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第23話 文化祭1週間前

 文化祭まで残り1週間を切った放課後。

 千成のスマホが、突如として鳴った。


「おい、どうしたんだ」


『なんでやる気なさそうなんだよ!これから重大発表をするのに!』


 千成が気だるげに出ると、相手は文句を洩らす。


「重大発表?何だよ」


『いいから。康太こうたももう呼んであるから、D組に来い!それだけだ!じゃな!』


 通話相手───バンドメンバーの鏑木健明かぶらぎたけあきのペースに翻弄されつつも、千成は階段を登って2年D組の扉の前に立った。


「お、千成。来たな」


「康太……」


 ちょうど同時期に康太も来ていたようで、2人で一緒にD組の教室に入る。

 中では、文化祭準備をする女子生徒が、イベントカラーで何かを塗っていた。


 そんな中で───


「───お前ら、待ってたぜ」


 行儀悪く棚に腰を下ろしていた健明が、ニヤリと笑いながら手を振る。


「それで?重大発表って何だよ」


 千成が腕を組みながら問いかけると、健明は意気揚々と胸を張った。


「俺たち、文化祭でライブやるぞ!!」


「「は……!?」」


 唐突な宣言に、千成と康太は思わず聞き返す。


「先輩たちが〝MEBUKI〟を出させてくれるらしい。トッパー(1番手)で15分の枠を貰った」


 勢いづく健明に、千成は視線を逸らした。


「ど陰キャの根暗が……文化祭のステージで……センターでボーカルをしたらどうなってしまうんだ……オレは歌える自信が無い」


 そう吐露する。

 が、隣の康太は首を横に振った。


「千成。お前は……ステージに立った時は昔のお前を見せられている。全然根暗じゃない、快活な姿を」


 言い放たれた言葉に、千成の眉がピクリと動く。


「……は?」


「いや、別に変な意味じゃない。だろ?健明」


「そうだねぇ」


 健明は肩をすくめながら、悪戯っぽく笑ってみせた。


「普段の千成ってさ、わりと卑屈だろ?でも、ステージに立つと別人みたいになる。俺たちと一緒に音出してるときのお前は、昔みたいに──」

「やめろ」


 いつの間にか千成が、ぴしゃりと健明にそう言い放っていた。

 教室の喧騒が遠くなる。


「そういうの、まだまだ怖いんだ」


 低く、震えた声。

 康太が少し驚いたように健明を見るが、表情に変化はなかった。


「確かにズカズカお前のトラウマに踏み込んだのは悪かったって。けどさ」


 健明は真剣な眼差しで千成を見つめる。

 その瞳は、千成を知り尽くしているものであり、それはあまりにも力強かった。


「お前自身、ライブのときは素直になれてるだろ。康太がさっき言ったように」


 千成は、目を伏せた。


「それは……」


 千成は否定できなかった。

 ステージに立っているときだけは、何もかも忘れて、ただ音楽に浸れる。

 自分がどう思われるかなんて気にせず、素のままに全力で歌える。


 けれど。


「文化祭の客って、箱ライブとは違うだろ」


 千成は小さく息を吐いた。


「同じ学校のやつらがいる。オレのことを知ってるやつもいるだろう。そういうの……怖い。正直、キツいんだわ」


「だからこそやるんだろ?」


「……は?」


「お前が普段見せねぇ顔を、学校のやつらにも見せてやれよ、馬鹿野郎。

 トラウマがある?それを吹き飛ばすのがロックンロールだろう?

 ライブはお前にとっての戦場だ。逃げ場なんかじゃない。ウジウジすんなよ」


 健明はニッと笑ったが、千成は恥ずかしそうに俯いた。


「じゃ……出ること決定で」


「待てよ」


 意外にも、ここで健明を制したのは康太だった。


「あのクソ機材で演奏をやるのか?」


 康太は睨むような鋭い目つきで健明を見た。


「健明。去年は機材の質が悪いから出たくないって言ってただろ。それなのに……何で今年は出ようと思ったんだ?」


 別な質問を、康太は健明にぶつけた。


 それは、軽音部あるあるである。

 どうしても公立高校の部活の予算では、ライブハウスで使うような音質の良い機材が購入出来ないのだ。


「そうだよな……でも音質の問題はどうするんだよ。オンボロのアンプでガリ(内部の接点の酸化や汚れによる接触不良が原因で発生する、ガリガリと鳴るノイズ)も酷いだろ」


 顔を上げた千成が言うと、「そこなんだけどよぉ」と健明がニヤリと笑い、親指を立てた。


「家から機材持ってくりゃ万事解決だろ?」


「本気か?」


「マジマジ! 車を出して貰えれば万事解決!

