夜の町を風が抜ける。もうじき12月に入ろうかという寒い季節の冷たい夜風が、レイとその脇に抱えられている
街灯がポツポツと立ち並ぶ公園の外れ、
「ハァハァ……ここまでくれば大丈夫だね」
いくら毎日毎日部活動の練習として走り込み、スタミナと持久力を鍛えているバスケットボールのスポーツ選手であるレイといえども、少年一人を小脇に抱えて数百メートルというそれなりに長い距離を全力疾走する、というタスクは疑いようもなく重労働であった。
レイはすっかりと疲労困憊し、
「ハァハァ……疲れたぁ……」
少年のような外見と仕草のレイによって優しく地面に降ろされて、女の子らしい横座りをしていた少女のような外見の
「あ……あの、レイくん……? 何で
すると、レイが座ったまま隣にいる
「ハァハァ……機内モードだったらね……確かにメッセージは届かないし電話もかけられないんだけどね。位置共有機能でのGPSデータ取得は機内モードにしても切れないんだよ……だから、それをたどって探しに来たって訳……ハァハァ」
その呼吸をなんとかかんとか繋げながら発するレイの言葉に、ずっとスマートフォンでの機能に疎い大諦以外に友達がいなかったせいで、そのようなスマートフォンアプリのシステム上のルールに関して無知だった
――
「でもまあ、逆にそのことを
「……でも、流石に人ひとり抱えて全力で走って逃げるってのはキツかったかな……ハァハァ……ずいぶん前にミホシちゃんで似たようなことをした経験はあるけど、あっちは本物の女の子だったしなぁ……ハァハァ」
そのレイの出し抜けの言葉に、
「や……やっぱり、バレてたんだね……」
地面に座っていたままの
ポタリ ポタリ
涙の粒が、湿り気のある冷たい地面に一粒、また一粒と落ちていく。
ぽろぽろと涙が零れて、両頬をつたい、服の上に、スカートの上に、そして地面の上に落ちていく。
「う……う……ううう……
自己嫌悪にまみれてそんなことを言う
一週間前には、ミホシと呼ばれる少女がゲームセンターでの二人のデートに乱入してきた。その時に
ようやく呼吸が整ってきたレイは黙ってその涙を流す
「本当はね……映画を観る前にはもう気づいてたんだよ。
そう言ってレイは左の袖をまくり、自分の左手に着けている、その盤面が手首の内側に来るようにした腕時計の着け方を見せる。
そんなことを言われて、
そして、レイと始めた会ったあの学園祭に行く直前、車から降りる際に、母親が自分に言ってくれたことを思い出す。
――そういう細かいところから
だが次の瞬間にはすぐにレイに対する疑問が湧き、その大きな眼を見開きつつ涙声のまま尋ねる。
「じゃ、じゃあ……どうしてその時に言わなかったの……?」
「そりゃあ、友達だもの。いくら友達でも、いや友達だからこそ、知られたくないことを探るわけにはいかないだろ?」
そんな、外見どころか内面もまるで本物の美少年のようなレイの優しい言葉に、
こんなに自分のことを思ってくれている人を、自分はずっと騙していた。何度も本当のことを打ち明けるチャンスはあったのに、結局自分からは何も言えなかった。その思いが
そして黒髪ロングの頭頂部に紫色のヘアカチューシャをつけた
「
その姿は、まるで壊れそうなガラス細工のように儚く、夜の闇に溶けそうなほど弱々しかった。
そんな風に、座ったまま肩を震わせ、まるでこの世の終わりを嘆くかのように涙を一滴、また一滴と地面に落とす
そして、ゆっくりと
レイは、手を取って立ち上がらせた目の前の
「ねえ、知ってる? ここのお堂の話?」
「え……?」
手を引っ張られて立ち上がり、きょとんとした
「この、井之頭公園のお堂はね、弁財天って言う七福神の女神さまが祭られているんだ。それで、弁財天様は嫉妬深い神様なんで、男女のカップルでお参りをすると、その男女は別れてしまうっていう都市伝説があるんだ」
そこまで言ったところで、レイはかつて学園祭でそうしたように、
そして、二人の目の前にある、夜なので入り口の金属柵は閉まっているが、その神秘的な姿で闇に包まれた公園の静寂さの中に鎮座している弁天堂に、真剣な顔で視線を送りつつ口を開く。
「だからボクと
そして、レイが再び
「――そして、もう一度改めて友達になろっか」
その言葉により、
そして、その小さな口から小鳥が鳴くかのように囁く。
「……レイくん、
すると、レイがすぐ近くにいる
「キミに言っておくけど、その三回の倍以上の七回どころか、その七回の七十倍以上でもボクはキミのことを上限なく赦すよ。気にしないで。最初はボクはキミのことを女の子だと思って、キミはボクのことを男の子だと思って、お互いに同性だと思って友達になろうとしたんだから、その気持ちは大事にしようよ」
そのレイの言葉に、
「う……うん。ありがとう、レイくん」
そして、左足に履いている靴の紐が切れていた
そして、お参りが済んだところで美少年のような外見をした少女であるレイが改めて、晩秋の盛りの季節を過ぎた虫の声が微かに鳴り響く夜の公園で、小さな美少女のような格好をした少年に向き合う。
吉祥寺にある公園の夜の静けさの中には時折、電車の走る音が、車輪が線路を打ち鳴らす音が、遠くから響いていた。
二人の間には、もう以前のような嘘も欺瞞もなく、ただ穏やかな時間だけが流れていた。
そして、レイが微笑みながら
「じゃあさ、改めて」
「え?」
「はじめまして。ボクは
その冗談めいた挨拶に、
「は、はじめまして……
お互いに伸ばした二人の手がそっと触れ合い、握手をするという形で、さながら大切な相手との決裂と和解を経て新しい約束を結ぶかのように重なった。
どこからともなく鳴る、ガタンゴトンという電車の車輪が鉄でできた線路を打ち鳴らす都会では聞きなれた走行音が、まるで物語の再スタートを告げる小さな鐘の音のように、静かに、確かに夜の闇に響いていた。
今、
――第1章 終わり――