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Ep.23 生命の源

 あまねが、レイが選手として出場していた女子バスケットボールの練習試合のために市民総合体育館へとバスに乗って応援に行き、エース選手としての試合での活躍する様子を見せていたレイを、まるで王子様であるかのように憧れの目で見ていた女子集団の前で、ステディとしての友達だと紹介されてから六日後のこと――


 冷たい風が吹く寒い冬の日の朝、青く青く晴れ渡った寒空の下で午前八時過ぎ。


 あまねは今何故か、数日前に新しく買うことになった動きやすい上下の純白ジャージを着て、その上から白い防寒用の上着を羽織り、自宅の最寄駅からの電車と、電車を降りてからのバスへと乗り継いで、東京都心からかなり離れた所にあるそれなりの広さの自然公園にやってきていた。


 既に季節は12月の初旬になっているので、冬空の下では木枯らしがひゅうひゅうと吹きすさび、夏には豊かな緑葉を飾らせていたはずの木々はすっかりと、とげとげとした枝を晒した裸木となっていた。


 あまねは肩近くで切りそろえられた両サイドが若干長いメンズボブカットの男子中学生の姿ではなく、その白い上半身ジャージの下はパッドで胸を少女らしく控えめに膨らまし、この前の練習試合での応援のときよりもさらに微かなナチュラルメイクをして、ウィッグであるロングの黒髪を後頭部でお団子のようにまとめつつ、頭には弾力がある白色のヘアカチューシャをウィッグが外れないように頭を挟む格好で着けている。


 そしてもちろん分厚い乱視矯正の度が入っている眼鏡ではなくコンタクトをつけて、瞳の大きな美少女に見えるような格好をしていた。


 今、あまねがこんな東京都心から遠く離れている郊外の自然公園まで午前八時という時間帯にやってきて、わざわざジャージという動きやすく汚れてもいいような服装をしてまで女装という非日常な格好をしているのには、理由がある。


 数メートル離れた所には、身長153センチメートルと小柄なあまねよりほんの少しばかり背の低い、だがその低身長には不釣り合いともいえるグラマラスな、女の子として魅力的な体つきをした小さな人影があった。


 その人影とは、電車内で待ち合わせをして駅で降りてからはバスに乗ってこの公園まで一緒にやってきた、あまねとほんの六日前に連絡先を交換することになった、中学校指定らしい赤いジャージの上に青いウィンドブレーカーを羽織った、どこか色調的にコントラストの効いた格好の茶髪ショートツインテールの少女であった。


「さーってぇ! じゃあ状況も整ったし、改めてアンタとワタシとでレイお姉さまとのステディの座をかけて勝負よ!」


 ほんの数メートル離れたばかりのすぐ近くにいるその、あまねの一つ年上で中学三年生だと先日に教えられた少女は、年齢に見合わぬ母性的な魅力あふれる体形で、その上半身に着ている赤ジャージの胸部分にある中学校名を意味するアルファベット文字を歪むくらいに大きく膨らませている。


 通っているらしい中学校名がアルファベットで入った学校指定の赤ジャージの上に、どこかの量販店で売っていそうな薄っぺらい青いウインドブレイカーを羽織った茶髪ショートツインテの少女――早乙女おとめ海星みほしが、その右手に持った金属製のゴミバサミの二つに分かれた切っ先を女の子の格好をしているあまねに向けつつ、元気な少女らしく不敵な笑顔を見せながら大声で宣言する。


 あまねは、目の前にいるほんの一つ年上の中学三年生だとこの前に教えられた、色々な意味で接点が無かったような少女が自分に対してゴミバサミの切っ先を向けるという、今まで経験したことのない常識外れな振る舞いに困惑して、応える。


「あ……あの、海星みほしさん。それってそういう風に人に向けるものじゃないと思うんですけど……。ちょっとばかりお行儀悪いと思いますよ?」


 目の前で自分に対して意気揚々と勝負を申しかけている海星みほしと同じように、ゴミ拾い用のポリ袋とゴミバサミをそれぞれの手に持ったあまねは、少女のような高いソプラノ調のか細い声で、冷や汗をかきながらおっかなびっくりと引き気味に返す。


 ここ東京郊外の自然公園には、肌寒い12月上旬の冬の日の朝から、他校の中高生、大学生の集団やレクリエーションが好きそうな老夫婦などが、ゴミ拾いのボランティア活動への参加者として、20人程度が動きやすい服装でやってきていた。


 六日前の日曜日、レイが女子バスケットボールの選手として練習試合に参加していた市民総合体育館で、海星みほしあまねに対して出した一方的なライバル宣言、その内容であるレイのステディの座を競い合う乙女の意地をかけた勝負の内容とは、この自治体が企画した自然公園のゴミ拾いボランティアでどちらが多くのゴミを拾えるか、というものであった。


 あまねが今着ている白いジャージは、普段の中学校名の入ったジャージでは身元がバレることにより、海星みほしに対して性別バレをする心配があったために数日前に急遽買うことに決めた、汚れ一つない新品のジャージであった。


