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第6話 花まつり(慶)

 ふたりのスイートホームは、水回りやLDKなどの共有スペース、それぞれの部屋っていう間取りの、築浅核家族用マンションの一部屋。

 大学からは電車じゃないとっていう距離で、乗り継ぎはいいけど普通しか止まらないからちょっと面倒で、最寄り駅からも少し歩かなくちゃいけない。

 あえてそういう物件を選んだのは、お互いの友人たちが軽率に来たりできないようにっていう配慮。

 ミキの部屋は、実家の時とあまり雰囲気が変わらない「ああ、ミキの部屋だね」って感じの洋室。

 ロフトベッドのある部屋で、机と本棚と小ぶりな箪笥があって、気持ちよさそうなフロアラグの上にいくつかクッションが転がっている。

 俺の部屋は畳敷きの和室で、見えるところには特に何にも置いてない殺風景な部屋。

 寮から運んできたものは全部収納に納まってしまったし、布団敷きなのでこれもまた収納の中に入れてしまえば、目につくところにあるのは机だけ。

 そんな感じで、誰の目にもルームシェアしているだけのように見えるけど、これでもちゃんとそれ仕様になっているのだ。


 夢の同棲生活だからね。


 リビングに置いたソファは、実はベッドになるタイプのもので、座り心地寝心地はミキにさんざん吟味させたものだし。

 座面の下の収納には、いつなんどき流されてもいいように、ちゃんと必要なものが入れてある。

 俺の布団は一番でかいサイズのものに買い替えてあるし、俺の部屋にも愛し合うのに必要なものはきっちりしっかりそろえてある。

 ミキの部屋のロフトは寝具をセットしてはあるものの、今のところ使ったことはない。

 毎晩、俺の部屋の俺の布団で、ふたりでお互いを温めあって眠る。

 だってほら、スイートホームでの同棲生活だから。

 新生活はまだ始まったところで、お互いの生活習慣の違いが目新しくて、擦り合わせが楽しい、そんな時期。

 同棲開始から、ほぼ一週間。

 入学式もオリエンテーションも終わって、履修登録が始まって、ちょっと大学も落ち着いてきたところ。

 だから今度はもっともっと、私生活の充実を図っていきたい所存。


 夜になってもふわりと空気が温かかったので、今夜は夜の散歩としゃれこもう。

 部屋から歩いてすぐのところに、ちょっとした遊歩道のついた公園があるから、目的地はそこ。

 夕食後、ミキと手をつないで外に出た。


「ふああああああ」


 ミキが口を開けて宙を見上げる。

 遊歩道が桜並木なのは知っていたけど、思った以上の本数と距離。

 それから低い位置には桜以外の花咲く木々。

 うっすらと空気が甘い香りに染まっている気がするし、花自体が発光しているんじゃないかって錯覚しそうなくらい、ふんわりと咲き誇っている。


「夜の散歩って、楽しいものなんですね」


 ワクワクしているのを隠さないでミキがはしゃぐ。

 実家にいるころには一度家に入ったら、夜の間は外出なんてとんでもないって言われていたんだそうだ。

 ミキは箱入り息子。


「花がいっぱい」


 花園みたいだ。

 俺が思うのと同じタイミングで、ミキが笑う。

 訳の分からない万能感を覚えてしまうくらい、花爛漫な夜の公園。

 こんないっぱい花が咲いていて、昼間だったりしたらもっと調子乗っちゃって、自己肯定感爆発しても不思議じゃないよね。

 天地指さす赤子が出来上がるのもわかる。


「花の名前はわかんないけど、これだけ咲いていたらすごいなあって思うよな」

「オレも桜くらいしかわからないです」

「あ、じゃあ俺の方がマシかも。あの低いのは雪柳で、こっちの赤いのは椿っていうのはわかる」

「オレもわかります! あれ、タンポポ」


 ミキが笑って地面を指さす。

 あちこち眺めながら目で花を楽しんで、コンビニにまで行って、明日の朝ごパンを買って手をつないで帰ってきた。

 朝ごパン、だって。

 ミキの家のローカル単語。

 かわいい。


 そして現在。


 実家から届いた甘茶を飲んでのんびり過ごしていた夜半前、俺はリビングのソファの上で、ミキに跨られております。

 何故に?


「ミキ?」

「先輩……あの……し、しましょう!」


 真っ赤な顔で目も潤んじゃって、必死の形相で誘われて、こっちもつられて顔が熱くなる。

 だってミキだよ?!

