私は窓から入る月明かりとスマホのライトを頼りに、電気が通ってない廃病院2階の廊下を改めて見渡す。
心霊スポットと噂される場所に相応しくアチコチの窓ガラスが砕けており、その破片が廊下中に散らばっている。
何かの薬品が入ってたと思われる茶色の瓶も沢山転がってるわ。
そのせいなのか、鼻を突くような薬の臭いもする。こういうのって廃虚になっても消えないもんなのね。ずっと、ここにいたら気分悪くなりそう。
これだけでも、すぐに逃げ出したくなる雰囲気十分なのに、目の前にはトドメとばかりに恐怖を特大倍増させてる〝モノ〟が、私の前にいる⋯⋯。
それは、長い黒髪で真っ青な顔色の女性看護師の幽霊である!
よーく見ると、スレンダーで綺麗な顔してるわ。見た目は20代前半くらい?生前はモテたんだろうな。
でも!でも!足は無いし、ご丁寧にも周りに人魂まで漂わせて、これでもかってくらい〝幽霊らしさ〟をアピールしなくてもいいじゃないのよ〜!
「Youたーち、誰からオシオーキされたーい?やっーぱーり、この
看護師の幽霊は、羽交い締めにしてる果音の顔を見ながら言う。
「嫌だ、嫌だよー!ごめんなさい!もう、ここには来ないから許して!オバケ怖いよー!うわーん!」
幽霊に指名された果音は、さっきまでの威勢がウソのように泣き叫んでいた。
「⋯⋯こんなにハッキリと見えて喋りまくる上に、物理的に人間を羽交い締め出来る幽霊なんて初めてス!これは、世紀の大発見スよ!大体、最近の連中は心霊現象と聞くと、シミュラクラ現象による誤認だとか、強い思い込みなどによるプラシーボ効果だとか言って科学的な屁理屈を付けて頭ごなしに否定しやがるス!全く嘆かわしいス!世の中には科学で説明出来ない事だってあるんス。幽霊もその1つなんス!うわわー!凄いス!凄いス!やっぱり幽霊は、本当にいたんスね~」
私の隣にいるサユリが目をキラキラさせながら、看護師幽霊を見て、訳わかんない事を呟いてる。
え?もしかして、この子ってば、オカルトマニアだったの?
「あのさ、サユリ。アンタはこの看護師幽霊が怖くないの?」
私は、テンション上がってるサユリに質問した。
「自分、ガキの頃から
「「あ⋯⋯確かに!!」」
サユリの言葉を聞いて、私と果音は同時に同じ言葉を呟いた。
「ふむふむ。本物の幽霊の周りにある人魂は4つなんスね。それから……」
サユリは、特攻服の胸ポケットから手帳を取り出して、看護師幽霊の特徴をメモしてる。
「いやー!さっきは逃走中の凶悪犯に総長が捕まったかと思ってビビッてたスけど、ここまで来てよかったスよー」
はしゃいでいるサユリを見てたら、何だか急に怖い気持が無くなってきたわー。
「離せよー!このインチキ幽霊!」
果音も同じ事を思ってるのか、いつの間にか泣き止んでいて看護師幽霊を振り解こうと藻掻いてる。
「幽霊さーん、自分と写メ撮って欲しいス!」
サユリは、スマホを持って看護師幽霊に近づいて、自撮りしようとしてる。
お、私も何かのネタになりそうだから、1枚撮ってもらおうかな〜。
「う、うー!!
やばい!流石に舐め過ぎたか?看護師幽霊、怒った顔してんじゃん!?
看護師幽霊が、右手の指先を果音の背中に突き刺すように当てた。
すると、まるで積もった新雪を踏んだらめり込む足のように、ズブズブと指が果音の体に入っていく。
「う、うぐ!ぎゃぁぁぁ!た、助けて!」
果音は、幽霊の手が自分の体に入ってくるのが苦痛なのか、顔を歪めて絶叫する。
このまま看護師幽霊が、果音の体に入ったら本当に取り返しがつかないかも!?
い、一体どうすりゃいいの?そうだ!オカルトマニアのサユリなら何か解決策知ってるかな?