 文化祭ライブ、やるしかねぇだろ?」


 千成は思わず額を押さえる。確かに、機材さえ持ち込めば音の問題は解決する。問題はキャビネット(アンプから送られた信号を音として放出するスピーカー)だが、それは軽音部のものをそのまま借りればいい。


「オレはそれで問題ない」

「俺もだ」


 隣で話を聞いていた康太が、軽く頷いて続ける。


「文化祭の次の日、俺たち箱ライブあるだろ? ちょうどいい集客になるんじゃね?」


「……それは、まぁ」


 文化祭で演奏すれば、当然生徒たちの目にも止まる。

 その流れで「このバンドいいじゃん」と思って貰えれば、翌日のライブに足を運んでくれる可能性もある。


「ただ、それ以上に───」


 康太と健明は互いに目配せをした後、ニヤリと笑った。


「千成、お前がどんな顔して文化祭ライブやるのか、見てみたいんだよなぁ」


 2人が千成の肩をガシッと掴む。


「……ったく、お前らは」


 千成は溜息をつきながらも、少しだけ口元を緩めた。

 2人の言うことはめちゃくちゃだったが、彼の中で不思議と悪い気はしなかった。


「じゃあ、決まりな!」


 健明が勢いよく言い切る。


「いや、まだオレはやるって──」


「決まりだ!」


「……勝手に決めんなって」


 苦笑しながら千成が反論するが、健明はどこ吹く風。

 こうなったら、もう止めるのは不可能だろう。


 ───文化祭ライブか。やるなら……シフト同じメンバーに見て貰えたら嬉しいな。


 千成は、教室の外に見える夕焼けをぼんやりと眺めた。


「そうとなったらセトリ決めるぞ。3曲な。オリ曲は入れたいけど、箱ライブと被るのも渋い」


 健明がそう言い出すと、「この前の路上の時と同じでいいんじゃないか?」と康太が返した。


「いや……それは違うと思う」


 千成が言うと、2人は振り返った。


「何で?」と康太が首を傾げたところで、健明が「あっ……あのクラスメイトの!」と声を上げた。


 健明は思い出し、腕を組んでうんうんと頷く。


「衿華───クラスメイトがさ、オレたちの音楽を気に入ってくれたから。全く同じセトリじゃ嫌だ」


「おっ、三谷さんのことを呼び捨て出来るような関係に昇華したんだな?気になる女の子に、幻滅されたくないかぁ……そうだよなぁ……」


 健明がニヤッと笑うと、千成は軽く舌打ちした。


「別に、そういうわけじゃねぇよ。

 ただ……あの時、衿華が興味持ってくれたのは事実だろ。だったら……文化祭でやる曲も、もうちょい違う選択肢があるんじゃねぇかって話だ」


 健明は顎に手を当てながら、「ふーん」と面白そうに千成を眺める。


「要するに、文化祭用にもう一曲考えたいってこと?」


「そういうことだ」


「なるほどな」


 康太は少し考えて、「まあ、確かに文化祭の客層は路上とは違うしな」と納得したように頷いた。


「具体的にどんなのやるつもり?」


「……まだ何も。ただ、あんまり難しくなくて、ちゃんと盛り上がるやつがいい」


「ほぉ?」


 健明が意味深に笑う。


「じゃあさ、アレンジするか。既存の曲を」


 康太が言うが、健明は指を振った。


「解ってないな。既存曲をアレンジするよりも、新曲を作った方が手っ取り早いんだ。だろ?千成」


「……は?」


 唐突に新曲について話を振られ、千成は思わず固まった。


「いや、だって今から既存の曲アレンジするのも元々のイメージが前提になっちゃって大変じゃん?それならいっそ、新しく作っちまった方が手っ取り早いだろ」


「なるほど。なら俺は曲作りに1票」


 康太もそう言って、千成を見る。


「いやいや、あと1週間しかねぇんだぞ」


「お前ならできるって」


「そうやってオレに丸投げすんな!」


 千成が抗議すると、健明と康太がニヤリと笑いながら肩を組んでくる。


「千成、お前がどんな顔して新曲作るのか、見てみたいんだよなぁ」


「お前らなぁ……」


 呆れつつも、千成は口元を引き結ぶ。


 ───新曲、か……


 文化祭ライブ用の、新しい曲。

 今まで考えたこともなかったが、こうして話していると、不思議と悪くない気がしてくる。


「……とりあえず考えとく」


「よっしゃ、それで決まりだ!」


「考えるとは言ったが、やるとは言ってねぇんだわ!

 作詞作曲の労力を考えろ」


「「決まりだ!」」


 結局、健明と康太の勢いに流される形で、文化祭ライブに向けた新曲制作が始まることになったのだった。



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