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第26話 初めての配信!

 今日も有凪が作った夕食をふたりで食べた。


 以前は動画を見ながら、ひとりさみしくごはんを食べていた。今は、毎日が遠足のような気分だ。


 鼻歌まじりで食器を洗っていたら、風斗がスマートフォンを向けてきた。


「カメラ?」


「うん」


 パシャパシャと撮られたので、笑顔でポーズを決める。


「自然なほうが良いです」


「……なんだよ」


 せっかくキメ顔をつくったのに。


「加工アプリ使えよな」


 少しでも美しくありたい。


「もとから加工済みっぽいじゃないですか、有凪さんは。ぜんぜん加工なしでも平気ですよ」


 風斗と過ごす時間が好きだ。楽しい。居心地が良い。


 有凪は、学生時代から友だちがいなかった。なので、風斗が初めての友人なのだ。風斗がどう思っているかは知らないけど、有凪は勝手に「友だち認定」している。


 風斗が、パシャパシャと撮影を続ける。


 彼は最近、BL営業に協力的だ。


 こんな風に撮った写真を自分のSNSに投稿している。コメントはひと言だけど。


 たぶん、今撮っているのは「食器洗い中」という一文で片付けられると思う。


 これまでに「料理中」「歯磨き中」「二度寝中」というコメントを添えて画像が投稿された。「二度寝中」というのは、けっこう反応が大きかった。


『え、一緒に寝てるの???』


『まさか一緒に住んでるんじゃないよね』


『同棲中なの?』


『麗しい寝顔ありがとうございます!』


 戸惑いと興奮のメッセージが、風斗のSNSはもちろん、有凪のほうにも届いた。


 一昨日は風斗が「スキンケア中」という投稿をした。


 風呂上がりにスキンケアをするのが有凪の日課なのだ。美容液を顔面に塗布しているところを撮影された。


 ちょっとだけ、コメント欄が荒れた。


『え、有凪くんメイク落とさないでスキンケアしてるの?』


『メイクしてるように見えるけど、素顔だと思う』


『いや、どう見てもメイクしてるだろ』


『すっぴんだよ。いつもよりちょっと幼い感じだもん』


『これですっぴんとかあり得ない。完成形じゃん』


 メイクしている派とすっぴん派による争いが勃発していたのだ。


 ちなみに、有凪は撮影以外でメイクはしない。日焼け止めは塗るけど。


 風斗のSNSが炎上するのは申し訳ないので、釈明することにした。ライブ配信することにしたのだ。


 タイトルは『【メイクしてない証明】メイク落としシートで実験【すっぴんです】』という、あからさまなもの。ちょっとやり過ぎかなと思ったけれど、分かりやすいのが一番だ。


 それに、話題になるならそれも良い。そのためにBL営業をやっているのだから。もちろん事務所にはOKをもらっている。


 なにをするのかというと、タイトル通りだ。メイク落としシートで顔を拭いて、ファンデーション等がシートに付着していないことを証明する。


 ライブ配信をするのは初めてだったので、開始の際はグダグダになった。「映ってる?」「始まってるのかな」と不安そうな有凪の顔が、全世界に配信された。「大丈夫」「始まってますよ」と答える風斗の声が入ったので、一気に配信が盛り上がった。


『え、風斗もいるの?』


『見えないけど、いるっぽいよ』


『やっぱり一緒に住んでるんじゃないの?』


 ものすごいスピードでコメントが流れていく。


 有凪は緊張しながら、愛用しているヘアバンドを装着した。洗顔とスキンケアの際に使っているものだ。


「え、えっと……、こんばんは」


 カメラに向かって、にへら、とぎこちなく笑う。


「配信に慣れてなくて……。えっと、は、はじめますね……」


 たどたどしく進行していく。


 一応は芸能人なのに、信じられないほどのグダグダ感だなと自分でも思う。


「まずは、メイク落としシートを……取り出して。うん、取り出し……、あれ、取り出せないな。なんで、なんで……? あ、これ透明のフィルムがあるのか」


 メイクをしないので、メイクシートなるものを初めて購入した。新品ゆえ、透明のフィルムできっちりと守られている。


 フィルムを剥がそうとしたのだが、うまくいかない。必死に格闘していたら、横から手が伸びてきた。風斗がパワーを発揮して一瞬でフィルムを破る。


 ちらりとスマートフォンの画面を見たら、コメントが盛り上がっていた。


『風斗の腕きたーーー!』


『パワーが過ぎる』


『腕の筋肉が格好よかった……!』


『一瞬で開けたね』


『というか、有凪くんってポンコツ?』


『天然で可愛い』


 褒められているのか、貶されているのか……。よく分からない。


 風斗の腕には、たしかに筋肉がついている。格好いいかは分からないけれども。


「えっと、シートを一枚取って……。あ、けっこう汁が垂れますね。うん、すごい汁が多いです。見えますか? ほら、ポタポタ落ちてます」


 シートをスマートフォンに近づけた。視聴者に分かりやすく説明したかったのだ。


 しかし、結果的に「香椎有凪天然説」を強調することになってしまった。


『え、汁?』


『待って今、汁って言った??』


『有凪くんってマジで天然じゃん』


『ばか過ぎて可愛い』 


 コメントが盛り上がっていることに気づかず、有凪はシートで顔面をごしごし拭いた。


 しっかり拭かないと、釈明配信にはならないと思ったのだ。目を瞑って、力いっぱい拭く。


「なんかこれ、ベタベタしますね。汁が顔にいっぱいついて……。今すぐにでも水で顔を洗いたいです」


 正直にレビューしただけなのにに、隣にいた風斗がなぜかふき出した。


「有凪さん、それは汁じゃないと思いますよ」


「へ? なに? 汁? 俺、汁って言った?」


 顔をテカテカにしながら、有凪は風斗に問う。


 風斗が爆笑しながら、コメント欄を指さす。驚くほどに盛況だった。


『いや、拭き方……!』


『ほんとやめてーーー! 笑い止まらん』


『そんな風に、ごしごし使うもんじゃないんだが』


『待って、拭いてるときの顔!!!』


『拭いてるときの顔が愛おし過ぎる』


『笑いすぎてお腹いたいーー!』


 コメントを読みながら、有凪は首をひねった。


 風斗といい、視聴者といい、なにをそんなに笑うことがあるのだ。


 有凪は憮然としながら、メイク落としシートを広げた。力いっぱい拭いたので、シートがぐしゃぐしゃなのだ。 


「ほら、見てください! シートはまったく汚れてません! メイクはしてないんです……!」


 自信満々に、じゃーーんと見せたのだけど、反応はイマイチだった。


 そんなことよりも、コメント欄では有凪による「メイク落としシートの使い方が下手すぎる問題」で盛り上がっていた。


 あまりにも下手なので、有凪が普段からすっぴんであることは早々にジャッジされていたらしい。いくら拭いても顔面の美しさは損なわれないので、その時点で「ノーメイク」判定されたというのだ。


 複雑な心境だ。風斗のSNSが炎上しないように、という当初の目的は果たされたと思う。そういう意味では釈明配信は成功した。


「でも、思ったのと違う……」


 王子様キャラで地位を築いた有凪なので、笑われることに慣れていないのだ。


 笑わせようとしたわけでもないので、困惑するばかりだった。テカテカな顔のまま、有凪は途方に暮れたのだった。

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