風斗と出かけることは、マネージャーの坂井にも伝えた。
バッチリ変装をしていくつもりだけど、見破られて騒ぎになる可能性もある。念のために報告をしたのだけど、坂井は「カメラマンの出番?」と言って目を輝かせた。
そういえば、このひとはカメラが趣味だった。
自分たちで撮るつもりなので不要だ。その旨を伝えたら、あからさまにがっかりされた。
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有凪の自宅。
ルームミラーで念入りに自分たちの姿をチェックした。服装というよりは、完璧に変装できているかが焦点だ。
「前にさ、テーマパークに行ったときはバレちゃったじゃん? 今回も不安なんだよね……」
帽子を目深に被り、有凪はなるべく大きなサングラスを選んだ。
「クレープ屋に映画館ですよね。たぶんバレますよ」
黒い帽子、サングラス、黒いマスクという怪しさ満点な出で立ちの風斗が、不吉なことを言う。
「なんでだよ」
「どっちも学生がいるじゃないですか」
「うん」
「有凪さんのファン層ですよ」
サングラスを少し下げて、風斗が有凪を見下ろす。
「風斗だって、同じだろ?」
「俺は、もう少し上だと思います」
「そうなの?」
意外だった。
「もう少し上って、どれくらい?」
「……働くおねえさんとか」
「えぇーーー! なんで?」
「俺は舞台に出ることが多いので。チケット代とか、色々と金がかかるんですよ」
そうだった。舞台観劇は、けっこう出費がかさむのだ。
「だから有凪さんは、ガッツリ変装しないとダメですよ」
そう言って腕組みしながら、鏡の中の有凪を風斗は見分していた。
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風斗が指摘していた通り、クレープ屋には学生とおぼしき女子たちであふれていた。
「……すごい行列だね」
列に並びながら、有凪は思わずつぶやいた。
ちょっと場違いな気がする。前にも後ろにも、女子しかいない。男性二人組の自分たちは、かなり異質な存在だ。
数十分並んで、ようやく店内に入ることができた。
店員に番号を伝えて注文するスタイルらしい。店内には写真付きで、びっしりとクレープの写真が貼ってある。
「……目がチカチカしますね」
サングラスを少し下げながら、風斗が高速でまばたきをしている。
それは、有凪も同意する。やたらファンシーな装飾があちこちに施されているのだ。
そもそも店内がパステルカラーだし、おまけにハートの風船が浮いている。
「若い子は、こういうの平気なのかな?」
有凪にとっては、完全に異空間だ。
「俺たち、明らかに浮いてるよね」
「そうですね」
明らかに視線を感じる。ちらちらと見られているのが分かる。
「……バレないかな?」
不安になってきた。
「時間の問題だと思います」
「え、そうなの?」
「だって、明らかに一般人じゃないですもん」
すぐそばにいる風斗が、意味深な目で有凪を見ている。
「どういうこと?」
「立ち姿がプロです」
「あっ……!」
やってしまった。気を抜いたら、すぐにモデル風な立ち方をしてしまうのだ。
なるべく意識して、貧相に見えるようにしていたのに。
クレープのことで頭がいっぱいで、すっかり意識から抜け落ちていた。
ちょっとだけ、背中を丸めてみた。途端に、風斗がふき出した。
「もう遅いですよ」
「だ、だって……」
今日はバレたくない。テイクアウトせずに、このまま店内でクレープを食べる予定なのだ。
「ゆっくりしたいし。おしゃべりとかして……」
やりたくても出来なかったことする日なのだ、今日は。
どうにかバレませんように……と祈っていたら、オーダーする順番が近づいていることに気づいた。
メニューが豊富なので、選ぶのに時間がかかる。チョコバナナか、抹茶か、イチゴカスタードか。とりあえず、この三種類にしぼった。
前の客がホイップクリームを追加しているのを見て、イチゴカスタードに決めた。
「俺も、ホイップを追加してもらおう……!」
イチゴとカスタードとホイップ……。想像するだけで天国だった。
「めずらしいですね」
風斗がちょっと驚いている。
「なんで」
「いつもボディラインを気にしてるじゃないですか」
「今日はいいの……!」
意気込む有凪を見て、風斗がふっと笑った。
店員に番号を伝えてオーダーする。さらにホイップを「マシマシ」したい旨を伝えた。
丸い鉄板で、店員が生地を焼き始める。専用の道具を使って平らにならし、薄くのばしていく。
その様子をじいっと見ていたら、店員から「トッピングもありますよ」と言われた。
マシュマロにチョコペンで目とくちばしを描いたもの。それを二つクレープの頂上にのせてもらえるそうなのだ。
それぞれ「ピヨちゃん」と「ピヨくん」というらしい。その名前から察するに、マシュマロはヒヨコを模しているのだろう。
どうやら女の子と男の子らしいのだが、はっきり言って見分けはつかない。ヒヨコかどうかも怪しいクオリティだ。
「お願いします……!」
それなのに、気づいたらトッピングのオーダーをしていた。
決してクオリティは高くない。でも、それが逆に可愛いというか。なんともいえないキュートさを感じた。
生地が焼き上がり、店員がカスタードとたっぷりのイチゴを配置する。それからホイップをもりもりと絞った。慣れた手つきでパタパタと生地を折り、途中からくるくるっと巻いた。持ちやすいように紙で包み、最後にトッピングのヒヨコをのせたら出来上がり。
「可愛いーーー!」
感激しながら、有凪はクレープを受け取った。
「どうも」
飛び跳ねたいくらいに気分が高揚している有凪とは違い、いつも通りのテンションで風斗がアイスコーヒーを受け取っている。
飲み物だけで良いらしい。風斗は甘いものが好きではない。かなりの辛党なのだ。
彼が部屋に入り浸るようになってから、知ったことだった。有凪が口にできないほどの激辛料理でも、風斗は平然と食べている。
「なんか、悪いなーー! 甘いもの好きじゃないのに、付き合ってもらって」
席についてから、風斗に詫びた。
「別にいいですよ」
ストローに口をつけながら、風斗が微笑む。
笑顔にドキン、とした。
一瞬、息ができなかった。かたまっている有凪の背後から、ひそひそと声が聞こえる。
「クレープ屋さんでノリノリな彼女と、付き添いで来ましたって感じの彼氏みたい……」
「萌え……! 彼氏が優しすぎて……!」
「マジのカップルに見えるよね!」
どうやら、三人組の女子たちに噂されているらしい。
「……優しい彼氏だって」
風斗に目配せした。
「有凪さんは、ノリノリな彼女らしいですよ」
足を組み替えながら、風斗が目を細める。
いちいち仕草が様になっている。目が離せないのが悔しい。
「あ、そうだ。写真を撮らないと……」
坂井とも約束した。
SNSにも投稿しないといけない。せっかく風斗とクレープ屋に来たのだ。こんなチャンスはない。
そう思って、スマートフォンを取り出そうとしたとき。よく分からない、もやもやとした気分になった。
SNSに投稿するのは、BL営業のため。
自分たちを知ってもらうため。
そう思えば思うほど、胸の中に不快なものが広がっていった。
うまく説明できない感情だった。
たぶん、初めて芽生えた気持ち。
戸惑いながら撮影した。片手でクレープを持っているので、思うように操作できない。それを察したのか、風斗が撮ってくれた。
「有凪さん笑って」
そう言って、風斗がスマートフォンのカメラを向ける。
カメラの前で笑うのは得意なはずなのに、できなかった。きれいに笑いたいのに、ちっとも上手くできなかった。