「ねえ、サユリ。こんな時はどうすれば良いの?」
「こ、こういう場合はセルフ除霊って方法があるスけど、塩やお香が必要なんス!」
「そんなもん、両方ともここには無いわよー!」
「そ、そうスよね。ごめんなさいス!」
私は思わずイラついてサユリを怒鳴ってしまう。
あー、こんな事なら、素直に
「後は、〝
サユリが、またオカルトマニアにしか分からないような事を呟いてるが、この際どうでもいいわ!
こうなりゃMe……じゃなかった!私が何とかするしかない!
仮面ライダーV3、風見志郎様。来夢に勇気と力を分けてください。
私は、そう思いながら腰に巻いた仮面ライダーV3の変身ベルトの〝ダブルタイフーン〟を撫でる。
よ~し!これで勇気100倍!!⋯⋯な気がする。えーい!ともかく行くわよ!
すでに看護師幽霊の右手首は、完全に果音の体に入り込んでる。
「ぐ、ぐえぇ⋯⋯!」
果音は、白目を剥いてヨダレを垂らしながら、呻き声をあげていた。
「待て!待てーい!!そこまでよ!看護師幽霊!果音から離れなさーい」
私は、看護師幽霊を指差しながら叫ぶ。
「ギャーギャーうるさーいなぁー。Youは何なんだーい?Meの
「フフフ!よくぞ聞いてくれたわね!」
私は、仮面ライダーV3こと風見志郎様を演じた宮内洋様のもう一つの代表的なヒーローである〝快傑ズバット〟の名乗りポーズを取りながら言葉を続ける。
この流れなら仮面ライダーV3のポーズを取るのがお約束なんだろうけど、今の私は気分的にズバットなのよ!
「〝
き、決まった〜!!今の私ってば、最高に快傑ズバットっぽくない!?脳内には主題歌の『地獄のズバット』が鳴り響いてるわよ!
『快傑ズバット』とは、1977年2月2日から9月28日まで、全32話が放送された特撮ヒーロー番組のタイトルよ!
何者かによって、親友の飛鳥五郎を殺害された私立探偵の早川健が、その仇を討つため旅を続けながら、その旅先で人々を困らせる悪人どもをズバットに変身して退治するというのが主なストーリなの。
その早川健を演じたのが、宮内洋様!「ズバッと参上、ズバッと解決。人呼んでさすらいのヒーロー!快傑ズバット!!」という決め台詞が最高にカッコいいのよ⋯⋯って、私は一体誰にこんな事を説明してるんだろう?
「人呼んで味蕾来夢って、そりゃ誰でも呼ぶスよ。だって、本名なんスよね?」
「そうだーよ。そこーのヤンキーガールの言う通ーり。プッ!もしかしてYouってば、(Meは
サユリの奴、余計な事を言うんじゃないわよ!
看護師幽霊⋯⋯ナツミって言ったっけ?思い切り笑われたじゃないのさ。
せっかくのヒーロー気分が台無しじゃないの!
「そんなーにMeの邪魔するなーら、
ナツミは、右手首を果音の体から抜いた。同時に、果音は膝を付いて倒れる。
私は、果音に近寄って抱き起こす。両目は閉じてるけど、呼吸はしてるみたい。良かった!生きてるわ。
「果音、起きてよ!しっかりして!」
果音は、目を開けると私の胸に顔を埋めて泣き出した。
「うわーん!来夢!怖かったよー!」
「もう大丈夫だから!さあ、帰りましょう。お腹空いたからファミチキでも買ってこう。奢ってね♡」
「う、うん。分かった」
私は、ナツミに背を向けると立ち上がった果音と一緒に歩き出す。
「
「ですよね〜!」
背後からナツミの声が聞こえる。
くそー!やっぱり、誤魔化せなかったか。
〝ビューン!〟
私が振り向くと同時に、廊下に落ちてる薬品の瓶が飛んできた。
あ、危なかった〜!もう少しで顔面に当たる所だったじゃない!
「ククク!今度ふざーけたマネしたーら
ナツミは、話してる途中で頭を抱え始めた。
「ホ、
私を見てると〝何か〟を思い出すって?
私ゃ、この病院に来たのは初めてだし、多分アンタとは生前も含めて会った事ないわよ。
「えーい!そーんな事はどうでーもいいね!ラーイム、YouのボディをゲットしてMeとトゥギャザーしよーぜ」
ナツミが、私に迫ってくる!このまま取り憑かれるなんて、絶対にイヤ~!
後退った私は、落ちてる薬品の瓶を踏んで転びそうになった。
⋯⋯そうだ!一か八か〝