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第27話 風斗にバレる

 テカテカな顔をさっぱりさせたくて、洗面所で顔を洗う。冷たい水が気持ち良い。


「あーー、さっぱりした……」


 タオルで顔を拭きながら、大きくため息を吐く。


「疲れた」


 慣れないことはするものではない。


 今さらだが、自分はカメラの前でしゃべることに慣れていない。モデルの仕事に話術は不要だ。ごくまれに、ドラマの仕事が舞い込んでくるけれども、それだって決められたセリフを言うだけだ。


「事務所的にOKなら、これからもたまに配信したらどうですか」


 風斗がスマートフォンを眺めながら、予想外なことを言う。


「……俺のグダグダな進行、見てただろ。どう考えても不向きだよ」


 思い出すだけで落ち込む。


「好意的なコメントも多いですよ。また配信して欲しいとか、使ってるスキンケア用品を知りたいとか」 


「そ、そうなの……?」


「有凪さんが美肌だから、参考にしたいそうです」


「ふうん……」


 褒められると、悪い気はしない。


 それにしても疲れた。あまりにも疲労を感じたので、ベッドにダイブした。


「もう寝るんですか」


「……まだ。ごろごろしてるだけ」


 有凪のテンションが低いことを察したのか、風斗がコメント読みを始めた。もちろん、有凪の気分が浮上するようなコメントのみ。


 風斗の声を聞きながら「なんか、これ良いな」と思った。


 上手くいかないことがあって落ち込んでも、孤独じゃない。


「俺、自分で思ってるよりも寂しがり屋だったのかも……」


 ぼんやりと天井を眺めながら、有凪はつぶやいた。


 風斗が、ボスッとベッドに腰を下ろす。


「……有凪さん」


「うん?」


「俺が、ここにいても良いんですか?」 


 ……風斗がいてくれるから、良いんだけど。


 とは言えず、「なんで?」と問い返した。


「俺がいたら恋人を呼べないじゃないですか」


「え?」


 恋人……? 


「寂しがり屋なんだったら、会いたいでしょ」


 風斗に見下ろされる。天井と一緒に、風斗の顔が見る。


「それとも、外で会ってるんですか?」


 風斗の表情は、読めない。


 無表情に近い。ちょっと、怒ってるような気がしないでもない。


「それにしても、有凪さんの恋人って寛大ですよね。理解があるというか。いくら仕事のためとはいえ、俺だったら相手がBL営業するのはイヤかもです。ドラマとは違うというか。ガチな感じが出るじゃないですか? SNSで他の人間といちゃつくのとか、けっこうきついと思うんですよね」


 目をパチパチさせながら、有凪は風斗の持論を聞いた。


 なんといっても、普段は無口な風斗だ。こんなに話をしてくれるのはめずらしい。


「同じ業界の人間だから、理解があるんですか?」


 どうやら風斗の中で、有凪には恋人がいることになっているらしい。


 なぜそんな勘違いをしたのか。


「えっと……。恋人なんて、いないんだけど」


 恥ずかしながら、恋人いない歴イコール年齢だ。


「いや、いるでしょ」


 断言された。なぜだ。


 ベッドから起き上がり、「いないよ」と語気を強める。


「なんで、風斗は俺に恋人がいるって思うの?」


「……レッスン室」


「え?」


「いつだったか、レッスン室で電話しながら泣いてたことあったじゃないですか」


 風斗に言われて、記憶を遡った。


 電話というワードで思い出した。


「……うん」


 まだ、正式にBL営業をする前のこと。風斗との仲も険悪で、不安になって母親に弱音を吐いた。


「恋人と話してたでしょ」


「違うけど」


「声、漏れ聞こえてたんですよ」


 そ、そうなのか……?


「女性の声でしたよね」


「は、母親だから……」


 かなり気まずいけれど、誤解されるのはイヤなので正直に言う。


 しばらく無言になったあと、風斗が口を開いた。


「……マザコンですか?」


 予想通りすぎる反応だ。


「違う……。と思うけど、別にもうマザコンでも良い」 


 だって正真正銘、仲が良いから。


「友だちいないから、俺……。悩みを聞いてもらったり、相談したり、そういう相手がいない。だから、つい母親に電話しちゃうんだよ」


 母親のほうは、どちらかというとドライだ。一人息子である有凪を溺愛するわけでもなく、いつもあっさりした反応しか得られない。だからこそ、話し相手に選んでしまうのかも。


「友だちを作るのも難しかったのに、恋人とかハードルが高すぎるよ……」


 ポロリと言葉が漏れた。自分がなにを言ったのか、よく分かっていなかった。


 すごい顔をしている風斗を見て、やっと気づいた。


「わわわ、わーーー! 今のなし! なにも聞かなかったことにして……!」


 ジタバタと暴れる有凪を見ながら、風斗が呆然としている。


「え、マジですか」


「なにも言うな!」


「一度も付き合ったことないんですか」


「だ、だから、なにも言うなーーー!」


 すぐそばにあった枕で、バシバシと風斗を叩く。顔が赤いことは自覚している。泣きたい。恥ずかしい。風斗にバレてしまった。


 半泣きで暴れる有凪を風斗が宥める。


「べ、別に普通じゃないですか……?」


 そんなわけないだろ。


「ぜんぜん大丈夫です。これからですよ」


「どうせ、風斗はいるんだろ」


「今はいないですよ」


 く、悔しい……!


 残念ながら、ずっといないのだ。有凪の場合は。


「俺だって『今は』とか言ってみたい~~~!」


 枕を抱きながら、涙に暮れた。有凪の嘆きが、部屋中に響いたのだった。

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