「とにかく! 風斗は主役であるべき器だから。そのために俺も頑張るよ!」
スマートフォンで会話しながら、街中で有凪は叫んだ。
「うん、けっこう今、良い感じなんだよね」
坂井の声と、キーボードをカタカタと打つ音が同時に聞こえた。
「え、なに?」
有凪と会話しながら、片手間で仕事をしているのだろうかと思ったが、どうやら違ったらしい。
「SNSをチェックしてるんだけどね、香椎くんが風斗の舞台を観劇してたこと。話題になってるんだよ」
「……え」
そんなことが、話題になるのか?
「あの、それって俺があまりにも美しいとかっていう話? 加工してるじゃん的なこと?」
「なに言ってるの。違うよ」
坂井が、笑いながら有凪の発言を訂正する。
その「話題になっている」部分を確認するために、とりあえず落ち着ける場所を探した。目に留まったカフェに入店して、とりあえずアイスコーヒーを注文する。興奮したせいで、ちょっと汗をかいている。
SNSで検索をかけると、盛り上がっているいくつかの投稿を確認できた。
『帝極劇場に行ったら、香椎有凪が来てたよ』
『藤間風斗が出てるもんね』
『ふたりって接点あるの?』
『確か、同じ事務所だよね』
『芸能人だなって一目で分かったよ』
『香椎有凪はマジで美人だった』
なんだか、新鮮な気分だった。うれしいというか。むずがゆいというか。
ビビりなので、普段はエゴサーチをしない。そもそも悪意を向けられるほど知名度がないので、エゴサーチを控える意味もないのだが……。
「なんだよ。やっぱり俺が美しいって話じゃん」
運ばれてきたアイスコーヒーを啜りながら、にひひと笑う。
『観劇中は乙女だったよ』
……はい? 乙女!?
『彼氏を見守るような顔で舞台見てたよ』
思わず、むせそうになった。誓って、そんな目では見ていない。
『有凪のSNS、最近よく風斗出るよね』
『仲良いよね。キス未遂みたいな画像を見たときはマジで震えた』
『風斗がごはん食べさせてるのもあったよね』
『え、それどこ?』
『見たすぎるんだけど』
『拝ませて~~!』
盛り上がる投稿の数々に、有凪は赤面した。冷えたグラスを頬に押し当てる。なかなか冷えない。
それでも、変装用の帽子とマスクのおかげで赤い顔を隠すことには成功したのだった。
◇
帰宅後、有凪はすぐにベッドに寝転がった。自然と、風斗の舞台姿を思い出す。目を閉じても頭に浮かんでくる。舞台での立ち回り、勇ましい殺陣。悔しいけれど、格好良かった。凛々しくて、目を奪われた。
熱に浮かされたように、そのことしか考えられない。
有凪はスマートフォンを取り出し、舞台の感想を坂井宛てのメッセージに書き記した。かなり熱烈な文章になった。有凪は嘉内のIDを知らないので、とりあえず坂井に送信した。
坂井から、嘉内に伝えてもらおうという算段だ。
チケットを用意してもらったので、その御礼も兼ねて感想を送った。文章にして吐き出したら、多少は落ち着いた。それでも、胸の中に熾火のように「熱」が残っている。
「……もしかしたら、ひとはこうして『推し』を作るんだろうか」
ベッドの上で、ぼんやりと考えていたらスマートフォンが震えた。坂井からだった。
「もしもし?」
「香椎くん? 今ね、嘉内さんに感想を伝えたんだけど」
「うん」
「長文メールに感激してたよ」
「ふうん」
今さら、急激に恥ずかしさが込み上げてきた。確か、自分は「風斗こそ主役に相応しい」とか「舞台姿が映えていた」とか「格好良かった」とか、そういった類のことを長々と書き連ねて送った。
なんだか、熱烈なファンレターのようだ。
「ぜひとも、本人に直接感想を伝えて欲しいって、嘉内さんから言われたよ」
「え……?」
「彼の連絡先、今から送るね」
「ちょ、ちょっと……!」
「あ、というか。香椎くんのIDを教えたから、連絡が来るんじゃないかなぁ」
いやいや。ちょっと待って。担当してるタレントの連絡先を許可なく教えても良いの? まぁ、どっちも自社タレントだけどさ。
そんなことを考えていると、本当に風斗からメッセージが届いた。
「わわっ! マジじゃん!」
スマートフォンを落としそうなくらい動揺していると、坂井は「じゃあ、切るね」とあっさり通話を終了させた。
緊張しながら、メッセージを開く。
『嘉内さんから聞いたんですけど。長文の感想があるって』
ただの文字の羅列なのに、ドキンと心臓が跳ねた。
特別に、風斗を意識しているわけじゃない。人見知りで友だちがいないので、必要以上に反応してしまっただけなのだ。
……寂しい言い訳だな。というか、別に言い訳なんてしなくてもいいじゃん。
有凪は深呼吸をしてから、風斗に返信をした。
『長文じゃないよ。嘉内さんからチケットをもらったから、その御礼を伝えただけ。舞台の感想なんて、一言くらいだよ』
ついさっきまで感動で打ち震えていたくせに、悔しさというか、むずむずしたよく分からない感情のせいで、嘘を吐いてしまった。
『それで?』
風斗からのメッセージをじいっと睨む。「それで?」ってなんだよ。
『なにが?』
『感想ですよ。一言でも良いんで』
どうやら、回避できないらしい。
しかし、一言でまとめるのは至難の業だ。なぜなら、長文でお気持ち表明をするほどに感動してしまったから……!
『まぁ、脇役よりは主役のほうが向いてるんじゃないって思っただけ。なんせ、お前って無駄にデカいから目立つんだよな』
素直に、舞台上の誰よりも格好よくてまばゆい光を放っていたから、と伝えれば良いのだが、謎のむずむずのせいで減らず口を叩いてしまった。