「……カメラの腕が悪いんじゃない? 俺、こんな顔してないもん」
常日頃から「美しい」と称賛されている有凪だ。「面白い顔」などと評されたことがないので、つい坂井のカメラテクニックをけなしてしまった。
坂井はムッとした表情になり「面白い顔、たまにしてるよ」と有凪に反論する。
「まさか」
「香椎くんはね、気を抜くとけっこう緩んだ顔になってるんだよ」
なんですと!?
「う、うそだ……」
「嘘じゃないよ。たとえば撮影終わりに、車の中でね」
「ど、どんな顔?」
「ぼけ~~っとしながら窓の外を見ていたり、にやぁ~~と笑いながらスマートフォンを眺めたりしてるよ」
坂井の証言に、有凪は凍り付いた。まるで自覚がなかった。呆然としている有凪の向かいで、風斗が爆笑している。この男が、こんなに笑っている姿を初めて見た。
「人間らしくて、良いんじゃないっすか」
ひとしきり笑ったあとで、風斗は言った。爆笑しすぎたせいか、肩で息をしている。
まさか、風斗にフォローされる日が来るとは思わなかった。
「でも、寝顔は綺麗なんだよね」
坂井が、感心したようにつぶやく。
「香椎さんの綺麗な寝顔、見てみたいですね」
嘉内が、興味津々の表情になっている。
「早朝から撮影があると、帰りの車中でたいてい爆睡してるんだけど。眠り姫かっていうくらいに美しいんだよね」
いや、眠り姫ってなんだよ。せめて王子にして欲しい。
坂井は腕を組み、うなずいている。有凪はそんな坂井の肩に、軽く拳を入れておいた。
◇
オフの日。朝から有凪は緊張していた。関係者席で舞台を観劇するなんて、いかにも芸能人という経験をするのは初めてなのだ。
初体験ゆえ、劇場内での立ち振る舞いの正解が分からない。観客に手を振りながら着席し、「芸能人が来ましたよ~~!」とアピールしたほうが良いのか。観客のひとりとして大人しくするべきなのか。後者のほうが正しい気がする。しかし、前者は舞台に箔がつくような……?
そんなことを考えていたら、自宅を出る時間が迫っていた。
「とりあえず、今日は大人しめのパターンでいくか……」
ビビりらしい選択をした。服も地味なモノクロを選ぶ。ヘアセットも軽く済ませて、劇場に向かった。
劇場に着くと、関係者専用の裏口から客席のほうに降りた。
なるべく気配を消して、そっと自分の席を探したのだけど。有凪が姿を現した瞬間、空気が変わったのが分かった。
「え、あれって香椎有凪じゃない……?」
「スタイル神なんだけど」
ヒソヒソと囁きあう声が、有凪の耳に届いた。明らかにざわついている。
……どうしよう。目立つつもりじゃなかったのに。
「最近、風斗と仲良いからさ。観に来たんじゃない?」
「カップル感あるよね」
「お忍びきたーー!」
……風斗と仲良いことが認知されている! え、マジでBL営業成功してない?
心の中でガッツポーズしながら、得意のすまし顔で着席する。
「すっごいイケメンだったよね」
……まぁね。
良い気分だ。褒められて悪い気はしない。
「あれは、イケメンじゃなくて美人だよ」
……そういう意見もあるね。
「絶対にメイクしてたよね!」
……してませんが!?
「というか、むしろ加工してるよ」
……できるわけないし!!
ヒソヒソ声に反論していると、ふいに周囲が暗くなった。どうやら、開演時間のようだ。
物語の舞台は江戸。陰陽師が活躍する時代劇エンタテインメントだった。衣装が特徴的で、ストーリーも面白く、予備知識のない有凪でもじゅうぶん楽しめた。
風斗は脇役なので、物語の中盤になって登場した。
その瞬間、大きな光の塊が舞台上に現れたのかと思った。まぶしくて、有凪は思わず目をすがめた。それまで目で追っていたはずの主役が、どこにいるのか分からなくなった。
誰よりもオーラがある。ダイナミックな殺陣に目を奪われた。観客席まで支配している。
いつだったか、社長が言っていた。主役を張れる器だ、と。
『主役しかムリよ』
本当に、そうだ。
『こんなオーラのある脇役いないわよ』
現状、実際の主役が可哀想なことになっている。
でも。
それでも、主役は風斗ではなくて。
風斗は脇役なのだ。
……納得がいかない。はがゆい。なんでだよ。
舞台が終わってすぐ、有凪は坂井に連絡した。
「あれ、香椎くん? 今日は舞台観劇の日じゃなかった?」
「今、終わったとこ! その舞台のことなんだけど!!」
事務所で雑務をしていたらしい坂井に向かって、有凪はマシンガントークを繰り出した。
「なんで、あれで脇役なわけ!? 誰より格好良いじゃん! 舞台映えっていうの? ガタイが良いから派手な衣装にも負けてないし。主役を完全に食ってたよ。それなのに、出番が圧倒的に少ないんだよ! もっと見たかったのにーー!」
喚く有凪に対して、坂井は「まぁまぁ」と苦笑いをする。
「見る目がない! 俺が演出家ならぜったいに風斗を主役にするよ!」
「まぁ、うちは弱小事務所だからね……」
坂井が、諦めたようにつぶやく。
まだまだ文句を言い足りない有凪だったけど、思わず言葉を飲み込んだ。
「……それで、BL営業なんだね」
「そうだよ。有名になったら、もっと良い役がつく」
「頑張る」
力強く、そして前のめりに有凪は宣言した。
「べ、別に風斗のためとかじゃないよ? 実力に見合った配役じゃないと、お客さんにも失礼だと思うんだよね」
「香椎くん……」
「ほら、チケットとかけっこう高いでしょ? それに、交通費とか。地方のひとだったら宿泊費も必要だし、おしゃれもしないとだし」
今日、実際に観劇してみて分かった。身なりを完璧に整えているひとたちが多くいた。特に女性客は、その傾向が強かったと思う。費用をかけて観劇に来る相手には、完璧なものを見せなければいけないと思う。
……舞台に出演経験のない素人が、何を熱く語っているのだと自分でも思うけど。