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第19話 それって、受けの才能ですか……?

 自分の腕が、風斗の首に回されているのに気付いて、有凪は慌てて距離をとった。


「良いのが撮れたよ!」


 カメラマンに画像を見せられ、有凪は思わず顔を覆った。


 ……完全な乙女顔だ! 


 腰を抱かれている瞬間だった。戸惑いながらも頬を染めている(ように見える)。


「これとかも、良いよね」 


 鼻先が触れそうな至近距離の場面。涙の膜が瞳を覆っている。


 ……これは、BLの受けがよく見せる表情だ!


 とろん、とした顔で目の前の男を見つめているのだ。


「やっぱり、香椎くんは才能があるね」


 カメラマンに褒められた。あまりうれしくない。だって、明らかに風斗に負けていたし。


 思わず、「それは『受け』の才能ですか?」と問いたくなった。風斗もカメラマンに賛辞をもらっていた。悔しい気持ちはあるものの、悪い気はしない。


 撮影が終わり、有凪は風斗と一緒に車に乗り込んだ。


 運転席には、坂井がいる。


 嘉内は、担当している他のタレントの仕事に付き添っているのだ。だから今日は、臨時で坂井が風斗の送迎も担っているのだった。


「新境地だね~~! 大人っぽかったねーー!」


 満足そうに笑みを浮かべながら、坂井がハンドルを握る。


「……まぁね」


 まだ羞恥心から解放されていない有凪は、身を縮こまらせながら、静かにうなずいた。


 隣に座る風斗は、腕を組みながら目を閉じている。イヤホンで音楽を聴いているのだ。どこまでもマイペースで羨ましい。


「そういえば、香椎くんは『かざゆう』って知ってる?」


 信号で停車中、坂井が訊いてきた。


 まったく聞き覚えのないワードだ。


「なんですか、それ?」


「香椎くんと、風斗くんを表す言葉らしいよ」


「へぇ」


 なんでも「かざと」と「ゆうな」で「かざゆう」なんだとか。


「SNSに投稿するとき、ファンの子たちが使ってくれてるみたいだよ」


 いよいよ、カップルだと認識されてきたな……と手ごたえを感じる。


 信号が青になり、車が発進する。しばらく走行していたら、坂井のスマートフォンが震えた。


 安全な場所に一時停車して、坂井がコールに応答する。


「え、本当ですか。うーーん……」


 坂井が困惑している。なにやら、問題が発生したらしい。


「スケジュールの伝達ミスがあったみたいで……」


 いつも撮影しているメンズ雑誌で、追加のカットが必要になったのだとか。


 その連絡が坂井に届いていなかったようだ。


「社内で行き違いがあったみたいだね。完全に、こちら側のミスだ」


「それで、俺の撮影は何時からなの? 間に合う?」


 もしかして、約束の時間はとうに過ぎてしまっているとか……?


