その、背中がこげ茶色で腹が白い毛並みの野良猫は、長い尻尾をしなやかに揺らしながら冬の朝の公園を歩いていた。
新品の純白ジャージを着た
そのバイカラーの猫は、不意に立ち止まったかと思えば、ついてくる二人の人間に対して振り返り「こっち」とでも言いたげな感情をこめたかのように「にゃあ」と鳴き声を上げ、また前を向いて四本の足で歩き始める。
今は何も手には持っていない
――こんな公園の奥の方、人がまず入ってこないよね。
そんなことを思った
そして、あるところで藪に囲まれたようになっている場所の前にて、猫がもう一度振り返り、何かを訴えかけるように「にゃあ」と鳴いてから、その藪の中に入っていった。
「えーっと……これって、藪の中に入ってほしいってことでしょうか?」
すると、
「ここまで来たら、行くしかないでしょ。アンタ先に行ってよ」
そして、低身長な二人でも腰をかがめなければとても抜けられないないような、藪の隙間の向こうへと、まずは
その、人目につかない鬱蒼と生い茂った藪の中にあったのは――
赤いコートを着た小さな、三、四歳くらいの男の子がうずくまってすすり泣きをしていた。
小柄な
「ちょっと、大丈夫!?」
発見した小さな男の子に駆け寄って、
「キィ……!? パーパ……!?」
――え!? 外国人の子供!?
その男の子は明らかに日本人の子供ではなく、栗色の短めの髪に青い瞳の容貌をした、目のぱっちりして鼻の高い、就学前くらいの幼児なのに彫りの深さがはっきりわかる男の子であった。
そして、その幼い男の子は声をかけてきた相手が自分の家族ではないことに気づくと、もう一度涙を流して、英語とは異なる言語であることが明らかにわかる外国語で泣き叫ぶ。
「ノー! トゥノンセイパーパー! パーパー! マンマー! ドォヴェシェテー!?」
そんな、小さな男の子の涙を流しながらの叫び声に、
しかし、藪を抜けるにあたって後ろから遅れてついてきた
ぎゅっ
そして
「よしよし、怖かったね。寂しかったね。でも、もう一人じゃないから安心して」
なんとなく
身も心も母性的なオーラが溢れる少女に抱きしめられて、その大きく膨らんだ柔らかい胸に顔をうずめて、なんとなく落ち着いた顔を見せた幼い男の子は泣き止んでから、涙を目に浮かべたまま寂しそうに「……マンマ」とだけ呟く。
しばらく
「えーっと……なんだかこの男の子、英語じゃない言葉喋ってましたけど……
「ううん、全然。そもそもワタシ、英語じゃないってことすら気付かなかったし」
そう
――僕は、学校で習ってる英語以外の外国語なんかわからないし。
――今日は清掃ボランティアでの貴重品の紛失を防ぐために、スマートフォンは持ってきてないし。
――そうなるとこの手しかないか。
そう思った
「ねえ、
「え? ええ、何年も前の古いタイプのガラケーだけどね」
「その携帯電話、貸してくれませんか? 僕のお姉ちゃんでしたら、もしかしたら何を話してるかわかると思いますので」
瞳の大きな少女姿の
そして、
プルルルル プルルルル
しばらくコール音が鳴ってから、誰かが固定電話の受話器を取った。
『はい、もしもし? どちらさまですか?』
土曜日の休日に家で寛いでいた姉の利愛が、受話器を取って応えてくれたようだった。
「あ、お姉ちゃん? 僕です。
『まーちゃん? どうしたの? 新しくできた女の子のお友達と清掃ボランティア活動中じゃなかったの?』
「えーっと、ちょっと迷子の男の子をボランティア中に見つけて……その男の子、外国の子供で日本語がわからなくって、なんか喋ってるのが英語じゃないんだけど何語かわからないんだ」
『ふーん、じゃーちょっとその男の子と話させて。最悪何言ってるのかまったくわからなくても、受話器越しに翻訳アプリかませるから』
利発で機転の利く姉がそういってくれて、
そして、男の子に優しく話しかける。
「何か話してみて、Please speak anything」
すると、耳にガラケーのレシーバーを当てられた男の子はおっかなびっくりと、幼児らしい舌っ足らずな口調で
「ミ ポルティ ダ マンマ エ パーパ。ペル ファヴォーレ?」
すると、通話口の向こうにいる利愛が何かを話しかけたのか、男の子の顔色がパッと明るくなって言葉を続ける。
「ミ キャーモ ニコラ! ヴェンゴ ダ バーリ! イン イターリア!」
すると、子供を抱きしめている
「イタリア? 最後にイタリアって言った? この子、話してるのイタリア語なの?」
「みたいですね。 イタリア語なら大丈夫。お姉ちゃん、大学の第二外国語イタリア語取ってますので」
「ふーん、アンタのお姉さんもやっぱり良いところの子らしく、大学とか行ってるんだ。あれこれ言っても、裕福な家の子って学があったりするからこういう場面とかで何かと役に立つのね」
そんな
「
そんなことを
「この世界ってお互いに利用のし合いとか、競争のし合いとかばかりじゃなくって、なんだかんだでお互いに近くにいる人を大切にし合って、助け合って生きるってのが物凄く大切なことですから」
ただ、
この子供のいる場所に連れてきた、あの背中がこげ茶色でお腹が白いバイカラーの毛並みの猫は、いつの間にか二人の傍から消えていた。