目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

Ep.25 動物について


 土曜日の朝午前九時を少しだけまわった郊外の公園には、ボランティア参加者だけでなく、ジョギングをする青年やウォーキングをする老夫婦など、少しずつ人の気配が増えていた。


 太陽の光が差し込み始め、空気はすこしずつ柔らかくなっているというものの、十二月の上旬だというのに肌に刺すような木枯らしが相変わらず吹きつけていた。あまね海星みほしはジャージ姿のまま、ビニール袋とゴミバサミを手に手に、それぞれ黙々と作業をしていた。


 ある程度、ゴミが入ったゴミ袋を持っている少女姿のあまねが、少し離れたところにいる海星みほしに話しかける。


海星みほしさん、そろそろゴミ袋がいっぱいになってきたからコーディネーターの人に交換をお願いしませんか?」


 すると、かがんで落ち葉を掻き分けていた海星みほしが、その短い茶髪のツインテールを揺らしつつ、振り返って返事をする。


「えー、アンタもうそんなになったの? ワタシはまだ半分くらいなのに」


 あまねは、ここ一時間ばかりで、海星みほしの口調に入っていた刺が少しだけ丸くなったような気がしていた。


 そんな、初対面はガサツだと思っていた海星みほしという少女に対して、あまねはまるで良家のお嬢様みたいに淑やかに歩み寄り、微笑みながら語りかける。


「それより、疲れていません? もうボランティア活動でゴミ拾いを始めてから一時間くらい経ってますから。よかったら、一緒に休憩しませんか?」


 そんな風に、良家の子女っぽい気遣いにあてられたのか、海星みほしはどことなく顔を赤らめて不満げな声を漏らす。


「まー、いーけど。これで勝ったとか、レイお姉さまのステディの座を確保したとか思わないでよね。これはあくまで、ワタシがアンタのことを自分の目的のために利用したってだけなんだから。ふんっ!」


 そんな風に、強がったような態度を取ってそっぽを向く海星みほしに、あまねは微妙な表情を返すことしかできなかった。


 ――やっぱり、レイくんとも利愛りあお姉ちゃんとも違うタイプの女の子なんだな、海星みほしさん。


 そんなことを思って、あまね海星みほしと一緒に休憩を取るため、近くにあった、すぐ傍に自動販売機が設置してあったベンチに赴く。


 そして、二人ともゴミバサミとポリ袋をベンチの近くに置き、あまねが少女らしくベンチの上を手で軽く払って腰を落ち着けた所、立ったままの海星みほしが小さなクリアケース状の財布を取り出した。


「なんか、こんなとこまで連れてきちゃって何にもお礼なしってのも悪いから、この前のお返しってことで飲み物奢るわ。水でいい?」


「あ、ハイ。海星みほしさんにお心遣いをしてもらえるのならなんでも」


 そんな、ほんの六日前に連絡先を交換したばかりの少女がまがりなりにも女の子同士の友達であるかのように気配りをしてくれる様子が、友達の少ないあまねには嬉しかった。


 海星みほしは、100円ショップに売っていそうなクリアケース財布から、硬貨を三枚、100円玉1枚と10円玉二枚の合計120円を自動販売機に投入したと思ったら、即座にボタンをピッと音を鳴らして押した。


 ――この前にレイくんの試合を見に行った市民総合体育館の休憩場で、いきなり後ろから胸を押し付けられたのに驚いててこっちからは文句を言わなかったけど、勝手にボタンを押したこと気にしててくれてたんだ。


 ――自動販売機でもう一本当たったのを勝手に買われただけだったから、別に僕は損をしてないのに。


 ――でもなんだかんだで、お返しをしてくれるなんて根はいい子なんだろな、海星みほしさん。


 あまねがそんなことを思っていると、ガコンと音を鳴らして落ちたペットボトルの水を、海星みほしはその低身長に似合わない大きな胸を赤ジャージごと下方に揺らして取り出す。


 そして、ペットボトルの蓋を回して取り外したと思ったら、海星みほしはそれを己の口につけてぐいっと呷った。


 ――あれ? そっちは海星みほしさんの分?


 ――ってことは、もう一本を、僕のために買ってくれるってことかな?


 そうあまねが思った次の瞬間、海星みほしは口をつけてその中の水を飲んでいた、飲みかけのペットボトルをあまねの方に差し出してきた。


「はい、ワタシは半分飲んだからあとはアンタの分よ」


 ――え?


