知られたくないことを色々と風斗に知られてしまった。
恥ずかしさに耐えられなくなり、買い置きしていたアルコールに手を伸ばす。レモンサワーをぐびぐび飲んで喉をうるおす。
「母親と仲が良いのは、羨ましいですけどね」
「俺のこと、マザコンって言ったくせに」
「……それは、すみません」
苦笑いしながら、風斗が詫びる。
「俺は、あんまり親っていう感覚が分からないんですよね。物心ついた頃、母親はもう女優を引退してたんですけど……。あんまり面倒を見てもらった記憶がないんです。自宅にいるより外で人と会うことが好きだったみたいで。父親は仕事で家に帰らないことが多かったですし。というか、別宅があったんですよね」
大御所俳優なので、あちこちに別荘があるのだろう。
「良いな~~、別荘! いかにも芸能人って感じだよな」
呑気に笑う有凪を見て、風斗が首を振る。
「たしかに別荘は持ってますけど。そうじゃなくて、愛人宅に入り浸ってるんです」
「えぇ……、そうなの?」
違う意味で、芸能人という感じだ。
「だから、家族仲が良い有凪さんが羨ましいですよ」
寂しそうに風斗が笑う。
有凪は、なんと言えば良いのか分からなかった。
「……でも、本当に意外ですよね」
「なにが」
ちらりと風斗を見る。目が合った。
「有凪さんに今まで恋人がいなかったことですよ。もしかして、性悪とか……じゃないですもんね。むしろピュア過ぎるというか。ほんとうに、なんで出来なかったんでしょうね」
まじまじと風斗が有凪を見る。
「……理由は分かってるよ。俺って陰キャだから。本来は芸能界に向かない性格なんだ」
「説得力がないんですけど。少なくとも、学生時代はモテたでしょ」
「モテなかった。というか、友だちさえいなかった」
地元にいるときは、周囲からちょっと距離を置かれていた。
「いじめられてたんですか?」
「そうじゃないけど……」
ぐび、とレモンサワーを飲んでから、サイドテーブルに缶を置いた。
アルコールに弱い性質なので、顔が赤くなっているのが分かる。ぼんやりした頭で、故郷の風景を思い出した。少しだけ、胸がチリッと痛む。
「……うち、母子家庭だったんだけど」
「はい」
「地元がさ、すごい田舎で。保守的だったんだよ。母親は、隣町にあるスナックに勤めてて……。水商売ってだけで、白い目で見られるんだ。いつも彼氏がいて、けっこうな頻度で男が変わっていくの。そういうの、恥ずかしいことって考えるひとが多かった」
「なにも悪いことしてませんよね。ちゃんと働いて有凪さんを育ててるんだから、むしろ立派じゃないですか。男が変わるのは、それだけ魅力的だっていう証だと思うんですが」
心底、意味不明だという顔をしている。
風斗には、分からない感覚なのだろう。東京のひとだなと思う。田舎には色々あるのだ。
「そうなんだけど……」
レモンサワーを手に取り、一口だけ飲む。レモンの爽やかさよりも苦みを感じた。
「大人には遠巻きにされてたと思う。皆、よそよそしかったし……。そういうのって子どもにも伝わるじゃん? だから、友だちが出来なかったんだよね。俺としゃべってくれる子がいなかったから、陰キャにならざるを得なかったというか」
話しながら、情けなくなってきた。
自分から、話しかければ良かったのかもしれない。そうすれば受け入れてもらえたのかも。でも、自分はそうしなかった。
「田舎って、つまんねぇ……」
ちょっとイライラした様子で、風斗がつぶやく。
「うん、俺もそう思う」
でも、それが有凪の世界だった。
「……あの頃の自分のこと、好きじゃないから。自分を変えたくて、俺は今頑張ってるんだ」
有凪はそう言って、レモンサワーを飲み干した。
完全に酔いがまわったので、ベッドに倒れ込む。
ぼんやりしていたら、掛布団をかけられた。
「……風斗は寝ないの?」
声がかすれている。
そういえば、今日は喉をかなり酷使した。配信をして、終わったあと風斗とたくさん話をした。
「寝ますよ。明日、早いんで」
舞台の稽古があるそうだ。
有凪は、ぐるりと回転してベッドの端へ移動した。
いつの間にか、壁側が有凪の定位置になっていた。壁と風斗に挟まれることで、ベッドから落下する心配もないので有凪としてはありがたい。
風斗がベッドに入って来た。
部屋の明かりが消える。他人のぬくもりをすぐ近くに感じる。
「……風斗は、学生時代どんな感じだった?」
「普通でした」
「そんなわけないだろ?」
至近距離にいるので、ひそひそ話をするみたいなトーンで会話した。
「似たような境遇の人間が多かったので」
芸能人や有名人の子息が多く通っていたらしい。
「嫌味な学校だな」
「たしかに」
風斗が、くすりと笑った気配を感じた。
「楽しかった?」
「まぁまぁです」
「ふうん」
「いいな」
きっと、友人たちと放課後に遊んだり、デートしたり。有凪が想像もできないような青春を送ったに違いない。シンプルに羨ましい。
「今からでも遅くないですよ。どんなことしたいんですか?」
「……友だちと、わちゃわちゃしたり? 遊びにいったり?」
「なんで疑問形?」
また、風斗がくすりと笑った。耳元で風斗の吐息を感じる。
「だって、想像がつかないんだよ」
「具体的に、どこに遊びに行きたいんです?」
「クレープが食べたい」
気づいたら、ぽろりと口からこぼれていた。
「そういえば、前にも言ってましたね。たしか、夜景がなんとか……」
事務所で、BL営業のデートプランについて話し合っていた。残念ながら有凪の案は却下された。
「そうだよ!」
「付き合いますよ」
「え……?」
反射的に、風斗のほうに体を向けた。
薄闇の中で、すぐそばにいる風斗と目が合う。
「最近、有凪さんの世話になりっぱなしなので」
「う、うん」
「その御礼です」
……本当に? 一緒に行ってくれるの?
「クレープは、おしゃれで映えるところに行きたい。それで、お店でおしゃべりとかして。そのあとは、映画をみたい。青春って感じの恋愛モノが良いな……」
つらつらと希望を言ってみる。
風斗は甘いものが好きじゃない。恋愛映画よりもアクション映画のほうが好みだ。でも、付き合ってくれるという。
「本当にいいの?」
「もちろん」
ゆっくりとまばたきしながら、風斗がうなずく。
胸の奥が、ぎゅうっとした。心がじんわりと満たされていくような気がする。
うれしくなって、有凪は思わず風斗に抱き着きたくなった。