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第5曲目(5/?) 底辺ギャルバンの大逆襲!〜ウチらのロックをナメんじゃねぇ!!〜

 ――ギターが完全復元してから、二日後。



 私たちバンドメンバーとミラは、再びバーニング・ビーストのスタジオに集まっていた。



 重い防音扉を開けた瞬間、ケーブルや機材の独特の匂いが鼻をつく。



  でも、この匂いを嗅ぐと(音楽の現場に帰ってきた)って気がするんだよね。



 菜々子は黒いベースを抱え、シールドを差し込みながら指で軽く弦を弾く。



 皇はドラムセットの前に座り、スティックをクルクル回してウォームアップ中。



 私は、完全復元されたギターを肩にかけ、アンプのスイッチを「カチッ」と入れた。



 スタジオの隅では、パイプ椅子にちょこんと座って見学しているミラが、オレンジジュースのパックを両手で持ちながらキラキラした目を向けてきた。


 その姿は、戦場に紛れ込んだ幼稚園児みたいだ。



 「ライ様!今日は勝つための修行なのだ?ミラ、応援団長するのじゃ!」



 「応援団長はいいけど、そのジュース、床にこぼさないでよ」



 「分かっておるのだ。もしこぼしたら……床に染み込ませる!」



 「それは“分かってる”って言わないからね!?」



 「それじゃ、2人とも。まずは昨日決めたセットリストで通してみようか」



 菜々子がそう言って、ベースを低く構える。



 皇がカウントを刻む。

 スティックの「カン、カン」という軽快な音が、緊張感をスタジオに、ばら撒いた。



 ♪ジャーン!



 ――だが、演奏が終わるころには、三人とも無言になっていた。

 黙りこくる私たちの間に、湿気と汗の匂いが漂う。



 「……なあ、正直に言っていいか?」



 皇が、ペットボトルの水を一口飲み、眉間にしわを寄せながら言葉を続ける。



 「このままだと、アタシら絶対に勝てねえ。同じコピー曲でも、何つーかさ、圧倒的にレベルが違うんだ」



 「うん。わかってる」



 菜々子も、低い声で同意する。



 するとソファの上のミラが、コクコクと頷いて口を開いた。



 「ミラの耳でも分かるのだ。悪くはないけど、ライ様たちの曲は〝強い必殺技〟がないのじゃ」



 「ミラちゃん。必殺技って……超人レスリングじゃないんだから」



 菜々子が、苦笑いしながらミラに言った。それにしても超人レスリングって、相変わらず分かりにくいツッコミね。



 85年後の世界から来たミラに、そんな『キン肉マン』的なワードが通じるわけないでしょ~。



 「何言ってるのだナナ様!バンドも戦いなのだ!ライ様たちは曲を〝キン肉バスター〟や〝タワーブリッジ〟、‶ベルリンの赤い雨〟いやいや!至高のツープラトンの〝マッスルドッキング〟に進化させなければならないのだ!」




 〝ズコー!〟



 キン肉マンに登場する必殺技名をスラスラ言うミラを見て、私はズッコケた。



「何で未来から来たミラが、そんな事知ってるのよー!ていうか『キン肉マン』の必殺技を言いたかっただけでしょ?」




 「おい、来夢?〝未来から来た〟って、どういう意味だ?」




 皇がキョトンとした顔で、私のツッコミを突っ込んでくる。




 「「何でもない!何でもない!!」」



 私とミラは、全く同じタイミングで首を左右にブンブン振る。




 「何だぁ?2人揃って同じリアクションしやがって?ま、いいか」




 皇は呆れ顔をしながらも、それ以上は聞いてこなかった。ホッ!何とか誤魔化せたみたいね!