 すぐ近くに立っている海星みほしから、あまねはベンチに座ったままきょとんとしながらペットボトルを受け取る。


 半分飲み干されて、蓋が開いたままのペットボトルを、何も言えないまま女装ジャージ姿でベンチに座っているあまねが目を丸くしつつ見つめていると、低身長とはいえ立ってるので頭が上にある海星みほしが、片手を腰に当ててその大きな胸を張り、あまねを見下ろしながら話しかけてくる。


「何よ、不満? この前はアンタが自分のお金で買って偶然当てた分をもう一本貰ったから、ワタシもアンタにあげるのは自分で買った分の半分だけ。公平でしょ?」


 ――いや、そういう訳じゃなくって。


 ――これって飲んだら……間接キスって奴じゃ?


 ――ど、どうしよう!?


 ベンチに座っているあまねは、その大きな瞳の下にある頬を赤らめつつ考える。そして、すぐ傍にて立っている海星みほしの、大きく膨らんだ胸の向こうにある顔を見上げて提案する。


「あ、あの……海星みほしさん、良かったら僕がもう一本買いますよ。なんていうか、半分貰うの悪いですし」


 すると、海星みほしは不機嫌そうな顔になって、片手だけでなくペットボトルの蓋を持っていたもう一つの手も腰に当てて両肘を張り、羽織った青いウィンドブレーカーをバサッと音を立てつつ前のめりになり、その赤ジャージの下の大きな胸を下向きにたゆんと揺らしつつ、あまねをジト目で睨みつける。


「何? もしかしてアンタ、貧しい家の子のワタシが口をつけたもんなんか、ばっちくて飲めないとか言いたいの!? だとしたら思いっきり喧嘩売ってるってことよ!?」


 そんな威勢のいい啖呵に、あまねは慌てて顔を真っ赤にして否定する。


「え……! いえ! 海星みほしさんをばっちいとか、そんなこと思ってないです! 全然! これっぽっちも」


「じゃあ、つべこべ言わずぐいっと飲みなさい!」


 追い詰められて逃げ場のなくなったあまねの耳には、少女らしく見えるようパッドで膨らました胸の奥にある心臓が、ドキドキと鳴る音が聞こえるかのようであった。


 そのときだった。


「にゃーん」


 どこからともなく、猫の鳴き声がした。


 そして、その声の主であるらしい背中はこげ茶色でお腹が白い、二色に毛色が分かれたバイカラーと呼ばれるタイプの柄模様の猫が二人にゆっくりと歩み寄ってきた。首輪もつけていないために、飼い猫ではないことは明白であったが、耳がカットされていないので地域猫であるかどうかはわからなかった。


 その、可愛らしい小動物を見て海星みほしの目の色が感激を帯びるかのように変わる。


「キャー! 可愛い猫ちゃん!」


 海星みほしはそんな黄色い声を出し、猫をおびき寄せるかのようにしゃがみこみ、その手で招く。


「ほら、ほら♪ おいでおいで♪」


 愛らしい猫を目の前にして、先ほどまでにあまねに対して発していた威勢の良い声と毅然とした態度が、あからさまに乙女らしい甘い口調と柔らかい仕草へと急変した様子を目撃し、あまねはまたもやポカンとした。


 ――女の子って、こんなに切り替え速いもんなの?


 そんなことを密かに思いながらあまねが呆れていると、先ほどまで険しい顔だった海星みほしはそんなのどこ吹く風であったかのように振り向き、あまねに対してにこにこした笑顔で呼びかける。


「ほらほら、アンタも手招きして呼びなさいよ! 猫ちゃん、猫ちゃん!」


 しかし、猫はなんとなく寄ってこずに海星みほしに近づこうとしてたところを方向転換し、尻尾をこちらにみせつつ遠ざかる様子を見せて、猫耳のついた首を後ろに向けて二人にその小さな顔から視線を送って、また鳴き声を出す。


「にゃーん」


 その様子に、あまねの直感が猫の意図らしきものを捉えた。


海星みほしさん、なんだかこの猫、ついてきて見て欲しいものがあるみたいですよ。ついて行ってみませんか?」


 そうベンチから立ち上がりつつあまね海星みほしに伝えると、海星みほしはその手に持っていたペットボトルの蓋を渡してきたので、受け取ったあまねはそれで蓋を回して閉める。


 二人が猫に対して歩き出すと、猫も再び前を向いて歩き出した。


 そして、新品の純白のジャージを着て後頭部にウィッグの黒髪を纏めたお団子を結ったあまねと、赤い学校指定のジャージの上に青いウィンドブレイカーを羽織った茶髪ショートツインテの海星みほしは、猫の後をついていく。


 そしてこれが、どのような影響を二人と二人の未来に与えることになるか、その定められた運命がどのように動くことになるかを、この場にいるあまね海星みほしの二人は何も知らなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?