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Ep.24 自然区分論


 東京都心から遠く離れた、自然がまだまだ残っている冬の公園には冷たい風が体温を奪うように吹き抜け、あまねは思わず肩をすくめた。


 秋から冬にかけて落葉していた自然公園の遊歩道には朽ちかけた枯葉が散り敷かれている。あまねはつい先日にインターネットのオンラインショップで購入した、サイズぴったりの新品の白いジャージの裾を気にしながら、手に持ったゴミバサミで落ち葉の下に隠れたプラスチック片を挟んで拾い上げていた。


 少し離れたところには、このゴミ拾いを乙女の意地をかけている勝負であると一方的に宣言したことなどどこ吹く風のように、真剣にボランティア活動に精を出している、ボランティア中であることを示す蛍光色のタスキをかけた海星みほしの姿があった。


「……なんか、ステディの座をかけての勝負って聞いてたからもうちょっとこう、変則的な感じかと思ってましたけど、普通にマジメなボランティア活動ですね」


 ウィッグのロング髪を活動しやすいようにと頭の後ろにてお団子状に結って、同じく蛍光色のタスキをかけたあまねがそう海星みほしに対して言うと、そのアーモンド形の目をした茶髪ショートツインテの少女はゴミバサミとポリ袋を持ったまま、なんとなく得意げな顔になって意気揚々と伝える。


「そりゃそうでしょ。ワタシとレイお姉さまとが同じ校舎で青春を過ごせるかどうかがかかったイベントで、子供じみたお遊びなんかやってらんないわよ。さ! さっさときりきり動いてゴミを拾いなさい! ちゃっちゃっと競争してボランティアで二人分以上の成果を上げて、ワタシがレイお姉さまの通う高校への推薦状を貰えるようにね!」


 ――へ?


 あまねは、海星みほしの予想外の言に、ただでさえ大きな瞳を更に丸くする。


 そして、海星みほしの真の意図に気付いた利発なあまねは、初対面での予想よりもずっと強かだったと判明した、目の前の少女に対して敬語を使うのを忘れて小声で尋ねる。


「もしかして、海星みほしさん……ゴミ拾いのボランティアで成果を上げるためにぼくを利用したの? 乙女の意地をかけて勝負とか、実はただの口実で、友達を誘って一緒にボランティアをしたら推薦状を貰えるための評価が上がるとか?」


「そうよ? ようやく気付いた?」


 木枯らしの吹く冬の公園にて防風のための青いウィンドブレイカーを羽織り、着ている学校指定の赤ジャージの胸元を大きく魅力的に張った海星みほしが、ドヤ顔を浮かべながらそんなことをにんまりと述べる。


「いや、予想外でしたから……でも、海星みほしさんがレイくんと同じ高校に行きたいってのなら、最初から言ってくれれば普通に協力したんですけど」


 あまねが改めて敬語を使ってそう、いかにも育ちの良い家庭の子女らしくそう応えると海星みほしは目をパチクリとさせた。そして、あまねに対してどこか別の星から来た女の子に対して接するかのような口調で尋ねかける。


「あれ? 怒らないんだ? こんな朝早く寒いところに連れてこられて?」


「いや……それはそれですし。それに、こういったゴミ拾いとかのボランティア活動はそもそも世のため人のためになることなんで、付き合わされても別にいいですよ。ゴミ拾いをして公園が綺麗になるようなことだったら、少しくらい寒くても喜んでやれますので」


 お淑やかな美少女然としたあまねがそう伝えると、海星みほしはなんとなく不機嫌そうな顔を見せた。そして、再びそのゴミバサミを使って、地面に散らかった落ち葉をガサガサと掻きわける。


 そして、地面に落ちているゴミを探しながら、あまねの顔を見ずに皮肉めいた口調で言葉を出す。


「やっぱり、育ち良いのねアンタ。フツー、そういうことされたら相手に対してムカっときちゃってそのまま帰るとか、帰らなくても二度と口もききたくないし、顔も見たくなくなるもんなんだけどな。都庁職員の親を持つエリートのご令嬢ってのは伊達じゃないってわけね」