 有凪が冷や汗をかいていると、坂井が「飛ばしたら、ギリギリ間に合うくらいだよ」と言った。


「風斗くん、悪いんだけど。ここからタクシーで……」


 坂井が言い終わらないうちに、風斗が運転席に身を乗り出した。


「俺のことは、構わないで良いですから。すぐに向かいましょう」


 風斗は、いつの間にかイヤホンを外していた。「そこを右折したら、抜け道です」とか言って、坂井に指示まで出している。


「……嘉内さんが、抜け道のプロなんです」


 有凪の視線に気づいたのか、言い訳するみたいに風斗が言う。


「嘉内さん、運転うまいの?」


「ただのスピード狂ですよ」


「そ、そうなんだ……」


 ひとは見かけによらない。


「風斗くんがいてくれて良かったよ。なんとか間に合いそうだ」


 いつも安全運転の坂井が、今は強めにアクセルを踏み込んでいる。声には安堵が滲んでいるので、どうやら大丈夫らしい。


 有凪は、オフにしていた仕事のスイッチをオンに切り替えた。







 追加の撮影というのは、どうやら撮り直しのことだったらしい。ワンカットだけで、撮影自体はすぐに終わった。


 遅刻することなく、無事に撮影も終了して、有凪は安堵した。


「長時間、風斗を待たせることもなかったし。良かった……」


 結局、風斗は途中で下車することなく一緒に来た。坂井と一緒に、スタジオの端で撮影を見学していたのだ。


 衣装から私服に着替えていたら、顔見知りの女性スタイリストがやって来た。


「お疲れさまです……! 感激しましたーー!」


 やたらテンションが高い。


「なにか、あったの?」


「もう、香椎さんってば! とぼけないでくださいよ~~!」


 スタイリストはニマニマしている。


「やっぱり、デートだったんじゃないですか……!」


「あーー……」


 以前のやり取りを思い出して、有凪は苦笑いした。どうやら、彼女も例のデート写真を見たらしい。


「おまけに、彼氏同伴なんて……! マネージャーさんと一緒にいますよね? もしかして、事務所公認なんですか?」


 キャッキャッと、はしゃいでいる。


「い、いや、そういうことでは……」


 上手な言い訳が見つからず、有凪は焦った。


「ほんと、お似合いですよねーー!」


「はは……」


 苦笑いしつつ、なんとか有凪は着替えを終わらせた。「それじゃ、失礼します」と頭を下げて、彼女から逃げるように部屋を出た。  


 どうやら、自分はアドリブが苦手なようだと察する。


 ……雑誌の撮影は一緒にできても、同じ舞台に立つのはムリかな。 


 圧倒的に、有凪は舞台の仕事に向いていないと思う。残念だけれど。


 スタジオを抜けて、坂井と風斗のいるところへ向かっていたとき。


「有凪くん」


 ふいに、背後から呼び止められた。


「お疲れさま」


 振り返ると、宮部がいた。


「お、お疲れさまでした……」


 心臓が、イヤな跳ね方をした。宮部からは、明らかに不穏な雰囲気が漂っている。


 先刻の撮影の際は、いつも通りの彼だと思った。


 だから、安心していたのに。


 前を塞ぐように立たれて、どうしたものかと困っていると。 


「……今日、別の雑誌の撮影だったんでしょ?」


 不機嫌そうな顔の宮部が、有凪に問う。


「え……?」


 どうして、それを宮部が知っているのだろう。


「狭い世界だからね。噂が、すぐ回るんだよ」


「そ、そうなんですか……」


 別に、気まずい思いをすることはない。なにも悪いことはしていないのだ。


 有凪は、この雑誌の専属モデルではない。もちろん、毎号に出ていて、お世話にはなっているけれども……。 


「彼でしょ」


「な、なにがですか」


「藤間風斗。一緒に撮影したって聞いてるよ」


 そこまで、知られているのか。


「当てつけかな?」


「違います……!」


 有凪は、はっきりと否定した。


「今日は、彼のマネージャーが同行できなかったので。それで一緒に、ここに来ることになっただけです。わざと、撮影現場に連れて来たわけではありません」 


 現場スタッフはもちろん、撮影で顔を合わせるモデルたちとも、それなりに長い付き合いになっている。親しみを感じているし、敬意を持って接しているつもりだ。


 わざわざ別の撮影終わりに、風斗と一緒に乗り込んできたわけではない。そんなことをする意味がない。


「そっちじゃなくて。僕に見せつけるために、彼を連れて来たのかと思って」


「……そんなことは」 


 あるわけない。牽制することなんて、考えてもいなかった。


「なんだか、遠いところに行っちゃったみたいでさ。寂しいよ」


 戸惑う有凪を見下ろしながら、じりじりと距離を詰めてくる。


「本当に、今日は偶然なので……。それに、俺は別に今までと変わってませんし……」


 明らかに、宮部の様子がおかしい。


 数歩、有凪は後ずさった。背中に冷たい感触がある。壁際に追いやられたことに気づく。


 周囲には撮影機材があり、死角になっている。さっきまでスタッフがいたのに、今は見当たらない。


 ……どうしよう。


 これって、マズい状況なんだろうか。


「彼とお似合いだね」


 宮部が近づいてくる。逃げ場がない。


 おかしい。いつもの宮部じゃない。


 壁に押し付けられるみたいな、苦しい体勢になった。宮部の手が、自分に向かって伸びてくる。

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