目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第16話 デート当日!

 さっそく、漫画を手に取った。


 やはり、帯には間違いなく「ツンデレ男子」の文字がある。よしよし、と思っていると……。


「ん? ツンデレ男子、トロトロになる……?」


 有凪の眉が、ぎゅうっと寄った。


 不穏だ。限りなくヤバい雰囲気を察する。


 BL界隈で「トロトロ」のワードは、まさしくあれだ。あれしかない。


「このツンデレ男子、完全に堕とされるな……!」


 ごくり、と唾を飲み込む。


 表紙のツンデレと思われる人物は、頬をぷっくり膨らませていた。可愛い系男子だ。なにやら、相手に文句を言いたげな様子だった。


 その相手というのは、いかにもひとの良さそうな笑みを浮かべているイケメン男子だった。可愛い系男子の言うことを何でも聞きそうな、理想の彼氏という印象だ。


「騙されないぞ」


 表紙を見ながら、有凪は不敵に笑った。


 こういう、ひとの良さそうに見える男に限って、打算的で性悪なのだ。BL界隈では、だいたいそう。しかも、決まって絶倫。


 これは心して読まなければいけない。どんな怒涛のエロ展開が待ち受けているのか。


 有凪は、おそるおそるページをめくった。 


「可愛い……」


 思わず、声が漏れた。


 小柄なツンデレ男子がキュートすぎる。完全無欠の可愛い子ちゃんな受けだった。攻めのことが好きだけど、素直になれないのだ。


 読み進めるうちに、「ツンデレ」というワードを有凪は理解した。「ツンツンして取っ付きにくい」キャラクターが、特定の条件になると「デレデレして本音を出す」ということらしい。


 作中の可愛い子ちゃんは、まさに典型的なツンデレだった。そして、有凪の予想した通り、攻めの男は打算的で性悪だった。


 可愛い子ちゃんは、初デートで性悪男と体の関係を持ってしまった。初心な子だったのに、ひどい目に合わされていた。


 すべては性悪男の策略だ。そしてやはり絶倫だった。可愛い子ちゃんが可哀相すぎる。でも、愛があるので許せてしまう。作中の二人が幸せにしているので、認めざるを得ない。


 今回もすばらしいBLだった。


「初デートで、しちゃってたな……」


 ベッドで仰向けになりながら、怒涛のエロ展開を思い返す。ツンデレ、初デート。自分と重なり合う部分があって、心臓が高鳴る。


「い、いや、違う! このドキドキは、BL本を読んだせいだから! 俺の場合はデートといっても仕事だし、エロ展開なんてないし……!」


 枕を抱えながら、有凪はひたすら悶えていた。







 マネージャー陣で相談した結果、デート場所はテーマパークに決定したらしい。有凪の意見が通った形だ。


 さっそく風斗に連絡した。


『俺、乗りたいアトラクションがあるんだけど』


 浮かれていると思われないよう、なるべくそっけない文面にした。


 風斗からの返信は、それ以上に愛想がなかった。


『待ち時間がダルいですね』


 ……なんだよ! 可愛くないな!


『それも含めてデートだろ』


 有凪は未経験だけれど。


『俺は、何でも良いんで。好きなアトラクション乗っていいですよ』


 これは譲歩ではなく、単純にアトラクションに対して関心がないのだろう。もっと興味を持てよ、と言いたいところだが、有凪の希望通りのデートが実現しそうなので、まぁ良しとする。


 デート当日、有凪はアラームが鳴る前に目が覚めた。


 カーテンを開けると、まだ夜明け前だった。遠足が楽しみで早起きをしてしまった子どものようで、ちょっと恥ずかしくなった。


 ゆっくりとシャワーを浴びて、時間をかけて朝食を食べて、念入りに身支度を整えた。


 この日のために、仕事で着用したセットアップを買い取った。スタイリストと一緒に選んだので間違いはない。


 有凪が「今度、遊びに行くんだけど服がなくて……」と言ったら、目を輝かせながらコーディネートしてくれた。「もしかして、デートですか!」と言われた。


 なぜ、分かったのか。疑問に思って問うと「香椎さんの表情が乙女だったので!」と即答された。


 思わず否定した。誓って、有凪はそんな顔をしていない。


 ちなみに、今日は坂井の迎えはなし。自分で目的地まで行かなければならない。


 待ち合わせをしている様子を撮影したいらしいのだ。坂井のカメラ熱は上がる一方だった。今日は、マネージャー業ではなくカメラマンに徹するらしい。  


 マスクとサングラスで顔面を覆い隠し、有凪はテーマパークに向かった。


 目的地が近づくにつれ、不安になってきた。平日だというのに、大勢のひとがいる。


 無事に、風斗と合流できるのだろうか。


 周囲を見回しながら、待ち合わせの場所に到着したのだが。


 ……いた!!


 風斗を見つけられるのか、という不安は杞憂だった。ひとごみの中で、彼はピカーーッ! と光を放っていた。目立ちまくっている。


 圧倒的スタイル。神々しいまでのオーラ。深めのキャップを被っているので顔はよく見えないが、間違いない。


 下から顔を覗き込むと、やはり風斗だった。


「待った?」


「待ちましたよ」


「時間通りなのに?」


「俺は、待つのが苦手なんです」


 たとえ一分でも、待たされるのはイヤらしい。待っている間は、時間がゆっくり流れる気がするんだとか。それでも遅刻せずに来ているので、風斗は偉い。


「褒めてやろう」


 背伸びして、有凪は風斗の頭を撫でた。この身長差が忌々しい。


「意味不明」 


 それだけ言って、風斗は歩き出す。照れ……てるわけ、ないか。


「待ってよ!」


 スタスタと歩く風斗を追いかける。


 もう少しで追いつく、というところで、急に風斗が立ち止まった。


「わっ!」


 もう少しで、ぶつかるところだった。


「そういえば坂井さんって、どこにいるんですか?」


 くるりと振り返って、風斗が有凪に問う。


「今日は、カメラマンに徹するって言ってたよ。たぶん、その辺にいるんじゃないかなぁ」


 おそらく、坂井のことだ。絶好のポイントからシャッターチャンスを狙っているに違いない。


「とりあえず、並ぼう!」


 有凪は、アトラクションのほうを指さした。


「……分かりましたよ」


 やれやれといった感じで、風斗がうなずく。


 列に並ぶと、いきなり背後から風斗に抱きすくめられた。


「な、なに……!?」


 予想外の行動すぎる。有凪は驚いて、声がひっくり返った。


「最後尾なんで。シャッターチャンスかと思って」


 風斗が、しれっと言った。


 確かに、最後尾は撮影しやすいだろう。今頃、坂井は大喜びしていると思う。


「……いきなりだと、びっくりするから。前もって言ってくれない?」


 心の準備というものがある。思わず睨むと、有凪の体に回していた腕を解いた。


「分かりましたよ」


 風斗が肩をすくめた。そして、有凪に背を向けた瞬間。


 ……えい!


 思い切って、有凪は後ろから風斗に抱き着いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?