『気が合いますね』
……どういうことだ?
『なにが』
『俺も、センターは香椎さんが良いと思いました』
センター? なんの話だ? 俺は舞台はやってないし、アイドルでもないんだが?
『あの、俺はアイドルじゃないんだけど……?』
意味が分からず、ポチポチと文字を打って返信をする。
『何言ってるんですか。雑誌の話ですよ』
文章から、風斗の呆れ具合が伝わってくる。
『え、見たの?』
有凪が、まぁまぁの頻度で登場するメンズ雑誌。
『ダメだったんですか?』
『……別に、ダメじゃないけど』
心の準備がいるんだよ!
とりあえず、何月号の何ページを見たのか知りたい。きちんとした発行物なので、おかしな顔はしていなかったと思うのだけど。
『モデルが集合するとき、いつも端っこにいるって香椎さんは言ってましたけど。本当なんですね。あれって、一番の美形は真ん中に立てない縛りでもあるんですか?』
『美形……?』
……それって、もしかしなくても自分のことを指しているのだろうか。
『どう見たって、香椎さんが一番綺麗な顔してるじゃないですか』
綺麗と評されることには慣れている。それなのに、有凪はジタバタとベッドの上で暴れた。
『美人だし』
『まぁな』
暴れるのもしんどいので、仰向けになる。それでも心臓だけは派手に動いている。
『王子様キャラには、ちょっと笑いましたけど』
『わ、笑うなよ!』
『変な意味じゃなくて。キャラ作ってんなと思っただけです。俺の前では、しかめっ面が多いので新鮮でした』
……しかめっ面? そういえば、確かに怒っていることは多いかも。
『スタイルだって、香椎さんが一番良いと思うし』
……す、すすすすたいる?
『ひとの体、勝手に見るなよ』
恥ずかしいだろ!
『いや、雑誌に載ってるんだから。見るなはおかしいでしょ』
『そうだけど!』
『とにかく、顔面が一番整っててスタイルも神なのに、端っこに追いやられてる香椎さんのために、俺は頑張ってあげますよ』
『おい、その「あげますよ」ってなんだよ』
ずいぶん偉そうだな!
『雑誌でいつも扱いが良いモデルのひと、大手事務所に所属しているらしいですね』
『……うん。でもそれは、実力のせいだよ』
そう思わないと、やってられない。いつも自分に言い聞かせてる。
『真ん中にいるべきひとが端っこにいて、小さいカットしか使われないなんて。それって、雑誌を買うヤツのこと舐めてるとしか思えないんで』
……うん? なんか、どこかで聞いたセリフのような気がする。
確か、舞台を見たとき。自分も同じようなことを坂井に言った気がする。
『気が合うな』
『は?』
『とにかく、気が合うの』
『そうですか。じゃあ、次のデートは喧嘩せずに済みそうですね』
デート!!
その響きに、有凪の心拍数が上がる。
正直なところ、喧嘩などしている場合ではない。デート未経験なので、とにかく失敗しないように全神経を集中させなければ。そのためには、予習と復習が大切だ。
メッセージのやり取りを終えてから、有凪はデートについての情報収集に努めた。かなり、念入りに。
「完璧にエスコートしなくては……!」
年下(一歳だけど)のクソガキなんかに、舐められてはいけない。ここは大人の余裕を見せて、スマートに相手を……。
「あれ、もしかして俺がエスコートされる側なのか……?」
有凪はBL初心者なので、「受け」と「攻め」に対する理解が浅い。その辺りの仕組みが、まだよく分からないのだ。
「男女でデートもしたことないのに、男男の組み合わせとか難易度が高すぎるッ!」
ベッドの上で悶えながら、有凪は頭を抱えた。
「でも、よくよく考えてみれば同年代のヤツと遊びに出かけるなんて、久々だよな……?」
久々どころか、ほとんど初めてかもしれない。田舎にいても上京しても、有凪には友だちがいない。ひとりで出かけると無駄に声を掛けられるので怖い。
だから、ほとんど引きこもり状態だった。この間は、めずらしく舞台観劇に出かけたけれども。
有凪は引きこもりだが、好き好んで閉じこもっているわけではない。話題のスポットに行ってみたいし、流行りのスイーツだって食べたい。
「デートするの、めちゃくちゃ楽しみかも……」
仕事ではあるけれど、いやだからこそ、楽しんでやるほうが良いと思う。普段は後ろ向きなのに、たまに前向きな思考になる有凪だった。
◇
雑誌の撮影終わりの車中。後部座席にいる有凪は、身を乗り出して運転席の坂井に話しかけた。
「色々と見たんだけどさーー! やっぱりデートといえば、テーマパークかなと思うんだよね。まずは、ここの入口で写真を撮って。ほら、映えスポットじゃん? あとは、乗り物。ぜったいに乗りたいアトラクションがあって、これと、それからこれと……」
デート特集の雑誌を見せながら、有凪は力説する。
「あとね、スイーツも食べたいんだけどね! 美味しそうなのが多すぎて、選べないんだよね。さすがに全部食べたらカロリーオーバーだし。あ、でも! パーク内をたくさん歩くだろうから、少しくらいは、多めに食べても平気かな?」
アトラクション、レストラン、グッズショップ。すべてが、キラキラして見える。
「ずいぶん、張り切ってるね」
有凪を見て、坂井が苦笑いしている。
「そんなにウキウキしてる香椎くんは、めずらしいなぁ。風斗くんとデートするの、楽しみにしてるんだね」
坂井の言葉に、有凪はくちびるを尖らせて反論した。
「べ、べべ別に風斗が相手だから、楽しみにしてるわけじゃないんだからな! 俺は、あんまり外に出ないから、仕事だけどデートするのはイヤじゃないだけで。風斗は、まぁ、俺と並んでもそこそこ釣り合うヤツだから。相手として、認めてやってもいいかなって思うけど……!」
ムキになって言い募る有凪を見て、坂井はふき出した。
「ちょっと、香椎くん。なんなの、そのツンデレのお手本みたいな反応は……!」
ハンドルを握りながら、坂井が爆笑している。
有凪は呆気にとられた。
……ツンデレって、何だろう?
確認したかったけれど、残念ながら自宅マンションに到着してしまった。仕方がないので車を降りる。
坂井に訊くタイミングを逃したのだが、ふいに「ツンデレ」の文字が頭に浮かんだ。つい最近、そのワードを見た覚えがある。
「何だっけ……?」
マンションでエレベーターを待ちながら、有凪は唸った。必死に記憶の糸をたどる。
「あ! BL本!!」
ピコーンと閃いた。先日購入したBL漫画。その帯に「ツンデレ男子」という記載があったのだ。
有凪は部屋に入り、お気に入りのパジャマに着替えた。BL本を堪能するには、肌に馴染んだこの着古したカットソーを着てベッドに寝転ぶのが良い。間違いなく、これがベストだ。