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第17話 仕事の依頼が……!

 ざまぁみろ。お返しだ。


「な? いきなりだと、ビビるだろ?」


「……確かに、前触れもなくタックルされると驚きがありますね」


 そうは言いながら、風斗は平然としている。特に驚いた様子はなく、有凪を見下ろしていた。


「タックルじゃねぇし!」


 ……少しは、動揺しろよな! 


 まったく、可愛げのない後輩だ。


 歯ぎしりをしていると、いつのまにか後ろに列ができていることに気づいた。さすがは人気のアトラクションだ。


 そろそろ、大人しく列に並ばないとな……と思っていたら、ふいに声が聞こえた。後ろに並ぶ、おしゃれ女子たちのヒソヒソ話だった。


「前に並んでるひとたち、かっこよ……!」


「スタイル良すぎなんだけど」


「なんで抱き着いてるんだろうね」


「もしかして、カップルじゃない?」


「え、男の子同士のカップル……!」


 声のトーンが上がっていくのが分かる。キャッキャッと盛り上がっている。


 ……どうしよう。


 有凪は、風斗に抱き着いたままだ。離れるタイミングを完全に失ってしまった。


「というか、抱き着いてるほう香椎有凪じゃない?」


 ……ひぇ!


 自分の名前が聞こえて、有凪の心臓が跳ねる。もしかして、バレたのだろうか。マスクとサングラスで、完璧に顔を隠してるのに?


「え~~、そうかな?」


「顔が見えないから、なんとも言えないよ」


 ……セーフ、か?


 風斗に抱き着いたまま、聴覚に神経を集中させる。もしバレたら、このまま列に並んでいられないと思う。それどころか、テーマパークでのデートも中止になるかも。きっと、無数のカメラを向けられる。


 どうか人違いだと思われますように、と心の中で祈っていると……。


「後頭部の形が美しすぎるもん。それに、あの耳。見覚えあるんだよね。ぜったいに香椎有凪だと思う!」


 完全に言い切った。力強い女子の声を聞いて、有凪は愕然とする。


 風斗が、「ククッ」と笑った。


 有凪は小声で「なんだよ!」と問う。


「香椎さんのマジなファンがいるじゃないですか」


「そ、そうみたいだな……」


 まさか、後頭部や耳で特定されるとは。ファンというものは侮れない。


 というか、まさか自分のファンに遭遇するとは思わなかった。そこそこ認知されているとはいえ、端っこモデルなのだ。ごくまれに出演依頼がくる映像作品だって、脇役だし。


 ファンと遭遇して、間が悪いような、有り難いような。


 複雑だなと思っていたら、風斗が口を開いた。


「残念ですけど、アトラクションはまた今度にしましょう」


 諭すように言われ、有凪はうなずいた。ゆっくりと体を離す。


「そうだな。騒がせてしまう前に……」


 言い終わらないうちに、有凪の腕を風斗が引いた。そのまま走り出す。


 ひとごみを避けながら、風斗と一緒に走る。手をつないだまま。ときどき、避けきれずに軽くぶつかった。まるで、逃避行のようだと有凪は思った。


 これはこれで、絵になっているのではないだろうか。そんなことを考えながら、有凪は走った。


 全速力で走って、なんとかパーク外に出ることに成功した。はぁはぁと息を整えていると。


 背後から、聞き覚えのある声がした。


「二人とも、お疲れ様ーー!」


 カメラを抱えた坂井が、満面の笑みでこちらに駆けてくる。


「良いのが撮れたよ~~!」


 かなりテンションが高めだ。予想通り、パーク内で有凪たちを追尾しながら、ここぞという場面をカメラにおさめていたらしい。


 しばらくすると、嘉内が姿を見せた。ミニバンの運転席から、こちらに向かって手を振っている。


 どうやら、帰りは車に乗れるらしい。


 無事に、良いショットが撮影できたというし、ひとまず安堵した。安心したら、ドッと疲れを感じた。


 ミニバンに乗り込もうとしたら、坂井がシャッターを切った。カメラは、有凪のほうを向いている。


「……撮る必要、ある?」


 車に乗る瞬間なんて、撮影しても意味がないと思うのだが。


「もちろん。だって、二人がずっと仲良く手をつないでるから」


 坂井に指摘されて、有凪は自分の手を見た。


 彼の言う通り、未だに風斗と手を握り合ったままだった。


「わっ!」


 驚きのあまり、声を上げながら手を離した。


「はーー! 今日は本当に、良いのが撮れたなぁ」


 うっとりする坂井と、「さすがです!」と目を輝かせる嘉内。風斗がどんな顔をしているのかは、分からない。恥ずかしくて、見ることができなかった。


 有凪といえば、ひたすら赤面していた。ドキドキと反応する鼓動を感じながら。







 デートの一件から、数日後。


 撮影終わりの車中で、有凪は鼻歌まじりにスマートフォンを眺めていた。SNSをチェックしているのだ。今日もフォロワーの数が増えていた。


 にひひ、と笑みがこぼれた。


「はぁ……」


 運転席から、ため息が聞こえた。


 有凪とは反対に、坂井のテンションは低い。


 実は、坂井が撮影したデート写真を投稿する前に、ファンの子たちがSNSで写真を投稿したのだ。彼女たちのスマートフォンで、有凪と風斗はしっかり撮られていたらしい。


 映えスポットと名高いパークの入口で、待ち合わせをしているところ。


 有凪が背伸びをしながら、風斗の頭を撫でているところ。


 アトラクションの列に並びながら、風斗にバックハグされている有凪。


 風斗の広い背中に抱き着いている有凪。


 手をつないでいる二人。まるで、逃避行しているみたいな有凪と風斗。ドラマのワンシーンみたいだと話題になったのだ。


 一気に拡散され、話題になった。


 坂井が撮影した写真を投稿するまでもなかった。


「良い写真、撮れたんだけどね……」


 がっくりと肩を落としている。


「今からでも投稿しようか? 坂井さんが撮ったやつ」


「二番煎じみたいでイヤなんだよ」


「ふうん」


 彼なりにプライドがあるらしい。まるで、プロみたいだなぁと有凪は思った。


 デート写真が拡散されたおかげで、有凪のフォロワー数は爆増した。ものすごい数になっている。こんなことは今までになかったので、単純に舞い上がっている有凪だった。


 撮影の休憩中も、スマートフォンを肌身離さず持っていた。フォロワー数が増えていくのを眺めたり、SNSへのコメントを確認したりするためだ。


 カメラマンの宮部に、少し嫌味を言われてしまった。「一気に知名度が上がったね。もう撮影には来てくれないかと思ったよ」と、どこか皮肉っぽい言い方だった。


 有凪が知る宮部ではないような気がした。


 今までは、どこかお調子者のような雰囲気があったのに。


 スマートフォンを握りしめる有凪を見て、宮部の目つきが鋭くなった。「彼氏と連絡を取り合ってるの?」と、低い声で問われた。


 宮部のいう「彼氏」は、風斗のことを指しているのだろう。


 否定しようかと思ったけれど、BL営業に差しさわりがあるかもと思い、曖昧に濁した。それが気に入らなかったのか、宮部は舌打ちをしながら去っていった。


 ……イヤなこと、思い出したな。


 有凪は、無意識にため息を吐いた。


 イヤなことは、忘れるに限る。


 有凪は小さく頭を振って、無理やり頭の中から宮部を追いやった。

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