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第29話 クレープ屋で映える

 風斗と出かけることは、マネージャーの坂井にも伝えた。


 バッチリ変装をしていくつもりだけど、見破られて騒ぎになる可能性もある。念のために報告をしたのだけど、坂井は「カメラマンの出番?」と言って目を輝かせた。


 そういえば、このひとはカメラが趣味だった。


 自分たちで撮るつもりなので不要だ。その旨を伝えたら、あからさまにがっかりされた。





 有凪の自宅。


 ルームミラーで念入りに自分たちの姿をチェックした。服装というよりは、完璧に変装できているかが焦点だ。


「前にさ、テーマパークに行ったときはバレちゃったじゃん? 今回も不安なんだよね……」


 帽子を目深に被り、有凪はなるべく大きなサングラスを選んだ。


「クレープ屋に映画館ですよね。たぶんバレますよ」


 黒い帽子、サングラス、黒いマスクという怪しさ満点な出で立ちの風斗が、不吉なことを言う。


「なんでだよ」


「どっちも学生がいるじゃないですか」


「うん」


「有凪さんのファン層ですよ」


 サングラスを少し下げて、風斗が有凪を見下ろす。


「風斗だって、同じだろ?」


「俺は、もう少し上だと思います」


「そうなの?」


 意外だった。


「もう少し上って、どれくらい?」


「……働くおねえさんとか」


「えぇーーー! なんで?」


「俺は舞台に出ることが多いので。チケット代とか、色々と金がかかるんですよ」


 そうだった。舞台観劇は、けっこう出費がかさむのだ。


「だから有凪さんは、ガッツリ変装しないとダメですよ」


 そう言って腕組みしながら、鏡の中の有凪を風斗は見分していた。





 風斗が指摘していた通り、クレープ屋には学生とおぼしき女子たちであふれていた。


「……すごい行列だね」


 列に並びながら、有凪は思わずつぶやいた。


 ちょっと場違いな気がする。前にも後ろにも、女子しかいない。男性二人組の自分たちは、かなり異質な存在だ。 


 数十分並んで、ようやく店内に入ることができた。


 店員に番号を伝えて注文するスタイルらしい。店内には写真付きで、びっしりとクレープの写真が貼ってある。


「……目がチカチカしますね」


 サングラスを少し下げながら、風斗が高速でまばたきをしている。


 それは、有凪も同意する。やたらファンシーな装飾があちこちに施されているのだ。


 そもそも店内がパステルカラーだし、おまけにハートの風船が浮いている。


「若い子は、こういうの平気なのかな?」


 有凪にとっては、完全に異空間だ。


「俺たち、明らかに浮いてるよね」


「そうですね」


 明らかに視線を感じる。ちらちらと見られているのが分かる。


「……バレないかな?」


 不安になってきた。


「時間の問題だと思います」


「え、そうなの?」


「だって、明らかに一般人じゃないですもん」


 すぐそばにいる風斗が、意味深な目で有凪を見ている。


「どういうこと?」


「立ち姿がプロです」


「あっ……!」


 やってしまった。気を抜いたら、すぐにモデル風な立ち方をしてしまうのだ。


 なるべく意識して、貧相に見えるようにしていたのに。


 クレープのことで頭がいっぱいで、すっかり意識から抜け落ちていた。


 ちょっとだけ、背中を丸めてみた。途端に、風斗がふき出した。


「もう遅いですよ」


「だ、だって……」


 今日はバレたくない。テイクアウトせずに、このまま店内でクレープを食べる予定なのだ。


「ゆっくりしたいし。おしゃべりとかして……」


 やりたくても出来なかったことする日なのだ、今日は。


 どうにかバレませんように……と祈っていたら、オーダーする順番が近づいていることに気づいた。


 メニューが豊富なので、選ぶのに時間がかかる。チョコバナナか、抹茶か、イチゴカスタードか。とりあえず、この三種類にしぼった。


