目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話 ツンデレ男子

『気が合いますね』


 ……どういうことだ?


『なにが』


『俺も、センターは香椎さんが良いと思いました』 


 センター? なんの話だ? 俺は舞台はやってないし、アイドルでもないんだが?


『あの、俺はアイドルじゃないんだけど……?』


 意味が分からず、ポチポチと文字を打って返信をする。


『何言ってるんですか。雑誌の話ですよ』


 文章から、風斗の呆れ具合が伝わってくる。


『え、見たの?』


 有凪が、まぁまぁの頻度で登場するメンズ雑誌。


『ダメだったんですか?』


『……別に、ダメじゃないけど』


 心の準備がいるんだよ!


 とりあえず、何月号の何ページを見たのか知りたい。きちんとした発行物なので、おかしな顔はしていなかったと思うのだけど。


『モデルが集合するとき、いつも端っこにいるって香椎さんは言ってましたけど。本当なんですね。あれって、一番の美形は真ん中に立てない縛りでもあるんですか?』


『美形……?』


 ……それって、もしかしなくても自分のことを指しているのだろうか。


『どう見たって、香椎さんが一番綺麗な顔してるじゃないですか』


 綺麗と評されることには慣れている。それなのに、有凪はジタバタとベッドの上で暴れた。


『美人だし』


『まぁな』


 暴れるのもしんどいので、仰向けになる。それでも心臓だけは派手に動いている。


『王子様キャラには、ちょっと笑いましたけど』


『わ、笑うなよ!』


『変な意味じゃなくて。キャラ作ってんなと思っただけです。俺の前では、しかめっ面が多いので新鮮でした』


 ……しかめっ面? そういえば、確かに怒っていることは多いかも。


『スタイルだって、香椎さんが一番良いと思うし』


 ……す、すすすすたいる?


『ひとの体、勝手に見るなよ』


 恥ずかしいだろ!


『いや、雑誌に載ってるんだから。見るなはおかしいでしょ』


『そうだけど!』


『とにかく、顔面が一番整っててスタイルも神なのに、端っこに追いやられてる香椎さんのために、俺は頑張ってあげますよ』


『おい、その「あげますよ」ってなんだよ』


 ずいぶん偉そうだな!


『雑誌でいつも扱いが良いモデルのひと、大手事務所に所属しているらしいですね』


『……うん。でもそれは、実力のせいだよ』


 そう思わないと、やってられない。いつも自分に言い聞かせてる。


『真ん中にいるべきひとが端っこにいて、小さいカットしか使われないなんて。それって、雑誌を買うヤツのこと舐めてるとしか思えないんで』


 ……うん? なんか、どこかで聞いたセリフのような気がする。


 確か、舞台を見たとき。自分も同じようなことを坂井に言った気がする。


『気が合うな』


『は?』


『とにかく、気が合うの』


『そうですか。じゃあ、次のデートは喧嘩せずに済みそうですね』


 デート!!


 その響きに、有凪の心拍数が上がる。


 正直なところ、喧嘩などしている場合ではない。デート未経験なので、とにかく失敗しないように全神経を集中させなければ。そのためには、予習と復習が大切だ。


 メッセージのやり取りを終えてから、有凪はデートについての情報収集に努めた。かなり、念入りに。


「完璧にエスコートしなくては……!」


 年下(一歳だけど)のクソガキなんかに、舐められてはいけない。ここは大人の余裕を見せて、スマートに相手を……。 


「あれ、もしかして俺がエスコートされる側なのか……?」


 有凪はBL初心者なので、「受け」と「攻め」に対する理解が浅い。その辺りの仕組みが、まだよく分からないのだ。


「男女でデートもしたことないのに、男男の組み合わせとか難易度が高すぎるッ!」


 ベッドの上で悶えながら、有凪は頭を抱えた。


「でも、よくよく考えてみれば同年代のヤツと遊びに出かけるなんて、久々だよな……?」


 久々どころか、ほとんど初めてかもしれない。田舎にいても上京しても、有凪には友だちがいない。ひとりで出かけると無駄に声を掛けられるので怖い。


 だから、ほとんど引きこもり状態だった。この間は、めずらしく舞台観劇に出かけたけれども。


 有凪は引きこもりだが、好き好んで閉じこもっているわけではない。話題のスポットに行ってみたいし、流行りのスイーツだって食べたい。


「デートするの、めちゃくちゃ楽しみかも……」


 仕事ではあるけれど、いやだからこそ、楽しんでやるほうが良いと思う。普段は後ろ向きなのに、たまに前向きな思考になる有凪だった。







 雑誌の撮影終わりの車中。後部座席にいる有凪は、身を乗り出して運転席の坂井に話しかけた。


「色々と見たんだけどさーー! やっぱりデートといえば、テーマパークかなと思うんだよね。まずは、ここの入口で写真を撮って。ほら、映えスポットじゃん? あとは、乗り物。ぜったいに乗りたいアトラクションがあって、これと、それからこれと……」


 デート特集の雑誌を見せながら、有凪は力説する。


「あとね、スイーツも食べたいんだけどね! 美味しそうなのが多すぎて、選べないんだよね。さすがに全部食べたらカロリーオーバーだし。あ、でも! パーク内をたくさん歩くだろうから、少しくらいは、多めに食べても平気かな?」


 アトラクション、レストラン、グッズショップ。すべてが、キラキラして見える。


「ずいぶん、張り切ってるね」


 有凪を見て、坂井が苦笑いしている。


「そんなにウキウキしてる香椎くんは、めずらしいなぁ。風斗くんとデートするの、楽しみにしてるんだね」


 坂井の言葉に、有凪はくちびるを尖らせて反論した。


「べ、べべ別に風斗が相手だから、楽しみにしてるわけじゃないんだからな! 俺は、あんまり外に出ないから、仕事だけどデートするのはイヤじゃないだけで。風斗は、まぁ、俺と並んでもそこそこ釣り合うヤツだから。相手として、認めてやってもいいかなって思うけど……!」


 ムキになって言い募る有凪を見て、坂井はふき出した。


「ちょっと、香椎くん。なんなの、そのツンデレのお手本みたいな反応は……!」 


 ハンドルを握りながら、坂井が爆笑している。


 有凪は呆気にとられた。


 ……ツンデレって、何だろう?


 確認したかったけれど、残念ながら自宅マンションに到着してしまった。仕方がないので車を降りる。


 坂井に訊くタイミングを逃したのだが、ふいに「ツンデレ」の文字が頭に浮かんだ。つい最近、そのワードを見た覚えがある。


「何だっけ……?」


 マンションでエレベーターを待ちながら、有凪は唸った。必死に記憶の糸をたどる。


「あ! BL本!!」


 ピコーンと閃いた。先日購入したBL漫画。その帯に「ツンデレ男子」という記載があったのだ。


 有凪は部屋に入り、お気に入りのパジャマに着替えた。BL本を堪能するには、肌に馴染んだこの着古したカットソーを着てベッドに寝転ぶのが良い。間違いなく、これがベストだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?