テカテカな顔をさっぱりさせたくて、洗面所で顔を洗う。冷たい水が気持ち良い。
「あーー、さっぱりした……」
タオルで顔を拭きながら、大きくため息を吐く。
「疲れた」
慣れないことはするものではない。
今さらだが、自分はカメラの前でしゃべることに慣れていない。モデルの仕事に話術は不要だ。ごくまれに、ドラマの仕事が舞い込んでくるけれども、それだって決められたセリフを言うだけだ。
「事務所的にOKなら、これからもたまに配信したらどうですか」
風斗がスマートフォンを眺めながら、予想外なことを言う。
「……俺のグダグダな進行、見てただろ。どう考えても不向きだよ」
思い出すだけで落ち込む。
「好意的なコメントも多いですよ。また配信して欲しいとか、使ってるスキンケア用品を知りたいとか」
「そ、そうなの……?」
「有凪さんが美肌だから、参考にしたいそうです」
「ふうん……」
褒められると、悪い気はしない。
それにしても疲れた。あまりにも疲労を感じたので、ベッドにダイブした。
「もう寝るんですか」
「……まだ。ごろごろしてるだけ」
有凪のテンションが低いことを察したのか、風斗がコメント読みを始めた。もちろん、有凪の気分が浮上するようなコメントのみ。
風斗の声を聞きながら「なんか、これ良いな」と思った。
上手くいかないことがあって落ち込んでも、孤独じゃない。
「俺、自分で思ってるよりも寂しがり屋だったのかも……」
ぼんやりと天井を眺めながら、有凪はつぶやいた。
風斗が、ボスッとベッドに腰を下ろす。
「……有凪さん」
「うん?」
「俺が、ここにいても良いんですか?」
……風斗がいてくれるから、良いんだけど。
とは言えず、「なんで?」と問い返した。
「俺がいたら恋人を呼べないじゃないですか」
「え?」
恋人……?
「寂しがり屋なんだったら、会いたいでしょ」
風斗に見下ろされる。天井と一緒に、風斗の顔が見る。
「それとも、外で会ってるんですか?」
風斗の表情は、読めない。
無表情に近い。ちょっと、怒ってるような気がしないでもない。
「それにしても、有凪さんの恋人って寛大ですよね。理解があるというか。いくら仕事のためとはいえ、俺だったら相手がBL営業するのはイヤかもです。ドラマとは違うというか。ガチな感じが出るじゃないですか? SNSで他の人間といちゃつくのとか、けっこうきついと思うんですよね」
目をパチパチさせながら、有凪は風斗の持論を聞いた。
なんといっても、普段は無口な風斗だ。こんなに話をしてくれるのはめずらしい。
「同じ業界の人間だから、理解があるんですか?」
どうやら風斗の中で、有凪には恋人がいることになっているらしい。
なぜそんな勘違いをしたのか。
「えっと……。恋人なんて、いないんだけど」
恥ずかしながら、恋人いない歴イコール年齢だ。
「いや、いるでしょ」
断言された。なぜだ。
ベッドから起き上がり、「いないよ」と語気を強める。
「なんで、風斗は俺に恋人がいるって思うの?」
「……レッスン室」
「え?」
「いつだったか、レッスン室で電話しながら泣いてたことあったじゃないですか」
風斗に言われて、記憶を遡った。
電話というワードで思い出した。
「……うん」
まだ、正式にBL営業をする前のこと。風斗との仲も険悪で、不安になって母親に弱音を吐いた。
「恋人と話してたでしょ」
「違うけど」
「声、漏れ聞こえてたんですよ」
そ、そうなのか……?
「女性の声でしたよね」
「は、母親だから……」
かなり気まずいけれど、誤解されるのはイヤなので正直に言う。
しばらく無言になったあと、風斗が口を開いた。
「……マザコンですか?」
予想通りすぎる反応だ。
「違う……。と思うけど、別にもうマザコンでも良い」
だって正真正銘、仲が良いから。
「友だちいないから、俺……。悩みを聞いてもらったり、相談したり、そういう相手がいない。だから、つい母親に電話しちゃうんだよ」
母親のほうは、どちらかというとドライだ。一人息子である有凪を溺愛するわけでもなく、いつもあっさりした反応しか得られない。だからこそ、話し相手に選んでしまうのかも。
「友だちを作るのも難しかったのに、恋人とかハードルが高すぎるよ……」
ポロリと言葉が漏れた。自分がなにを言ったのか、よく分かっていなかった。
すごい顔をしている風斗を見て、やっと気づいた。
「わわわ、わーーー! 今のなし! なにも聞かなかったことにして……!」
ジタバタと暴れる有凪を見ながら、風斗が呆然としている。
「え、マジですか」
「なにも言うな!」
「一度も付き合ったことないんですか」
「だ、だから、なにも言うなーーー!」
すぐそばにあった枕で、バシバシと風斗を叩く。顔が赤いことは自覚している。泣きたい。恥ずかしい。風斗にバレてしまった。
半泣きで暴れる有凪を風斗が宥める。
「べ、別に普通じゃないですか……?」
そんなわけないだろ。
「ぜんぜん大丈夫です。これからですよ」
「どうせ、風斗はいるんだろ」
「今はいないですよ」
く、悔しい……!
残念ながら、ずっといないのだ。有凪の場合は。
「俺だって『今は』とか言ってみたい~~~!」
枕を抱きながら、涙に暮れた。有凪の嘆きが、部屋中に響いたのだった。