えたいってこと?」
「そういうことだ」
「なるほどな」
康太は少し考えて、「まあ、確かに文化祭の客層は路上とは違うしな」と納得したように頷いた。
「具体的にどんなのやるつもり?」
「……まだ何も。ただ、あんまり難しくなくて、ちゃんと盛り上がるやつがいい」
「ほぉ?」
健明が意味深に笑う。
「じゃあさ、アレンジするか。既存の曲を」
康太が言うが、健明は指を振った。
「解ってないな。既存曲をアレンジするよりも、新曲を作った方が手っ取り早いんだ。だろ?千成」
「……は?」
唐突に新曲について話を振られ、千成は思わず固まった。
「いや、だって今から既存の曲アレンジするのも元々のイメージが前提になっちゃって大変じゃん?それならいっそ、新しく作っちまった方が手っ取り早いだろ」
「なるほど。なら俺は曲作りに1票」
康太もそう言って、千成を見る。
「いやいや、あと1週間しかねぇんだぞ」
「お前ならできるって」
「そうやってオレに丸投げすんな!」
千成が抗議すると、健明と康太がニヤリと笑いながら肩を組んでくる。
「千成、お前がどんな顔して新曲作るのか、見てみたいんだよなぁ」
「お前らなぁ……」
呆れつつも、千成は口元を引き結ぶ。
───新曲、か……
文化祭ライブ用の、新しい曲。
今まで考えたこともなかったが、こうして話していると、不思議と悪くない気がしてくる。
「……とりあえず考えとく」
「よっしゃ、それで決まりだ!」
「考えるとは言ったが、やるとは言ってねぇんだわ!
作詞作曲の労力を考えろ」
「「決まりだ!」」
結局、健明と康太の勢いに流される形で、文化祭ライブに向けた新曲制作が始まることになったのだった。