その日の嘘は愛のある嘘。
許されるのは愛あればこそ。
そんなエイプリルフール。
夜、日付が変わる前後。
かかってくる、いつものライン通話。
これできっと終わりだと思うと、何だか少しさみしい気がする。
明日……正確には、今日あと数時間後に、オレは先輩の住む町に行く。
『行けそうになくて、ご……んな。荷造りできた?』
先輩は急のバイトになってしまったとかで、引っ越しの手伝いには来ずに、新しい部屋でオレを待つと言った。
元々、羽鳥――先輩の弟の手伝いで引っ越す手はずだったから、問題はない。
むしろ来るつもりでいたなんて、先輩の負担を考えてくらっとした。
オレだって早く会いたいけど、先輩がキツいのは嫌だ。
それくらいなら、オレが頑張る方がいい。
「はい。着替えと本くらいなので」
『あ、そっか。ほとんど部屋……だ…っけ?』
「先輩、電波悪い」
『ごめんごめん。ちょっと、移動してるから。大きいも……こっちで買うんだっけ?』
ざふざふと、先輩の声にノイズが混じる。
いつもよりノイズの割合が大きいなと思いながら、オレは先輩の声を拾って返事をする。
「母が、オレの部屋を残しておきたがっているので……」
『新婚みたいだよね』
「え?」
『家電とか家具とか、一緒に探せるのって、新婚みたいだと思わねえ?』
「……はい」
今夜は音声だけでよかった……と、本気で思った。
すごく楽しそうな先輩の声で、顔が熱くなる。
絶対画面越しでもわかるくらいに赤面してる。
声だけでも伝わるのは伝わってしまったみたいで、いつものように先輩が「ああ、通話なのがつらい」って悶絶してる。
こんな風になるオレを『可愛いなぁ』なんて言うのは、先輩くらいだ。
「先輩」
『ん?』
「明日、行きますね」
『早く会いたいよ』
「オレもです」
色々、あった。
いっぱい。
でも、大丈夫。
先輩がいてくれるから。
『ミキ』
「はい」
『明日があるから、今夜は少し早いけど、もうおやすみ』
「はい……先輩も」
『うん、俺はまだすることあるから』
「無理しないでくださいね」
『大丈夫。ミキに会えると思うだけで、がんばれる』
「それでも、心配です」
『ありがと。愛してるよ』
「はい……おやすみなさい」
ちゅ。
スマホにキスする音がして、通話が切れた。
「大好きです」
繋がってないのをわかっていて、オレもスマホにキスをした。
三月中に移動するのは料金がかかるからと、オレの引っ越しは四月になった。
それでも少しでも早く会いたかったから、四月一日。
そんなに急がなくてもとウチの家族は嘆いたけれど、これ以上先輩を待たせたくなかったんだ。
たくさん、心配をかけたから。
先輩と一緒に住むに際して、ウチの親が壁になった。
特に母が。
受験の時から、予想はついていたけど。
家を離れて進学することも、先輩とルームシェアすることも。
『一人暮らしが不安なら、家から通えるところに進学すればいいのに』
母はそう言って、入学金を払った後もオレの進学に反対した。
「ミキ、嘘はつかなくていいんだよ」
先輩とのことを家族に話すのかとか、進学先を変えようかとか。
どうしていいかわからなくなってしまった俺に、先輩はそう言った。
会いに来てくれて、キスをくれた。
「聞かれないことは、話さないでいるだけでいい」
先輩に抱きついて固まってしまったオレに、先輩はそう言った。
「嘘はつかなくていい。隠し事もしなくていい。ミキにはできないだろ?」
オレが落ち着くまで、そっと背中を撫でてくれた。
オレの家族に会って話をつけてくれた。
嘘はつかずに。
ホントのことだけを言って、母を納得させた。
「な、プロポーズみたいだったな。ミキを俺にくださいって、言いたくなっちゃった」
「先輩」
「言わないよ、今は。何年か先の楽しみに取っとく」
オレの手をひいて楽しそうに歩きながら、先輩が笑った。
先輩の左手にはギプスがはまってた。
ほんの二週間ほど前のこと。
やっと、先輩のところに行ける。
羽鳥との約束の時間は、昼ごろ。
段ボール数個を車に積んで、昼を食べながら移動しよう、そんな話だった。
何となく親孝行をしておきたくなって、午前中は母のお供で買い物に行った。
それから、引っ越しの荷物を玄関先に出して、部屋の掃除をして、正午。
母から弁当を渡されて、それを包んでいる時に、チャイムが鳴った。
「はいはーい」
パタパタとスリッパの音をさせて母が玄関に出ていく。
オレは最後だからと部屋に戻って、もう一度確認しようかと、腰をあげた。
「あらまあ、羽鳥さん……ありがとうございます」
え?
母の声が聞こえて、固まってしまった。
羽鳥、さん?
羽鳥くんじゃなくて?
「こんにちは」
聞こえた声に、慌てて向かう。
玄関にいたのは、けー先輩だった。
「先輩?!」
「来たよ」
状況についていけないオレを見て、母が不思議そうな顔をした。
先輩は行く先の街でレンタカーを借りて、オレを迎えに来てくれた。
オレの荷物なんて簡単に収まりきってしまうワンボックスカー。
先輩は大丈夫だと言っていたけれど、荷物を運ばせるのは恐くて。
だって先輩の怪我は治ったばかりだ。
名残りを惜しみたい母を放置して、せっせと荷物を積み込み、ふたりで新居に向かった。
「先輩、心臓に悪いです」
ドライブドライブ~と、調子っぱずれの鼻歌を歌って、先輩は楽しそうにハンドルを握る。
ぐったりと助手席に身を沈めるオレを見て、どやあって、楽しそうな顔で先輩が笑った。
「ミキ~今日は何の日だ?」
今日?
四月一日……
あ!
「エイプリルフール?」
「正解! びっくりした?」
「しました……」
「ミキはホントにかわいいなぁ」
待っているより早くに会えたし、かわいいびっくり顔も見れたし、大満足だ。
運転しながら、先輩はホントに楽しそうに笑った。
うん。
驚かされたけど。
心臓には悪かったけど。
思ってたより何時間も早くに先輩に会えたし、先輩とドライブもできるし。
オレも、大満足だ。
「先輩」
「ん?」
赤信号で停車したときに、声をかけた。
「オレも、嬉しいです。ありがとうございます」
「……!!」
先輩はものすごい勢いで悶絶して、青信号で発車できなくて、後ろの車にクラクション鳴らされてた。