 海星みほしは以前にゲームセンターや総合体育館で会った時のように髪に星形のヘアアクセサリーを着けておらず、その茶髪ショートツインテも両サイドのテールの根元を、赤と青の布リボンでなく簡易にゴムでまとめている格好となっている。海星みほしはそのアーモンド形の形の良い瞳をジト目にしてあまねを見つめ、その金属製のゴミバサミの切っ先をあまねに向けながら、カチカチとマナー悪く音を鳴らす。


 海星みほしは手に持ったゴミバサミでカチカチと甲高い金属音を鳴らしながら、目の前にいるいかにもお淑やかな美少女の様相をしているあまねに、その相手をまさに恋のライバル以外の何者でもない存在であるかのように、刺のある口調でぶっきらぼうに伝える。


「なーに? こんなとこまで来てそんな細かいこと気にしちゃって普段からいい子ぶってるつもり? ここにはレイお姉さまはいないんだからそんな風に可愛い子ぶる必要なんてないのよ?」


 この自然公園のゴミ拾いボランティアに参加を申し込んだのは、あまね海星みほしの二人であって、この場にレイはいなかった。


 あまねは、目の前にいる一つ年上であるという少女に敬語を交えつつ応える。


「あ……いえ、ぼくってわりとそういうのは日頃から気にする方でして……お父さんとお母さんの家庭内での躾というかなんというか」


 すると、海星みほしはそのアーモンド形の形の良い眼をぱちくりさせ、ゴミバサミでカチカチと鳴らしていた手を止め、興味深い顔つきになってジト目のまま尋ねかける。


「そのお淑やかな感じ、レイお姉さまの前での演技とかじゃなくって素なんだ? もしかして、アンタいいところの子だったりするの?」


「えーっと……いいところかどうかはわかりませんけど……一応、お父さんが都庁で働いてる正規の職員でして……」


 あまねがそう事実を伝えると、海星みほしは驚いたような表情を見せて不満そうな声を上げる。


「何よそれ!? 親が正規の公務員でしかも都庁職員!? れっきとしたエリートのご令嬢じゃない!?」


「いえ、別にエリートでもないと思いますけど……都庁職員っていってもただの地方公務員ですし。レイくんのお父さんのような大学教授さんに比べたら全然たいしたことないです」


 あまねが遠慮気味にそう応えると、海星みほしは目を見開いてゴミバサミを持った腕を体に引き寄せ、怒りのような羨望のようなものが混ざった口調で大声を出す。


「うっわーっ! 無自覚なイヤミーっ! もーアンタみたいな底意地の悪い女の子には絶対負けらんないわーっ!!」


 ――底意地、悪いかな。


 あまねがそう思って戸惑っていると、ボランティアを立案した自治体に呼ばれたのであろう女性のボランティアコーディネーターさんが、この場に集まっている皆に拡声器で呼びかける。


「えー、本日は皆さま当公園のゴミ拾いボランティアにお集りいただき、ありがとうございます。ではこれから、ボランティア参加者用のタスキを配布しますので、参加者の皆さまはお名前のご記入をお願いします」


 海星みほしはその言葉を聞くと、コーディネーターさんに一転して笑顔になった表情を向ける。


 そして、あまねと一緒に参加者用紙に名前を書くための列に並び、そして順番が来てタスキを受け取る段階になって、コーディネーターさんの目の前で海星みほしはまるで優等生みたいな口調で、先ほどまでライバル視して怒号を飛ばしていたのが嘘であるかのような反応をあまねに対して見せる。


「はーい! 今日はよろしくお願いしまーす! さ、二人で一緒にゴミ拾いのボランティア一生懸命頑張ろっか!」


 ――猫被ってる。


 あまねは、まるで長年付き合いのある友達に対しているかのような親愛の表情をいきなり見せてきた海星みほしに対して、そんなことを思わざるを得なかった。


 ちなみにあまねは、この清掃ボランティアへの参加に当たって家から持参するよう事前に伝えられていた、コンビニで買っておいたボールペンで、名前を『イハラ アマネ』とだけ書いておいた。


 この公園のゴミ拾いボランティア活動は、元々海星みほしが事前に申し込んでいたものであり、申込者は友達を後から誘えるシステムであったらしく、あまねの住所や身分証は必要ないとのことであった。


 そんなこんなで、乙女の意地をかけて、レイのステディとしての友達の座をかけてと一方的に海星みほしが取り決めたゴミ拾い勝負が始まったのである。


 ――女の子って、ぼくが知らないだけで、クラスの男子や先生や、好きな人の前では猫を被ってるのが普通なのかな。


 レイとはまた一味も二味も違うタイプの、家族ではない年頃の女の子と知り合って話をして、純白のジャージを着た美少女の姿をしているあまねは、冬の晴れ渡った青空の下でそんなことを思っていた。




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