 「〝このままでは勝てないか〟……」




 私は、ギターの弦を無意味に弾きながら、先ほどの皇の言葉を繰り返した。




 何度通しても、演奏は安定してる。むしろ昔より良くなってる。




 でも――問題はそこじゃない。



 「ダイヤモンドブレイカーズは、きっと最新アニソンの完コピで来る。しかも、その精度がプロ並みだよ」



 菜々子が、ベースのネックを見つめたまま呟く。



 「このままじゃ、ナナたち特撮曲の“下手くそな物真似バンド”って笑われちゃうだけだ」



 「じゃあ、どうすんだよ?曲を変えるか?でも、アタシら70~80年代の特撮曲以外は演奏したことねーからな」



 皇が、半分投げやりに言う。



 その時、ふっと中学時代の記憶がよみがえった。



 ――オーヴァー・ジュリエッタ(本名:尾羽定子おばさだこ)。ダイヤモンドブレイカーズのギターボーカルにして、私の元クラスメイト。



 体育祭でも、文化祭でも、球技大会でも、用心深いあの子は常に「自分の勝ち」を確信してから行動していた。



 そして勝てると確信した型からは、一度も外れたことがない。



 「……ちょっと待って」



 私はギターを置き、二人に向き直った。



 「オーヴァーって、中学の時から絶対に冒険しないタイプなの。今回のミュージックフェスも自分たちが確実に勝つために、菜々子が言ったように最新アニソンの完コピでくるはずだし、ウチらも特撮のコピー曲しか演奏してこないと高を括ってるはず。逆に考えれば、その思い込みの〝裏をかけば〟ウチらにも勝機が出てくるかも!?」




 菜々子と皇が同時に「は?」という顔をする。



 「つまり、あっちが完璧なコピー曲の直球でくるなら、こっちは既存の曲に捉われない変化球で勝負なのだな?」



 パイプ椅子の上に立ち上がったミラが、得意げにまとめる。




 「その通り!さっきのキン肉マンの話じゃないけど、私たちが同じリングで勝負したら、まず負ける。だったら、リングごとブッ壊せばいいのよ!」



 自分でも熱が入ってきて、思わず右拳を天に振り上げる。



 「1つ目の作戦は既存の特撮曲の間奏部分などを、私たちなりに大胆にアレンジする。そして、2つの目の作戦は、ミュージックフェスで演奏する。これで行くしかない!」



 「アタシらのオリジナルソングだって!?」



 皇の声が、スタジオに響いた。




 「お前、間奏部分のアレンジ演奏はともかくとして、オリジナル曲を作ってモノにするなんて時間あると思ってんのか?本番まで1ヶ月だぞ?」




 「やるしかないじゃん!このままじゃ負け確だもん」



 私は力強く皇に言い切った。



 菜々子も腕を組んで考え込む。




 数秒後、菜々子は静かに頷いた。



 「……いいんじゃない。オリジナルソングやろうよ!来夢ちゃん」



 「お、おい菜々子まで!」



 皇が焦った声を出すが、菜々子はすぐに私を指差してきた。



 「じゃ、作詞は来夢ちゃんお願い。特撮愛が一番あるんだから、スーパーヒーロー&ヒロインラヴァーズにピッタリな歌詞を作れるわよね?」



 「え!?作詞!?私が!?」



 突然の指名に、喉がカラカラになる。



 「わ、分かったわよ。作詞なんてやったことないけど、頑張ってみる」



 言い出したのは、私だからな。この役割は仕方ないか。



 「作曲はナナがやる。お兄ちゃんと一緒に打ち込みで作るから。歌詞さえあれば、1週間以内に完成させてみせる」



 菜々子は、自信たっぷりに言う。



 「まあ……菜々子の兄貴はマジで音楽ガチ勢だしな。それに、特撮番組的に言うと燃えるシチュエーションってところか?キャハハハ!」



 最初は否定的だった皇も、腕組みをして笑いながらオリジナルソングの演奏について納得した。



 「ライ様が作った歌詞なら、必殺技名が10個くらい入るのだ!」



 ミラが、オレンジジュースを飲みながら目を輝かせて言った。



 「いや、10個も入れたら曲が戦闘シーンで埋まるから」



 「「あははははー!」」



 皇と菜々子が揃って、私のツッコミを聞いて笑った。



 こうして、人生初の作詞という重責が、私の肩にズシリと乗っかった。



 ちなみに、菜々子が運営委員の人にオリジナルソングの演奏について質問した所『特撮っぽい曲なら良いですよ』との返事だった。



 ――その夜。



  アパートのリビング。


  机の上には、白紙のノートとシャーペン。



 そして、近所のスーパーで買ってきた特売コーラとポテチ。



 部屋の隅には、復元されたギターが静かに寄りかかっている。



 私の隣の椅子では、ミラが何故か正座していた。



  「ライ様、まだ書けぬのか?」


  「うん、書けない」


  開始五分で、私は机に突っ伏した。



  だって、歌詞ってどうやって作るの?何をどう書けばいいの?