 あの、ミキが!

 俺を誘ってくれるなんて、一体どうしたことだっていうか誰得っていうか、ねえこれドッキリじゃないよねっていう気分になってしまう。


「す、するって……? ミキ?」

「だから……あの、あ、の、せ……せ、せっく」


 ミキの口から『ス』が出る前に、大急ぎで手で口をふさいだ。

 それ言われたら、我慢できなくなってしまうだろ!

 ふにゃっとミキの眉が下がる。

 俺が拒否したと思ったのかな?

 ああ、そうじゃなくて。

 拒否なんてするはずないんだけど。

 手を外したらへの字口になってた。

 だーかーらー。

 かわいすぎるだろう。


「先輩……」

「嫌なんじゃないから! むしろ、お願いしますな感じなんだけどね、でも、ちょっと待って」

「ダメ……なんですか?」

「全然! けど、急でびっくりしてる。どうしたの?」

「急じゃないです。オレ的にはお待たせしましたって気分です」


 言い張るミキの頭をよしよしって撫でて、掌にキスをした。

 お待たせしました、ねえ……


「全然、待ってないんだけど?」

「え?」

「あ、同棲は待ってた、そこは確かにそうなんだけど、それはお互いに事情あったし、しょうがないよね」

「はい」

「でもそれ以外は全然待ってない。ゆっくりが楽しい」


 ミキは俺が初めての恋人。

 好意を持つのも付き合うのも、キスも、体の経験もなにもかも。

 俺は自慢できることじゃないけど、付き合う相手が途切れたことがなくて、向こうが積極的なことが多くて、経験はそれなりにある方なんだと思う。

 ミキと付き合うまでは、だけど。

 ミキとはゆっくりでいい。

 ミキのペースがいい。

 だって、それがもう、すんげえかわいいんだ。


「だって、もう二年も経つのに……」

「セックスって付き合った時間でするもんじゃないと思うし、無理して焦ってするもんでもないっしょ。俺はミキと一緒にゆっくり楽しいのがいい」


 焦らないでいいんだよ。

 だって君は確実に変わっていっている。

 君の変化が素敵すぎて、俺は目が離せない。


「あのね、俺は、ミキのこと抱きたい」

「だったら」

「でもミキが気持ちよくて、泣いちゃうくらい幸せで、トロトロなのがいいんだ」


 男同士だと受け入れる方に負担がかかるのは致し方ないことだしね、その分準備には念を入れたいし。

 何より。

 ずっとずっと一緒にいたいと思うから、生活もちゃんと大事にしたい。

 無理させて身体を壊したり、大学に通えなくなったり、っていうのは避けたいのだ。

 だから、準備にもゆーっくり時間をかけたい。

 今夜みたいに散歩したり、一緒に家事をしたり、デートしたり、そういうこともしたいんだ。

 そう言い聞かせながら、ミキのあちこちを啄んでいく。

 たくさんたくさんちっさいリップ音を鳴らして、ミキの体から力が抜けるのを待つ。


「それにさ、俺、結構手の込んだシチューとか好きなんだよ」

「手の込んだシチュー?」

「シチューってさ、簡単に作ろうと思ったら作れるし、それなりに旨くできるじゃん。でも、こだわって作ることもできてさ、そっちもまた旨いわけ」

「ああ……はい」

「俺は、そうやって料理に手をかけるのも好きだし、手をかけた料理も好き」


 だから、ミキとのことも全然待たされたなんて思ってなくて、めっちゃ楽しいのだ。

 っていう話をしたら、ミキがそれはそれで、ってフクザツ~な顔をした。


「先輩をお待たせしてないっていうのは安心したけど、でも、あの……」

「ん?」

「ずっとこのままっていうのも、ヤです」


 あああああ。

 俺のミキがかわいすぎて、そのかわいさで俺を殺しに来る。

 自分で言ったくせに、恥ずかしくなったのか俺の胸に顔を伏せてしまったミキがまたかわいくて、俺はぎゅうってミキを抱きしめて悶絶する。


 絶対、離さない。

 たくさん準備しよう。

 ミキがつらくないように。

 気持ちよくて泣いちゃうくらいに。

 誰にも邪魔されないように、完ぺきに準備して、それでその日を楽しもう。


 花盛りの夜に交わしたのは、少し先の、幸せな約束。






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