話し合いがひと段落ついたところで、皆で夕食をとることになった。またしてもデリバリー。
有凪は前回の反省を踏まえて、和食レストランのデリバリーを希望した。あっさりメニューが豊富なので、有凪にも選択の余地がある。
さくっと食べたいメニューを選んで、風斗に対して「まだなの?」と圧をかける。
ちなみに、有凪がオーダーしたのは「ネバネバとろ~~り蕎麦」だ。納豆、とろろ、めかぶ、オクラといった健康食材が、蕎麦にトッピングされている。美味しそうだし、ヘルシーで良い。
ようやく風斗もオーダーを終えたようだ。三十分ほどで商品が事務所に届いたのだけれど……。
「うな重と天丼……!?」
風斗の注文内容を知って、有凪は恐れおののいた。信じられない。夕食なのに。ダブル炭水化物なんて。
食べきれるのだろうか。疑いながら風斗の様子を注視していたが、彼は有凪の視線を気にすることなく次々と腹におさめていく。
つるつるとそばをすすりながら、有凪は信じられない思いで風斗を見た。
「物欲しそうな目で、見ないでもらえます?」
「見てない!」
前回はBL本に影響され、鼓動がズンドコ早くなってしまった。しかし、今日は冷静に対処することができた。オメガバースの世界観に勝ったのだ。
そうやって、ひとりで達成感に浸っていると……。
「……食います?」
風斗が、かぼちゃの天ぷらを箸で掴んで有凪の口元に近づける。
「な、なん……?」
予想外の風斗の行動に、思考が一瞬フリーズする。
「それだけじゃ、カロリー足りないんじゃないですか」
「た、足りてるけど」
天ぷらなんて油ぎったものは食べたくない。ボディラインに影響が出たらどうするのだ。というか、目の前のこれを食べたら。
か、かかかか、間接キスじゃないか……!?
様々なBL本で予習と復習を試みた結果、有凪はすっかりBL脳になってしまった。かぼちゃの天ぷらを見ながら、心臓がジタバタと暴れるのを自覚する。気のせいか、頬も熱い。
「は、半分……」
「うん?」
「それの半分なら、食べる」
ボディラインが気がかりだし。お肌のことも気になるし。
「モデルって大変ですね」
呆れつつも、風斗はかぼちゃの天ぷらを箸で半分に切る。
そして、小さくなったそれを有凪の口元に再び近づけた。
……は、初めての間接キス!
有凪は意を決して、かぶっとかぶりついた。
「うッ」
口に入れた瞬間、有凪は思わず目を見開いた。
「な、なんすか……?」
風斗が戸惑った表情を見せる。
「うまい!!!」
びっくりした。めちゃくちゃ美味しいのだ。かぼちゃは甘くてほくほくしている。天ぷらはサクサクで、天丼のたれがかかっているところはしっとり濃い味だ。
「揚げ物は久しぶりだから。ちょっと感動してる……!」
目を輝かせる有凪を見て、風斗は大きく息を吐いた。
「モデルってまじで大変ですね」
「そりゃ、俺は端っこモデルだから」
「はしっこ……?」
「モデルが集合したら、中央じゃなくて端っこにいるの。そういう立ち位置というか、ポジションなの。だから仕事を切られないように、コンディションを常に整えてるんだ。いつも完璧でいないと……」
あ、なんか。これって弱音かも。
イヤだな。こういうこと、風斗には言いたくないのに。
「そ、そういえばさ! 風斗は舞台の仕事が多いんだろ? どういう感じ? 俺はやったことないんだけど」
「……別に、普通ですけど」
「普通ってなんだよ」
もっと言いようがあるだろう。
「やたら、腹が減る感じすかね」
「ふぅん」
あ、そうか。だから、たくさん食べるのか。
風斗が空にした器たちを見て、有凪はひとり納得した。
「良かったら、これどうぞ。関係者席のチケットです」
嘉内から、舞台のチケットを渡された。風斗が出演中のものだ。
「え、良いんですか……?」
めちゃくちゃ嬉しい。実は、風斗が出ている舞台に興味があって、チケットを入手したいと思っていたのだ。
「もちろんです。ぜひ、見にいらしてください」
笑顔の嘉内を見て、デキるマネージャーだと確信する。
坂井もマネージャーとしてそつがないし、常に的確なアドバイスをくれる。もしかして、うちの事務所って最高なのでは……? チケットを握りしめながら、そんなことを考えていると。
「香椎くん」
隣にいる坂井から声をかけられた。
「なに?」
そばをすすりながら、坂井のほうを向く。
彼はカメラを持っていた。そのことが妙に引っかかった。
「……撮るの?」
プライベートショット的な感じだろうか。そう思って、そばを食べながら有凪はキメ顔を披露した。……のだけれど。
「もう撮ったよ」
坂井は満足げな顔で微笑んでいる。
「どういうこと?」
理解できずに、坂井に問う。
「これ見て。よく撮れてるでしょう」
坂井からカメラの液晶モニターを見せられ、思わず絶句した。
有凪が、かぼちゃの天ぷらにかぶりついているシーンが激写されていたのだ。間接キス(初)の瞬間が、まさかカメラにおさめられていたなんて。
「ど、な……こっ」
有凪は、口をパクパクさせた。どういうこと? なんで撮ってるの? この写真をどうするつもり? そう言いたいのに、驚きのあまり言葉にならない。
「うわ、面白い顔……」
風斗がモニターを覗き込んで、思わず吹き出した。
面白い顔というのは、もしかして有凪のことを指しているのだろうか。失礼な。この美貌の王子様こと、香椎有凪様に向かって……!
たしかに、かぶりつく瞬間の意を決した顔は、なんというか「美貌」というより「ひょうきん」な感じだったけれども……。