 前の客がホイップクリームを追加しているのを見て、イチゴカスタードに決めた。


「俺も、ホイップを追加してもらおう……!」


 イチゴとカスタードとホイップ……。想像するだけで天国だった。


「めずらしいですね」


 風斗がちょっと驚いている。


「なんで」


「いつもボディラインを気にしてるじゃないですか」


「今日はいいの……!」


 意気込む有凪を見て、風斗がふっと笑った。


 店員に番号を伝えてオーダーする。さらにホイップを「マシマシ」したい旨を伝えた。


 丸い鉄板で、店員が生地を焼き始める。専用の道具を使って平らにならし、薄くのばしていく。


 その様子をじいっと見ていたら、店員から「トッピングもありますよ」と言われた。


 マシュマロにチョコペンで目とくちばしを描いたもの。それを二つクレープの頂上にのせてもらえるそうなのだ。


 それぞれ「ピヨちゃん」と「ピヨくん」というらしい。その名前から察するに、マシュマロはヒヨコを模しているのだろう。


 どうやら女の子と男の子らしいのだが、はっきり言って見分けはつかない。ヒヨコかどうかも怪しいクオリティだ。


「お願いします……!」


 それなのに、気づいたらトッピングのオーダーをしていた。


 決してクオリティは高くない。でも、それが逆に可愛いというか。なんともいえないキュートさを感じた。


 生地が焼き上がり、店員がカスタードとたっぷりのイチゴを配置する。それからホイップをもりもりと絞った。慣れた手つきでパタパタと生地を折り、途中からくるくるっと巻いた。持ちやすいように紙で包み、最後にトッピングのヒヨコをのせたら出来上がり。


「可愛いーーー!」


 感激しながら、有凪はクレープを受け取った。


「どうも」


 飛び跳ねたいくらいに気分が高揚している有凪とは違い、いつも通りのテンションで風斗がアイスコーヒーを受け取っている。 


 飲み物だけで良いらしい。風斗は甘いものが好きではない。かなりの辛党なのだ。


 彼が部屋に入り浸るようになってから、知ったことだった。有凪が口にできないほどの激辛料理でも、風斗は平然と食べている。 


「なんか、悪いなーー! 甘いもの好きじゃないのに、付き合ってもらって」


 席についてから、風斗に詫びた。


「別にいいですよ」


 ストローに口をつけながら、風斗が微笑む。


 笑顔にドキン、とした。


 一瞬、息ができなかった。かたまっている有凪の背後から、ひそひそと声が聞こえる。


「クレープ屋さんでノリノリな彼女と、付き添いで来ましたって感じの彼氏みたい……」


「萌え……! 彼氏が優しすぎて……!」


「マジのカップルに見えるよね!」


 どうやら、三人組の女子たちに噂されているらしい。


「……優しい彼氏だって」


 風斗に目配せした。


「有凪さんは、ノリノリな彼女らしいですよ」


 足を組み替えながら、風斗が目を細める。


 いちいち仕草が様になっている。目が離せないのが悔しい。


「あ、そうだ。写真を撮らないと……」


 坂井とも約束した。


 SNSにも投稿しないといけない。せっかく風斗とクレープ屋に来たのだ。こんなチャンスはない。


 そう思って、スマートフォンを取り出そうとしたとき。よく分からない、もやもやとした気分になった。


 SNSに投稿するのは、BL営業のため。


 自分たちを知ってもらうため。


 そう思えば思うほど、胸の中に不快なものが広がっていった。


 うまく説明できない感情だった。


 たぶん、初めて芽生えた気持ち。


 戸惑いながら撮影した。片手でクレープを持っているので、思うように操作できない。それを察したのか、風斗が撮ってくれた。


「有凪さん笑って」


 そう言って、風斗がスマートフォンのカメラを向ける。


 カメラの前で笑うのは得意なはずなのに、できなかった。きれいに笑いたいのに、ちっとも上手くできなかった。

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