ざまぁみろ。お返しだ。
「な? いきなりだと、ビビるだろ?」
「……確かに、前触れもなくタックルされると驚きがありますね」
そうは言いながら、風斗は平然としている。特に驚いた様子はなく、有凪を見下ろしていた。
「タックルじゃねぇし!」
……少しは、動揺しろよな!
まったく、可愛げのない後輩だ。
歯ぎしりをしていると、いつのまにか後ろに列ができていることに気づいた。さすがは人気のアトラクションだ。
そろそろ、大人しく列に並ばないとな……と思っていたら、ふいに声が聞こえた。後ろに並ぶ、おしゃれ女子たちのヒソヒソ話だった。
「前に並んでるひとたち、かっこよ……!」
「スタイル良すぎなんだけど」
「なんで抱き着いてるんだろうね」
「もしかして、カップルじゃない?」
「え、男の子同士のカップル……!」
声のトーンが上がっていくのが分かる。キャッキャッと盛り上がっている。
……どうしよう。
有凪は、風斗に抱き着いたままだ。離れるタイミングを完全に失ってしまった。
「というか、抱き着いてるほう香椎有凪じゃない?」
……ひぇ!
自分の名前が聞こえて、有凪の心臓が跳ねる。もしかして、バレたのだろうか。マスクとサングラスで、完璧に顔を隠してるのに?
「え~~、そうかな?」
「顔が見えないから、なんとも言えないよ」
……セーフ、か?
風斗に抱き着いたまま、聴覚に神経を集中させる。もしバレたら、このまま列に並んでいられないと思う。それどころか、テーマパークでのデートも中止になるかも。きっと、無数のカメラを向けられる。
どうか人違いだと思われますように、と心の中で祈っていると……。
「後頭部の形が美しすぎるもん。それに、あの耳。見覚えあるんだよね。ぜったいに香椎有凪だと思う!」
完全に言い切った。力強い女子の声を聞いて、有凪は愕然とする。
風斗が、「ククッ」と笑った。
有凪は小声で「なんだよ!」と問う。
「香椎さんのマジなファンがいるじゃないですか」
「そ、そうみたいだな……」
まさか、後頭部や耳で特定されるとは。ファンというものは侮れない。
というか、まさか自分のファンに遭遇するとは思わなかった。そこそこ認知されているとはいえ、端っこモデルなのだ。ごくまれに出演依頼がくる映像作品だって、脇役だし。
ファンと遭遇して、間が悪いような、有り難いような。
複雑だなと思っていたら、風斗が口を開いた。
「残念ですけど、アトラクションはまた今度にしましょう」
諭すように言われ、有凪はうなずいた。ゆっくりと体を離す。
「そうだな。騒がせてしまう前に……」
言い終わらないうちに、有凪の腕を風斗が引いた。そのまま走り出す。
ひとごみを避けながら、風斗と一緒に走る。手をつないだまま。ときどき、避けきれずに軽くぶつかった。まるで、逃避行のようだと有凪は思った。
これはこれで、絵になっているのではないだろうか。そんなことを考えながら、有凪は走った。
全速力で走って、なんとかパーク外に出ることに成功した。はぁはぁと息を整えていると。
背後から、聞き覚えのある声がした。
「二人とも、お疲れ様ーー!」
カメラを抱えた坂井が、満面の笑みでこちらに駆けてくる。
「良いのが撮れたよ~~!」
かなりテンションが高めだ。予想通り、パーク内で有凪たちを追尾しながら、ここぞという場面をカメラにおさめていたらしい。
しばらくすると、嘉内が姿を見せた。ミニバンの運転席から、こちらに向かって手を振っている。
どうやら、帰りは車に乗れるらしい。
無事に、良いショットが撮影できたというし、ひとまず安堵した。安心したら、ドッと疲れを感じた。
ミニバンに乗り込もうとしたら、坂井がシャッターを切った。カメラは、有凪のほうを向いている。
「……撮る必要、ある?」
車に乗る瞬間なんて、撮影しても意味がないと思うのだが。
「もちろん。だって、二人がずっと仲良く手をつないでるから」
坂井に指摘されて、有凪は自分の手を見た。
彼の言う通り、未だに風斗と手を握り合ったままだった。
「わっ!」
驚きのあまり、声を上げながら手を離した。
「はーー! 今日は本当に、良いのが撮れたなぁ」
うっとりする坂井と、「さすがです!」と目を輝かせる嘉内。風斗がどんな顔をしているのかは、分からない。恥ずかしくて、見ることができなかった。
有凪といえば、ひたすら赤面していた。ドキドキと反応する鼓動を感じながら。
◇
デートの一件から、数日後。
撮影終わりの車中で、有凪は鼻歌まじりにスマートフォンを眺めていた。SNSをチェックしているのだ。今日もフォロワーの数が増えていた。
にひひ、と笑みがこぼれた。
「はぁ……」
運転席から、ため息が聞こえた。
有凪とは反対に、坂井のテンションは低い。
実は、坂井が撮影したデート写真を投稿する前に、ファンの子たちがSNSで写真を投稿したのだ。彼女たちのスマートフォンで、有凪と風斗はしっかり撮られていたらしい。
映えスポットと名高いパークの入口で、待ち合わせをしているところ。
有凪が背伸びをしながら、風斗の頭を撫でているところ。
アトラクションの列に並びながら、風斗にバックハグされている有凪。
風斗の広い背中に抱き着いている有凪。
手をつないでいる二人。まるで、逃避行しているみたいな有凪と風斗。ドラマのワンシーンみたいだと話題になったのだ。
一気に拡散され、話題になった。
坂井が撮影した写真を投稿するまでもなかった。
「良い写真、撮れたんだけどね……」
がっくりと肩を落としている。
「今からでも投稿しようか? 坂井さんが撮ったやつ」
「二番煎じみたいでイヤなんだよ」
「ふうん」
彼なりにプライドがあるらしい。まるで、プロみたいだなぁと有凪は思った。
デート写真が拡散されたおかげで、有凪のフォロワー数は爆増した。ものすごい数になっている。こんなことは今までになかったので、単純に舞い上がっている有凪だった。
撮影の休憩中も、スマートフォンを肌身離さず持っていた。フォロワー数が増えていくのを眺めたり、SNSへのコメントを確認したりするためだ。
カメラマンの宮部に、少し嫌味を言われてしまった。「一気に知名度が上がったね。もう撮影には来てくれないかと思ったよ」と、どこか皮肉っぽい言い方だった。
有凪が知る宮部ではないような気がした。
今までは、どこかお調子者のような雰囲気があったのに。
スマートフォンを握りしめる有凪を見て、宮部の目つきが鋭くなった。「彼氏と連絡を取り合ってるの?」と、低い声で問われた。
宮部のいう「彼氏」は、風斗のことを指しているのだろう。
否定しようかと思ったけれど、BL営業に差しさわりがあるかもと思い、曖昧に濁した。それが気に入らなかったのか、宮部は舌打ちをしながら去っていった。
……イヤなこと、思い出したな。
有凪は、無意識にため息を吐いた。
イヤなことは、忘れるに限る。
有凪は小さく頭を振って、無理やり頭の中から宮部を追いやった。