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第11話 次はデート……!

「やっぱり『BL営業』って、効果あるんだねーー!」


 雑誌の撮影終わり。マネージャーの坂井は、車を運転しながら明るい声で言った。


 後部座席でスマートフォンを触っていた有凪は、居心地が悪くてモゾモゾと足を組み替える。


「……俺は、ただただ恥ずかしいよ」


 風斗とのイチャイチャ写真を投稿してから数日。SNSでは、予想以上に反応があった。反応をもらうためにやっているのだし、それは良かったのだけれど、写真を見返すと羞恥でいたたまれなくなる。


「恥ずかしいって、香椎くんはモデルなんだよ? 撮られることには慣れてるでしょう」


「そうだけど」


 雑誌の撮影とは勝手が違うのだ。 


「良く撮れてたもんね。カメラマンの腕が良かったのかなぁ」


 坂井はご機嫌だ。カメラの腕を活かすことができて、よほどうれしいのだろう。


「……そうかもね」


 呑気な坂井の声を聞きながら、有凪は密かにため息を吐いた。


 これまで、自分なりにSNSは頑張って更新してきた。こまめに告知したり、オフの日だって自撮りをしたりして、認知度を上げようと苦心してきたのだ。


 それなのに、ちょろっと風斗との写真を上げただけで、これまでのどの投稿よりも反応が良いなんて……!


 納得がいかない。何度も撮り直したキメ顔よりも、丁寧に長文を綴った仕事の告知よりも、イチャイチャ写真のほうが良いのか? 世間はそんなにも、男子同士のイチャイチャを求めているというのだろうか。


 ぐるぐると考えているうちに、車は地下駐車場に着いた。今日も事務所で会議なのだ。BL営業の。


 社長は不在で、またしても例のメンバーが顔を合わせた。有凪と風斗、それからマネージャーの坂井と嘉内だ。


「で、次はどんな写真にしましょう?」


 坂井が前のめりで問う。やる気まんまんだ。


「デート風とか、どうですか? 二人はお忍びで出かけて、デートスポットで見つめ合う……! みたいな」


 坂井の向かいに座った嘉内が、すかさず答える。


「なるほど。それは良さそうですね」


 マネージャー陣は盛り上がっている。一方の有凪と風斗は、顔を合わせてから一言もしゃべっていない。風斗はスマートフォンを触っているし、有凪はいたたまれず俯くばかりだった。


 正直にいって、かなり気まずい。風斗の前で泣いたり喚いたりしたことが、今になって恥ずかしくてたまらないのだ。


 風斗のほうは、特になんとも思ってなさそうなので、それは救いといえば救いだったけど。


「香椎くんは、それで良い?」


 坂井から急に話を振られ、有凪は反射的に顔を上げた。


「えっと……」


「デートしてもらいたいんだけど」


 有凪と風斗がお忍びデート。その様子をカメラにおさめるんだとか。


「……お忍びなのに、カメラに撮られるの? 自分たちで撮るんじゃなくて?」


 意味が分からない。カメラマン同行のデート? それはもう、お忍びとは言わない気がする。


「明らかに二人で出かけてないと思うんだけど……」


 有凪の真剣な顔を見て、風斗が「ふっ」と小さく笑った。明らかに小馬鹿にした笑いだ。


「な、なんだよ!」


「SNSってそういうもんだろ?」


 見据えるような風斗の視線を真正面から浴びて、有凪は思わず目を逸らした。


「アイドルとか、明らかに自分で撮ってないのに『ひとりで来ました』とかSNSで言ってるじゃん」


「風斗は、SNSやってないのに。よくそんなの知ってるな」


 彼は公式でSNSをやっていない。今時めずらしいタイプだ。風斗の場合、それがファンに「孤高」なイメージを植え付けているらしく、今後もこの方針でやっていくのだという。


 嘉内からその話を聞いたとき、「な~~にが、孤高だよ!」と舌を出したのは内緒だ。


「常識だろ。それに、個人ではやってる」


「そうなの?」


「連絡用に使ってる」


「ふぅん」


 ……なんか、ちょっと興味あるぞ。めちゃくちゃ丁寧な文章を送るタイプだったらどうしよう。即レス派だったりして。まさか、絵文字を大量に使用するいわゆる構文とかじゃないよな?


 風斗の顔を凝視しながら、有凪がそんなことを考えていると。


「とりあえず、デートするのは決まりだね。場所は、どこにしようか」


 いつの間にか、次の撮影の方向性が決定していた。


「香椎くん、なにか案ある? 行きたい場所とか」


「あ……、うん。まぁ」


 冷や汗をかきながら、有凪は余裕のあるふりをした。


 本当は、案なんてない。あるわけがない。有凪は稀代の清純派なのだ。もちろんデートの経験など皆無だった。話を振られたので、仕方なく知識……というか想像力を働かせて答えてみる。


「え、映画とか……見て? そ、それからクレープを食べて……」


 有凪が真面目に話していたら、風斗が鼻で笑った。ククッ、とおかしそうに腹を抱えている。


 ……わ、わわわ笑ったな! 渾身のデートプランだったのに!


 有凪の頬が、カッと熱くなる。


「中学生かよ」


「う、うるさいな!」


 有凪は勢いよく立ち上がった。そして、ドドドドッとダッシュしてトイレに逃げ込む。


 個室に入って鍵をかけてから、思わず頭を抱えた。悔しい。自分はあまりにも清純だ。とりあえず、スマートフォンで「デート 東京」と検索する。


 いや、ダメだ。有凪は文字を消し、改めて「デート 大人 東京」で調べた。たしかに映画とクレープは中学生のデートプランだった。


 地元にいたころ、早熟というか積極的というか、とにかく陽キャな同級生たちはデートをしていた。それが映画とクレープだったのだ。


 中学生だった当時の有凪は、キラキラの顔面とはうらはらに根暗だったので、こっそり「いいなぁ」と思いながら男女で出かける同級生のことを眺めていた。


 しかし、そんな有凪も今や立派な二十三歳だ。


 検索しまくって、アダルトなデートプランを頭の中に叩きこむ。高級レストラン、ワインバー、夜景、等々。そして、何食わぬ顔でトイレを出た。


 すまし顔でソファに腰を下ろし、暗記した通りの「大人で素敵なデートプラン」を披露する。


 拍手喝采だと信じて疑わなかったのに、坂井と嘉内の反応はイマイチだった。


「夜景かぁ……。そういうのは、ちょっと早いかな」


「もう少し、関係が進んでからってニュアンスですかね」


 マネージャー二人がうなずき合っている。


 ……はい? ニュアンスってなんだよ。そのニュアンスが分からないんだが?


 有凪は再び、頭を抱えた。


 その様子を見ていた風斗は、ひたすら声を殺して笑っていた。

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