  頭の中では、今まで見た特撮番組の名台詞や、決めポーズや、爆発シーンがグルグル回ってる。



 でも、それを歌詞にしようとすると、ただの怪人やヒーロー名の羅列になってしまう。



 『7人ライダー、岩石大首領に友情のライダーキック!』



 『ウルトラ6兄弟、月面で暴君怪獣タイラントと大決戦!』



 うん、これじゃ完全に子ども向け番組のあらすじだ……いや、あらすじにもなってないか。



 「こうなったら、特撮ソングの歌詞を研究だ!」



 私はYouTubeで歴代の昭和特撮オープニングを片っ端から再生した。



 ヒーローの名を叫び、弱き者を助けるため巨悪に挑み、最後は「君も明日から仲間だ!」みたいな熱い呼びかけで終わる……。



 どれも胸が熱くなるけど、パクったら即バレしそうだ。



 「ライ様、焦るでないのだ」



 ミラが、ポテチをつまみながら言う。



 「焦っても、う○こは早く出ぬのだ」



 「例えが最悪すぎる!」



 気づけば、机の上はポテチの袋とコーラの空き缶で埋まり、ノートは真っ白のまま。



 時計を見ると、もう23時だ。



 あくびが止まらない。目がショボショボする。



 「やば!このままじゃ私、作詞家デビュー即引退だわ」



 天井を見上げてぼやいた瞬間、北斗七星が頭に浮かんだ。



 あの日、ギター復元の最終審査を終えた帰りに見上げた星。



 バンドの絆が戻った証のように感じた、あの輝き。



 ――そうか。



 私は、あの時、確かに皇や菜々子たち仲間を思って笑ってた。



 それは特撮ヒーローが仲間を守る時の顔と、きっと同じだ。



 「仲間を想う歌。これだ」



 ペンを握りしめる。



 だが、その瞬間――。



 〝バタン〟



 窓が勢いよく開いて、ナツミが、プカッと部屋に飛び込んできた。



 「ラーイムちゃーん!聞いてよ!さっきまで外国人ゴーストとオンライン・イングリッシュトーク英会話してたんだけど、相手が急に『あなたは、ベリービューティフルだね?』ってナンパしてきて、ベリーベリーウザかったのよ!」



 「ナツミ、今はアンタの相手は無理。とりあえず姿を消して」



 「やーだ♡」



 「この看護師幽霊さんは、本当にライ様の守護霊なのか?」



 「一応ね。でも、今は邪魔者」



「ラーイムちゃん、そんなクール冷たいな事を言うのはナッシングだよ〜」



 ナツミは、そう言って、天井をグルグルと飛び回っていた。



 こうして、私の作詞初挑戦初日は、何一つ進まないまま夜は更けていくのである……。




 〝チュン チュン〟



 外からは雀の鳴き声が聴こえ、窓からは朝日の光が差し込んでくる。



 え!?もう朝になったの?早過ぎない?



 〝トン トン トン〟




 「ふあぁ~あ。おはようライ様。もしかして、寝なかったのか?」



 あくびをしながら、ミラがロフトから降りてきた。



 「でも、徹夜したという事は、作詞の方は終わったんじゃな?」



 「フフフ!まあ見なさいよ」



 ドヤ顔で作詞ノートを開いて、ミラに見せつける。



 「真っ白なのだ」



 白紙のノートを見たミラの目が点になった。



 「そう!真っ白!だって、仕方ないじゃない!何にも思いつかないだもーん!私の語彙力は、もやし以下かよー!!」



 私は、白紙の作詞ノートを抱きしめて、リビングの床を転がり回った。



 「ライ様。困っておるのじゃな?」



 ミラが、いつの間にかベガタブを持ってクッションに座っていた。



 「今のライ様にピッタリな超科学アイテムがあるのだ!『フライングゲット☆明日のひらめ記を先取さきドリンク君』じゃ」



 「え?フライングゲット☆明日のひらめ記を先取リンク君?何よそれ?」



 「まあ、百聞は一見に如かずなのだ!ベガタブちゃん!『フライングゲット☆明日のひらめ記を先取リンク君』を発動なのじゃ」



「ラジャー! フライングゲット☆アシタノヒラメキヲサキドリンククン ヲ ハツドウシマス!」



 ミラの呼びかけに応えて、お馴染みの電子音声がベガタブから流れてくる。



 ポン!



 空気銃を発射するような音とともに、ミラの手の中には、キラキラしたハートやダイヤ型のラベルが、アチコチに貼られた牛乳瓶みたいな物が握られていた。



 瓶の中は、銀色のプラカラーみたいな液体が目一杯詰まっていた。



「うわぁ~。やな予感しかしないんだけど!?」



 ミラの持ってる怪しさ120%の瓶をジト目で見る私であった。

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