「おい、来夢。とりあえず話は分かったからさ、土下座はやめろよ。店中の皆が見てるじゃねえか。早く席に着けよ」
「う、うん。分かった」
皇に言われて、私は席に座る。
「さーて、これからどうしたもんかねえ?」
グラスに残ったワインを飲みながら、皇は店内の天井を見つめる。
「す、皇ちゃん!の、呑気にワイン飲んでる場合じゃないよ!……あっ!対バン決闘の事って、来夢ちゃんとオーヴァーちゃんの2人だけの話なんでしょ?今からでも、来夢ちゃんがオーヴァーちゃんに謝って取り消してもらったらどうかな?」
なるほど!私は2人に謝る事しか頭に無かったけど、そういう手もあったのか!?さすがは菜々子!
謝ったら、謝ったらでオーヴァーの奴は『キャーホホホ!だから、ワタクシは最初に言ったんですのよ?これからはせいぜい身の程を知るんですのよ?』なんて嫌味を言うだろし、正直ムカつくけど、元はと言えば私が悪かったんだしな!
そ、それに、菜々子の頼みとあれば、し、仕方ないよな!?菜々子と皇のために頭を下げるんだ!わ、私も少しは大人にならなきゃな!ウン!ウン!
「……その方法も、もう手遅れみたいだねえ」
皇が、スマホの画面を見ながら呟いた。
「す、皇ちゃん、それはどういう意味なの?」
「1時間くらい前に、
そう言って、皇は私と菜々子にスマホの画面を見せる。そこには『今回の「ミュージックフェス」ですが、演奏終了後に、演奏バンドの投票イベントを行う事が決定しました!皆様、最後の最後まで楽しんでくださいね!』と書かれていたのであった!
オーヴァーの奴、もう運営委員会にまで手を回してやがったのか!?中学時代の頃から、余計な事だけは手が早いんだよな!
バンド解散に関しては、何も書かれていない所から察するに、運営委員会には〝単なる人気投票イベント〟という形で提案して上手く丸め込んだんだろうな。
「ど、ど、どうしよう?こ、こんなに、だ、大々的に告知されてるんじゃ、も、もう逃げられないよー!?」
そう言って、菜々子は頭を抱える。
「な、菜々子!仕方ないよ!こうなりゃ、3人で力を合わせて乗り切ろう!」
「はあ?何よ!その他人事みたいな言い方!元はと言えば、来夢ちゃんが勝手に余計な事をしたからでしょ?せっかくミュージックフェスに出演決まって、凄い嬉しかったのに、一気に地獄の底に突き落とされた気分よ!」
菜々子は、私の顔を睨みつけて言った。怒るのも無理もない。私だって、逆の立場ならブチ切れる。
「きっとオーヴァーちゃんに対バン決闘を挑まれた時は、〝
「菜々子、ごめん!本当にごめん!」
菜々子の言う通りだ!何も言い返せない。今の私には謝る事しか出来ない!
「この間、一緒に秋葉原行った時だって、ナナが止めたけど後先考えずに3万円もする『帰ってきたウルトラマン』のウルトラマンジャックのフィギュア買って、その日の内に歩道橋から落として壊しちゃうし!しかも、その後『お金が無い!』って騒いでたじゃない!今更だけど、どんな事すればフィギュアを歩道橋から落とせるのよ!?」
「あ、あれはさ、歩道橋から見えた夕日があまりにも綺麗だったから(夕日をバックにフィギュアを撮影したいなー)と思って、歩道橋の柵の上に置いたらバランス崩して道路に落ちちゃってさ。しかも、運が悪い事にトラックが走ってきて〝グシャ〟……ってか」
「そんな事で3万円も無駄にしたの?どこまでバカなの!!来夢ちゃん、19歳でしょ!?家に帰るまでオモチャで遊ぶの我慢できないなんて子供じゃないんだからさ!いい加減にしてよ!」
「菜々子。今は、その事は関係ないだろ?まあ、来夢の気持も少し分かるよ。〝
「皇ちゃん!ウルトラマン二世って、『ウルトラマンA』の第14話でしか使われなかったウルトラマンジャックの別名じゃない!そんなの細か過ぎて、ナナ達にしか通じないよ!……じゃなくて!何の話をしてんのよー!!もういい!来夢ちゃんなんか知らない!
