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第2話 ホワイトデイ(美樹)

 一年で一番寒い時期には告白。

 春と一緒に待つのは返事。

 そんな、ホワイトデイ。


 好きって気持ちをもらって、返事を一か月も引き伸ばす。

 それって、どうなんだろうなあって実は以前から思っていた。

 一か月なんてそんなに長い時間焦らされたら、自分ならきっと胃に穴をあけてる。

 そんな経験、したことないけど。

 オレがそうならないように、オレの大事な人はオレに心を砕いてくれている。


 今朝、オレが登校するような早い時間に郵便が来ているはずがないのに、登校前に郵便受けを覗いた。

 案の定、新聞しか入っていないのを見て、ため息をつきながら登校した。

 今日は卒業式の予行だから。

 オレ――小椋美樹――は大事にされてる。

 恋人の羽鳥慶さんはオレの二学年上の先輩。

 高校卒業と同時に離れるとわかっていながら、オレの手を取ってくれた。


「言わせてごめん。すげえ嬉しい。ありがとう、ミキ。大好きだ」


 そう言って抱きしめられたのは、先輩の卒業式。

 それからずっと、とてもとても大事にされている。

 離れていることすらも、恋愛のスパイスで楽しいことのようにしていられるのは、先輩がオレを思ってくれているから。

 だから今まで、待たされるばっかりなんてなかった。

 どうしたらいいのかわからないなんて、そんな風に困らされたことなんてない。

 でも、ホントは先輩はそうじゃないのかもしれない。

 なんてことは、いくら鈍いと言われることが多い自分でも、思うことがある。


 オレは多分、先輩を待たせてる。


 付き合い始めてほぼ二年。

 ずっと待たせてる。

 オレが高校に通っていて親元にいるっていうのも、もちろんあるけど。

 先輩がほとんどプライバシーのない、大学の学生寮に入っているっていうのも、あるけど。

 そして身体をつなげる、それがすべてじゃないっていうのも、ちゃんとわかってるけど。

 先輩と自分は、まだ、その……いたしてない。

 いや、そりゃあ、キスしたけど。

 夏休みに親の目を盗んで抜きあいっこくらいはしたけど。

 でも、お互いの環境考えたら、それ以上は無理で。

 そんで、ホテルに行くまでの勇気がオレにはなくて、そこ止まりだ。


 ビビりな自分の性格くらい、知ってる。

 先輩はだからきっと。

 自分の腹が決まるのと、卒業を待ってくれてる。


 待たせてる。

 知ってる。

 だから、他のことはちゃんと、先輩にいろいろしてあげようって思う。

 自分のできる範囲で、だけど。


 今年のバレンタイン前。

 つるっと「一回食べてみたい」と、スマホ越しに同じテレビ番組を見ながら言ってしまった。

 チョコにしてはちょっとお高めのチョコ。

 先輩はそれを贈ってくれた。

 多分わざわざ売り場に行って、郵送の手配をしてくれたんだ。


「直に渡せなくてごめんなあ」


 そう言っていたけど、すごく嬉しかった。

 自分は売り場に行くことすらできなくて、包み紙にこだわることも恥ずかしくて。

 コンビニで買ったチョコを、茶封筒に入れて送りつけただけなのに。

 それなのにそんなただの板チョコを、先輩は冷凍庫にしまいこんでるって言ってた。

 もったいなくて食えないって。


「交換したんだから、ホワイトデイはいいよ」


 そう言ってくれてたけど。

 でも。

 先輩のことだから、きっと何か考えてくれてるんだと思うんだ。





「……ない」


 帰宅して郵便受けを覗いたけれど、何もなかった。

 家族が取り入れたかと家の中を探したけれど、なかった。

 どこにも、先輩から何か届いたっていう痕跡は、ない。




 そのうえに何の連絡もないまま、ホワイトデイは終わった。

 終わって、しまった。




 先輩から何も贈り物がないのはいい。

 いいんだ、それは。

 だって今までだって、たくさんしてもらってるから。

 なにかが欲しいんじゃなくて。

 そうじゃなくて。

 自分が送ったものにすら反応がないのが、不安になった。

 あのマメな先輩が、ホワイトデイとオレの卒業式、二つも行事をすっ飛ばした。

 そんな、ありえない状況。

『元気ですか』『どうしてますか』

