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第28話 それぞれのこと

 知られたくないことを色々と風斗に知られてしまった。


 恥ずかしさに耐えられなくなり、買い置きしていたアルコールに手を伸ばす。レモンサワーをぐびぐび飲んで喉をうるおす。


「母親と仲が良いのは、羨ましいですけどね」


「俺のこと、マザコンって言ったくせに」


「……それは、すみません」


 苦笑いしながら、風斗が詫びる。


「俺は、あんまり親っていう感覚が分からないんですよね。物心ついた頃、母親はもう女優を引退してたんですけど……。あんまり面倒を見てもらった記憶がないんです。自宅にいるより外で人と会うことが好きだったみたいで。父親は仕事で家に帰らないことが多かったですし。というか、別宅があったんですよね」


 大御所俳優なので、あちこちに別荘があるのだろう。


「良いな~~、別荘! いかにも芸能人って感じだよな」


 呑気に笑う有凪を見て、風斗が首を振る。


「たしかに別荘は持ってますけど。そうじゃなくて、愛人宅に入り浸ってるんです」


「えぇ……、そうなの?」


 違う意味で、芸能人という感じだ。


「だから、家族仲が良い有凪さんが羨ましいですよ」


 寂しそうに風斗が笑う。


 有凪は、なんと言えば良いのか分からなかった。


「……でも、本当に意外ですよね」


「なにが」


 ちらりと風斗を見る。目が合った。


「有凪さんに今まで恋人がいなかったことですよ。もしかして、性悪とか……じゃないですもんね。むしろピュア過ぎるというか。ほんとうに、なんで出来なかったんでしょうね」


 まじまじと風斗が有凪を見る。


「……理由は分かってるよ。俺って陰キャだから。本来は芸能界に向かない性格なんだ」


「説得力がないんですけど。少なくとも、学生時代はモテたでしょ」


「モテなかった。というか、友だちさえいなかった」


 地元にいるときは、周囲からちょっと距離を置かれていた。


「いじめられてたんですか?」


「そうじゃないけど……」


 ぐび、とレモンサワーを飲んでから、サイドテーブルに缶を置いた。 


 アルコールに弱い性質なので、顔が赤くなっているのが分かる。ぼんやりした頭で、故郷の風景を思い出した。少しだけ、胸がチリッと痛む。


「……うち、母子家庭だったんだけど」


「はい」


「地元がさ、すごい田舎で。保守的だったんだよ。母親は、隣町にあるスナックに勤めてて……。水商売ってだけで、白い目で見られるんだ。いつも彼氏がいて、けっこうな頻度で男が変わっていくの。そういうの、恥ずかしいことって考えるひとが多かった」


「なにも悪いことしてませんよね。ちゃんと働いて有凪さんを育ててるんだから、むしろ立派じゃないですか。男が変わるのは、それだけ魅力的だっていう証だと思うんですが」


 心底、意味不明だという顔をしている。


 風斗には、分からない感覚なのだろう。東京のひとだなと思う。田舎には色々あるのだ。


「そうなんだけど……」


 レモンサワーを手に取り、一口だけ飲む。レモンの爽やかさよりも苦みを感じた。


「大人には遠巻きにされてたと思う。皆、よそよそしかったし……。そういうのって子どもにも伝わるじゃん? だから、友だちが出来なかったんだよね。俺としゃべってくれる子がいなかったから、陰キャにならざるを得なかったというか」


 話しながら、情けなくなってきた。


 自分から、話しかければ良かったのかもしれない。そうすれば受け入れてもらえたのかも。でも、自分はそうしなかった。


「田舎って、つまんねぇ……」


 ちょっとイライラした様子で、風斗がつぶやく。


「うん、俺もそう思う」


 でも、それが有凪の世界だった。


「……あの頃の自分のこと、好きじゃないから。自分を変えたくて、俺は今頑張ってるんだ」 


 有凪はそう言って、レモンサワーを飲み干した。


 完全に酔いがまわったので、ベッドに倒れ込む。


 ぼんやりしていたら、掛布団をかけられた。


「……風斗は寝ないの?」


 声がかすれている。


 そういえば、今日は喉をかなり酷使した。配信をして、終わったあと風斗とたくさん話をした。


「寝ますよ。明日、早いんで」


 舞台の稽古があるそうだ。


 有凪は、ぐるりと回転してベッドの端へ移動した。


 いつの間にか、壁側が有凪の定位置になっていた。壁と風斗に挟まれることで、ベッドから落下する心配もないので有凪としてはありがたい。


 風斗がベッドに入って来た。


 部屋の明かりが消える。他人のぬくもりをすぐ近くに感じる。


「……風斗は、学生時代どんな感じだった?」


「普通でした」


「そんなわけないだろ?」


 至近距離にいるので、ひそひそ話をするみたいなトーンで会話した。


「似たような境遇の人間が多かったので」


 芸能人や有名人の子息が多く通っていたらしい。


「嫌味な学校だな」


「たしかに」


 風斗が、くすりと笑った気配を感じた。


「楽しかった?」


「まぁまぁです」


「ふうん」


「いいな」


 きっと、友人たちと放課後に遊んだり、デートしたり。有凪が想像もできないような青春を送ったに違いない。シンプルに羨ましい。


「今からでも遅くないですよ。どんなことしたいんですか?」


「……友だちと、わちゃわちゃしたり? 遊びにいったり?」


「なんで疑問形?」


 また、風斗がくすりと笑った。耳元で風斗の吐息を感じる。


「だって、想像がつかないんだよ」


「具体的に、どこに遊びに行きたいんです?」


「クレープが食べたい」


 気づいたら、ぽろりと口からこぼれていた。


「そういえば、前にも言ってましたね。たしか、夜景がなんとか……」


 事務所で、BL営業のデートプランについて話し合っていた。残念ながら有凪の案は却下された。


「そうだよ!」


「付き合いますよ」


「え……?」


 反射的に、風斗のほうに体を向けた。


 薄闇の中で、すぐそばにいる風斗と目が合う。


「最近、有凪さんの世話になりっぱなしなので」


「う、うん」


「その御礼です」


 ……本当に? 一緒に行ってくれるの?


「クレープは、おしゃれで映えるところに行きたい。それで、お店でおしゃべりとかして。そのあとは、映画をみたい。青春って感じの恋愛モノが良いな……」


 つらつらと希望を言ってみる。


 風斗は甘いものが好きじゃない。恋愛映画よりもアクション映画のほうが好みだ。でも、付き合ってくれるという。


「本当にいいの?」


「もちろん」


 ゆっくりとまばたきしながら、風斗がうなずく。


 胸の奥が、ぎゅうっとした。心がじんわりと満たされていくような気がする。


 うれしくなって、有凪は思わず風斗に抱き着きたくなった。

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