〝バン!〟
菜々子は、乱暴にテーブルに五百円玉を置いて席を立った。
「もう帰る!!」
「ナナ様、待ってなのだ!」
「ま、待ってよ菜々子!」
「おーい!菜々子!五百円じゃ足りねえよ!……あーあ、行っちまったか。仕方ねえ、足りない分は来夢が出せよ」
いつも、優しくてニコニコしてた菜々子を凄く怒らせちゃった。
私、本当に何であんなバカな事をやっちゃったんだろう?
菜々子、バンド辞めちゃうかな?こんな事を言う資格無いのは分かってるけど、こんな別れ方嫌だよ!
「おい!来夢聞いてんのかよ?」
「ライ様。大丈夫か?」
……皇もミラも、今は静かにしてよ!
「チッ!こんなガキにまで心配かけやがって、全く世話が焼けるなぁ!」
カカン~♪カン~♪キン~♪キン~♪キーン~♪
「え?す、皇?」
皇を見ると、箸を使ってテーブル上のワイングラスやお皿を叩いて音を鳴らしていた。
ただ鳴らしてるだけじゃない。一定のリズムがあって、まるでドラムを叩いてるみたいだ。
聴いてるだけで、何だか踊りたい気分になってきたわ!
箸とお皿やグラスで、こんな音楽が出せるなんて!?凄い!凄いよ!皇!!
「おっ、来夢!
「スメ様、凄いのだ!」
「まあな。これでも一応ドラマーだからな。それ、もういっちょ行くぜ!」
カカン~♪カン~♪カーン~♪カカカン~♪キン~♪キン~♪キーン~♪
皇は、再び箸をドラムスティックのように使い、ワイングラスやお皿を叩いて、リズミカルな音を鳴らす。
「わーい!楽しい!楽しいのじゃ!フン~♪フーン~♪」
皇の即興演奏に合わせて、ミラは楽しそうに身体を動かす。
カカカン〜♪カカカン〜♪キキーン~♪
演奏を終えた皇は、箸をテーブルに置いた。
「よっと!こんなもんか!どうだミラ!アタシの音楽は?」
「凄くよかったのじゃ!スメ様!」
「あの、お客様。他のお客様のご迷惑になりますので、あまり大きな音を出したり、騒がれるのは……」
皇の演奏を聞きつけた店員さんが、私たちのテーブルに注意をしに来た。
「ああ、すんません!もう、大人しくしてますから!あ、この赤ワインのボトル1本と、ショートケーキとドリンクバーを1つずつ追加で!ワイングラスも2つ持ってきてください!来夢も1杯だけ付き合えよ?」
皇の問いに、私は無言で頷く。
「かしこまりました。少々お待ちください」
皇のオーダーを聞いた店員さんは、厨房の方へ行った。
「なあ、来夢。
「皇、アンタ何を言ってんの?」
いつもは酔っぱらって、ダメ人間の見本みたいな皇が、こんな事を言うなんて!?
もしかして、私を励ましてくれたの?まさか!あんな自分勝手な事をした私なんかを励ますわけないじゃない!
「……最新のアニメソングは、メディアでも宣伝されて流行ってるし、若者が皆聴くから〝新しくて格上だ〟。1970~80年代の特撮番組の主題歌は、メディアでも宣伝されなくて、大半の若者は聴かないから〝古臭くて格下〟だって風潮があるじゃん?でも、
「スメ様のお話、何だか難しくてミラにはよく分からないのだ」
「キャハハ!悪い!悪い!なーんて、偉そうな事を言ったけど、アタシも昨日はライブハウスで、『最新のアニソンとかをセトリに入れた方が客のウケがいいんじゃね?』とか矛盾した事を言ってるしな!だって、仕方ねーじゃん!借金あるから、チケットノルマ自腹で払いたくねーし!キャハハハハハ!」
「皇は……私の事を怒ってないの?」
「ああ、怒ってるし、呆れてるよ!……50%だけな」
「え?じゃあ、残りの50%は?」
「なーんか、〝来夢らしい〟って感じかな?」