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第12話 初めての間接キス!

 話し合いがひと段落ついたところで、皆で夕食をとることになった。またしてもデリバリー。


 有凪は前回の反省を踏まえて、和食レストランのデリバリーを希望した。あっさりメニューが豊富なので、有凪にも選択の余地がある。


 さくっと食べたいメニューを選んで、風斗に対して「まだなの?」と圧をかける。


 ちなみに、有凪がオーダーしたのは「ネバネバとろ~~り蕎麦」だ。納豆、とろろ、めかぶ、オクラといった健康食材が、蕎麦にトッピングされている。美味しそうだし、ヘルシーで良い。


 ようやく風斗もオーダーを終えたようだ。三十分ほどで商品が事務所に届いたのだけれど……。


「うな重と天丼……!?」


 風斗の注文内容を知って、有凪は恐れおののいた。信じられない。夕食なのに。ダブル炭水化物なんて。


 食べきれるのだろうか。疑いながら風斗の様子を注視していたが、彼は有凪の視線を気にすることなく次々と腹におさめていく。


 つるつるとそばをすすりながら、有凪は信じられない思いで風斗を見た。


「物欲しそうな目で、見ないでもらえます?」


「見てない!」


 前回はBL本に影響され、鼓動がズンドコ早くなってしまった。しかし、今日は冷静に対処することができた。オメガバースの世界観に勝ったのだ。


 そうやって、ひとりで達成感に浸っていると……。


「……食います?」


 風斗が、かぼちゃの天ぷらを箸で掴んで有凪の口元に近づける。


「な、なん……?」


 予想外の風斗の行動に、思考が一瞬フリーズする。


「それだけじゃ、カロリー足りないんじゃないですか」


「た、足りてるけど」


 天ぷらなんて油ぎったものは食べたくない。ボディラインに影響が出たらどうするのだ。というか、目の前のこれを食べたら。


 か、かかかか、間接キスじゃないか……!?


 様々なBL本で予習と復習を試みた結果、有凪はすっかりBL脳になってしまった。かぼちゃの天ぷらを見ながら、心臓がジタバタと暴れるのを自覚する。気のせいか、頬も熱い。


「は、半分……」


「うん?」


「それの半分なら、食べる」


 ボディラインが気がかりだし。お肌のことも気になるし。


「モデルって大変ですね」


 呆れつつも、風斗はかぼちゃの天ぷらを箸で半分に切る。


 そして、小さくなったそれを有凪の口元に再び近づけた。


 ……は、初めての間接キス!


 有凪は意を決して、かぶっとかぶりついた。


「うッ」


 口に入れた瞬間、有凪は思わず目を見開いた。


「な、なんすか……?」


 風斗が戸惑った表情を見せる。


「うまい!!!」  


 びっくりした。めちゃくちゃ美味しいのだ。かぼちゃは甘くてほくほくしている。天ぷらはサクサクで、天丼のたれがかかっているところはしっとり濃い味だ。 


「揚げ物は久しぶりだから。ちょっと感動してる……!」


 目を輝かせる有凪を見て、風斗は大きく息を吐いた。


「モデルってまじで大変ですね」


「そりゃ、俺は端っこモデルだから」


「はしっこ……?」


「モデルが集合したら、中央じゃなくて端っこにいるの。そういう立ち位置というか、ポジションなの。だから仕事を切られないように、コンディションを常に整えてるんだ。いつも完璧でいないと……」 


 あ、なんか。これって弱音かも。


 イヤだな。こういうこと、風斗には言いたくないのに。


「そ、そういえばさ! 風斗は舞台の仕事が多いんだろ? どういう感じ? 俺はやったことないんだけど」


「……別に、普通ですけど」


「普通ってなんだよ」


 もっと言いようがあるだろう。


「やたら、腹が減る感じすかね」


「ふぅん」


 あ、そうか。だから、たくさん食べるのか。


 風斗が空にした器たちを見て、有凪はひとり納得した。


「良かったら、これどうぞ。関係者席のチケットです」


 嘉内から、舞台のチケットを渡された。風斗が出演中のものだ。


「え、良いんですか……?」


 めちゃくちゃ嬉しい。実は、風斗が出ている舞台に興味があって、チケットを入手したいと思っていたのだ。


「もちろんです。ぜひ、見にいらしてください」


 笑顔の嘉内を見て、デキるマネージャーだと確信する。


 坂井もマネージャーとしてそつがないし、常に的確なアドバイスをくれる。もしかして、うちの事務所って最高なのでは……? チケットを握りしめながら、そんなことを考えていると。


「香椎くん」


 隣にいる坂井から声をかけられた。


「なに?」


 そばをすすりながら、坂井のほうを向く。


 彼はカメラを持っていた。そのことが妙に引っかかった。


「……撮るの?」


 プライベートショット的な感じだろうか。そう思って、そばを食べながら有凪はキメ顔を披露した。……のだけれど。


「もう撮ったよ」


 坂井は満足げな顔で微笑んでいる。


「どういうこと?」


 理解できずに、坂井に問う。


「これ見て。よく撮れてるでしょう」


 坂井からカメラの液晶モニターを見せられ、思わず絶句した。


 有凪が、かぼちゃの天ぷらにかぶりついているシーンが激写されていたのだ。間接キス(初)の瞬間が、まさかカメラにおさめられていたなんて。


「ど、な……こっ」


 有凪は、口をパクパクさせた。どういうこと? なんで撮ってるの? この写真をどうするつもり? そう言いたいのに、驚きのあまり言葉にならない。


「うわ、面白い顔……」


 風斗がモニターを覗き込んで、思わず吹き出した。


 面白い顔というのは、もしかして有凪のことを指しているのだろうか。失礼な。この美貌の王子様こと、香椎有凪様に向かって……!


 たしかに、かぶりつく瞬間の意を決した顔は、なんというか「美貌」というより「ひょうきん」な感じだったけれども……。

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