 ほとんど二日とあけずに来ていた連絡が途絶えて、簡単な日常のご機嫌伺いさえできなくなった。

 だって怖いじゃないか。

 手紙も来なくて、メールも来なくて、電話も来なくて。

 もう、どうしたらいいのかわからない。

 付き合い始めてから初めてのこと。


 卒業式も終わって、本当ならもう登校はしなくてもいい。

 けれど家にいることが怖くて。

 他に行く先もなくて。

 仕方がないから、高校へ行く。

 講堂の横に階段があって、誰でも上がれる。

 あがった先は、なぜかいつも人気がほとんどないバルコニー。

 端の方に行けばちょうどいい具合に柱があって、ひと目がさえぎられていてちょっとした隠れ家のようになる。

 ずるずると柱の陰に座り込む。

 先輩が教えてくれた場所。

 考えたくないとか怖いとか言ったって、自分の行動はほとんど先輩に影響されていて。

 逃げようもなく先輩でいっぱいになっている。

 結局今だってほら、先輩に教えてもらった場所にいるんだ。




 どれくらいそうしていたのか。

 右側にあった影が左側にあるようになった頃、オレの足を、誰かが蹴った。


「おい」

「……」

「くっそ、何でお前までそんな顔してんだよ」

「……何が?」


 顔をあげたら、羽鳥がいた。

 先輩ではなくて、弟の、ついこの間まで同級生だった方の。

 先輩によく似た人好きのする顔。

 少しくせのあるやわらかい茶色い髪。

 背はオレより少し低いけど、しっかりとついた筋肉。

 見た目はよく似ているんだ。

 ただ、その態度が全然違う。

 見た目はほとんど先輩なのに、先輩じゃない。

 先輩じゃない。

 そう思った瞬間に、ぶわって一気に涙が出た。


「あああああ、なに? ちょっと待て、いきなりそれはねえだろ!」


 先輩じゃない。

 よく似てるけど、違う。

 先輩。

 先輩。

 会いたいのに。


「スマホ! 番号知ってんだろ! あいつも待ってっから、かけろよ!」

「む、無理……」

「なんで!」


 怖いなんて、お前に言えるわけないだろう。

 なんてことも口にできない。

 今、口を開いても、きっと声にならない。

 あああああ、もう! と、羽鳥は髪をかきむしって、自分に向けて手を差し出した。

 掌に載っているのは、リボンのついた小箱。

 羽鳥がどうしてそんなものを自分に差し出すのかわからなくて、オレはフルフルと首を振る。


「俺からじゃねえよ、兄貴から」


 そう言われた途端に、また涙が湧いてきた。

 何なのかは知らない。

 でも、オレに直接渡してもくれない。


「いいから、受け取れ!」


 羽鳥はオレの手に箱をのせる。

 箱と羽鳥の顔をかわるがわる見ていたら、羽鳥が言いにくそうに、言った。


「あと、悪かった。兄貴もお前も、こんなボロボロになるって思ってなかった」

「……ぇ?」

「俺がっ! ホワイトデイに、兄貴のスマホ、壊した! あと、兄貴に怪我させた!」

「……!」


 ひゅって、喉がなった。

 怪我?

 ってどんな?

 先輩は今、どうなってんの?

 慌てて立ち上がって走ろうとして、足がもつれた。

 ずっと同じ姿勢でいたから。

 それでも行かなきゃ。


「待て! 待て待て、どこ行くんだお前!」

「けー、先輩の……」

「いや、大丈夫だから! っていうか兄貴もお前に嫌われてたらどうしようつって、おろおろしてるから!」


 え?

 腕を掴んでオレを引き留めた羽鳥は、そのまま片手でスマホを操作する。

 先輩によく似た、大きな手。


「もしもし? 小椋、捕獲した。つか、俺じゃ話になんねえ」

『……』

「じゃなくて、あんたとおんなじ状態。うん、そう……って、うるせえな、わかった、わかったよ、かわるから落ち着け」


 羽鳥のスマホから漏れ聞こえる、焦ったような声色。

 先輩の声。

 連絡、したくなかったんじゃなくて、できなかっただけ?

 あなたは、まだオレを好きでいてくれてる?

 羽鳥に耳元に押し付けられたスマホから、大好きな声がする。


『ミキ? ミキ、大丈夫? ごめん、連絡できなくて……』

「せ…ぱい……」

『俺のせいで泣いてくれんの?』

「けー先輩」

『ミキ、大丈夫、大好きだよ……』




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