「は、はぁ……」


 今は女装をしていて、いかにも美少女の姿をしているが、普段の女の子のリアルな生態を知らないあまねは、そんな気の抜けた声を漏らすことしかできなかった。


 再び、あまね海星みほしは軽く会話ができるくらいの距離を保ったまま、自然公園のゴミ拾いを続ける。


 そこで、海星みほしあまねに対して顔を見ずにポツリポツリと聞こえるような声で話しかける。


「……その純白のジャージ、新品でしょ? 学校指定の奴とかじゃないし。なんか、急に買わせることになって悪かったわね」


「え、いえ……ぼくも丁度、動きやすい服を買いたかったですし。気にしてませんよ」


 あまねがその美少女のように整った顔をどことなく崩してそんなことを返すも、赤ジャージに青色のウィンドブレイカーという、色調的にそれぞれの色を際立たせたような格好をした海星みほしは、相変わらずそっぽを向いて地面を見下げつつ、ボランティア活動としてののゴミ拾い作業をしたまま言葉を続ける。


「ワタシの家はパパもママも、アンタの親みたいな公務員どころか、不安定な雇用で安い給料もらうためにこき使われてる貧困家庭でさ。住んでるのはいまどきエレベーターもついてない公営の集合住宅で、そんな風にアンタが軽い気持ちで買ったジャージはおろか、レイお姉さまと一緒にいて似合うような可愛いお洋服とかもそう気安くポンポンとは買えないの」


 あまねが何も言えないでいるも、海星みほしはおかまいなしに愚痴を吐き出すように続ける。


「だから、ワタシがレイお姉さまと同じ私立高校に入るためにはね、こうやってボランティア活動とかでポイントをコツコツと稼いで、推薦状を通っている中学校から貰って、普通だったらとても払うことのできない学費の免除を狙うしかないの。アンタみたいな親が都庁職員やってるようなエリートでいいところの女の子には、ワタシみたいな貧困層の家の子の苦労はわかんないと思うけどさ」


「貧困層とか……そういうことをあんまり言わない方がいいと思いますけど」


 そう、瞳の大きな美少女のような様相のあまねがきょとんとした目で告げると、海星みほしはジト目をジロリと向けて不満げに応える。


「何よ、事実よ。いくら愚痴っても、嘆いてもワタシの家にはお金がないってのは変わりようのない現実なんだから仕方ないじゃない。アンタのような金銭的に余裕のある家の子と違ってワタシたちのような貧しい家庭の子たちはね、利用できるものは何でも利用して、願いを叶えるためにやれることを精一杯やっていくしかないの」


 そんな、レイと同じ高校に通いたい、ただそれだけを願っているということがわかった目の前の少女の、自分を利用するという手段は間違っていたのかもしれないがその根っこにある思いは真剣だったという話を聞いて、あまねは何も言えなくなってしまった。


 そして、海星みほしあまねが何もいえないのをおかまいないように、その手に持つゴミバサミで落ち葉をかきわけ、ときにプラスチックやぬいぐるみの切れ端らしきゴミを拾ってポリ袋に入れつつ、わざとらしくあまねに聞こえるように大声を出して嘆く。


「あーあ、なんでこの世界ってアンタみたいに裕福な家に生まれたってだけで何にも苦労しない充実した人生が送れる娘がいる一方で、ワタシみたいに貧乏で可愛いお洋服も簡単に買えない人生ままならない娘がいるんだろな。ホント、レイお姉さまがいなかったらこんな不平等な現実やってらんないわ」


 ――不平等、か。


 あまねは、目の前の少女の心の奥底から絞り出されるような嘆き声を聞き、かつて姉の通う大学の学園祭に今のように美少女として赴き、女の子は弱くても貧弱でもみんなに大切にされて愛される、ということに対して世の中の不平等さを嘆いたことを思い出し、心の中には複雑な思いが湧き起こっていた。



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