「やっぱり『BL営業』って、効果あるんだねーー!」
雑誌の撮影終わり。マネージャーの坂井は、車を運転しながら明るい声で言った。
後部座席でスマートフォンを触っていた有凪は、居心地が悪くてモゾモゾと足を組み替える。
「……俺は、ただただ恥ずかしいよ」
風斗とのイチャイチャ写真を投稿してから数日。SNSでは、予想以上に反応があった。反応をもらうためにやっているのだし、それは良かったのだけれど、写真を見返すと羞恥でいたたまれなくなる。
「恥ずかしいって、香椎くんはモデルなんだよ? 撮られることには慣れてるでしょう」
「そうだけど」
雑誌の撮影とは勝手が違うのだ。
「良く撮れてたもんね。カメラマンの腕が良かったのかなぁ」
坂井はご機嫌だ。カメラの腕を活かすことができて、よほどうれしいのだろう。
「……そうかもね」
呑気な坂井の声を聞きながら、有凪は密かにため息を吐いた。
これまで、自分なりにSNSは頑張って更新してきた。こまめに告知したり、オフの日だって自撮りをしたりして、認知度を上げようと苦心してきたのだ。
それなのに、ちょろっと風斗との写真を上げただけで、これまでのどの投稿よりも反応が良いなんて……!
納得がいかない。何度も撮り直したキメ顔よりも、丁寧に長文を綴った仕事の告知よりも、イチャイチャ写真のほうが良いのか? 世間はそんなにも、男子同士のイチャイチャを求めているというのだろうか。
ぐるぐると考えているうちに、車は地下駐車場に着いた。今日も事務所で会議なのだ。BL営業の。
社長は不在で、またしても例のメンバーが顔を合わせた。有凪と風斗、それからマネージャーの坂井と嘉内だ。
「で、次はどんな写真にしましょう?」
坂井が前のめりで問う。やる気まんまんだ。
「デート風とか、どうですか? 二人はお忍びで出かけて、デートスポットで見つめ合う……! みたいな」
坂井の向かいに座った嘉内が、すかさず答える。
「なるほど。それは良さそうですね」
マネージャー陣は盛り上がっている。一方の有凪と風斗は、顔を合わせてから一言もしゃべっていない。風斗はスマートフォンを触っているし、有凪はいたたまれず俯くばかりだった。
正直にいって、かなり気まずい。風斗の前で泣いたり喚いたりしたことが、今になって恥ずかしくてたまらないのだ。
風斗のほうは、特になんとも思ってなさそうなので、それは救いといえば救いだったけど。
「香椎くんは、それで良い?」
坂井から急に話を振られ、有凪は反射的に顔を上げた。
「えっと……」
「デートしてもらいたいんだけど」
有凪と風斗がお忍びデート。その様子をカメラにおさめるんだとか。
「……お忍びなのに、カメラに撮られるの? 自分たちで撮るんじゃなくて?」
意味が分からない。カメラマン同行のデート? それはもう、お忍びとは言わない気がする。
「明らかに二人で出かけてないと思うんだけど……」
有凪の真剣な顔を見て、風斗が「ふっ」と小さく笑った。明らかに小馬鹿にした笑いだ。
「な、なんだよ!」
「SNSってそういうもんだろ?」
見据えるような風斗の視線を真正面から浴びて、有凪は思わず目を逸らした。
「アイドルとか、明らかに自分で撮ってないのに『ひとりで来ました』とかSNSで言ってるじゃん」
「風斗は、SNSやってないのに。よくそんなの知ってるな」
彼は公式でSNSをやっていない。今時めずらしいタイプだ。風斗の場合、それがファンに「孤高」なイメージを植え付けているらしく、今後もこの方針でやっていくのだという。
嘉内からその話を聞いたとき、「な~~にが、孤高だよ!」と舌を出したのは内緒だ。
「常識だろ。それに、個人ではやってる」
「そうなの?」
「連絡用に使ってる」
「ふぅん」
……なんか、ちょっと興味あるぞ。めちゃくちゃ丁寧な文章を送るタイプだったらどうしよう。即レス派だったりして。まさか、絵文字を大量に使用するいわゆる構文とかじゃないよな?
風斗の顔を凝視しながら、有凪がそんなことを考えていると。
「とりあえず、デートするのは決まりだね。場所は、どこにしようか」
いつの間にか、次の撮影の方向性が決定していた。
「香椎くん、なにか案ある? 行きたい場所とか」
「あ……、うん。まぁ」
冷や汗をかきながら、有凪は余裕のあるふりをした。
本当は、案なんてない。あるわけがない。有凪は稀代の清純派なのだ。もちろんデートの経験など皆無だった。話を振られたので、仕方なく知識……というか想像力を働かせて答えてみる。
「え、映画とか……見て? そ、それからクレープを食べて……」
有凪が真面目に話していたら、風斗が鼻で笑った。ククッ、とおかしそうに腹を抱えている。
……わ、わわわ笑ったな! 渾身のデートプランだったのに!
有凪の頬が、カッと熱くなる。
「中学生かよ」
「う、うるさいな!」
有凪は勢いよく立ち上がった。そして、ドドドドッとダッシュしてトイレに逃げ込む。
個室に入って鍵をかけてから、思わず頭を抱えた。悔しい。自分はあまりにも清純だ。とりあえず、スマートフォンで「デート 東京」と検索する。
いや、ダメだ。有凪は文字を消し、改めて「デート 大人 東京」で調べた。たしかに映画とクレープは中学生のデートプランだった。
地元にいたころ、早熟というか積極的というか、とにかく陽キャな同級生たちはデートをしていた。それが映画とクレープだったのだ。
中学生だった当時の有凪は、キラキラの顔面とはうらはらに根暗だったので、こっそり「いいなぁ」と思いながら男女で出かける同級生のことを眺めていた。
しかし、そんな有凪も今や立派な二十三歳だ。
検索しまくって、アダルトなデートプランを頭の中に叩きこむ。高級レストラン、ワインバー、夜景、等々。そして、何食わぬ顔でトイレを出た。
すまし顔でソファに腰を下ろし、暗記した通りの「大人で素敵なデートプラン」を披露する。
拍手喝采だと信じて疑わなかったのに、坂井と嘉内の反応はイマイチだった。
「夜景かぁ……。そういうのは、ちょっと早いかな」
「もう少し、関係が進んでからってニュアンスですかね」
マネージャー二人がうなずき合っている。
……はい? ニュアンスってなんだよ。そのニュアンスが分からないんだが?
有凪は再び、頭を抱えた。
その様子を見ていた風斗は、ひたすら声を殺して笑っていた。