同業者の集まりというのは腹の探り合いでもある。最近の依頼状況についてだったり、抱えている式神の能力や後継者問題など。技術的なことはそっちのけで、互いにどれだけ長くこの界隈で生き残れるかを見定め合う。
今回は料亭の一室を借りていると聞かされた時、やっぱり次回からにしようと先延ばしすることも頭によぎった。部屋へと案内される際に目に飛び込んできた中庭の、色鮮やかな錦鯉が泳ぐ大きな池と立派な松の木。いつ買ったかすら覚えていないスーツを押し入れの奥から引っ張り出し、結び慣れないネクタイを締めてきたものの、場違い感が半端なく襲ってくる。
顔を出したところで会費に見合う情報が得られるとも思えないが、祓い屋として続けていくには同業者との付き合いは避けては通れない。たとえ協力し合えなくとも、邪魔をされないよう顔色を伺いつつ、時には牽制する必要はある。
板張りの廊下を進む途中、和史はどこからか視線を感じて立ち止まって振り向いた。誰ともすれ違いはしなかったが、確かに何か見知った気配がしたようだと思った。だが、通路に面した襖は全て締め切られていて、人の姿は見当たらない。すぐに気のせいだったかと再び歩き出す。
一番奥まった部屋の襖の前で声を掛け、一礼しつつ中へ入って当たり前のように手前の下座を選んで腰を下ろした。先にいた全ての視線が自分に集中しているのが、俯いていてもよく分かった。十年以上も顔を出していなかった会なのに、その顔ぶれはあまり変わってはいない。どの家もまだ代替わりしていないらしい。祓い屋というのは無駄に長生きする者が多いんだろうか。高校生の娘がいる和史でさえ、この中では遥かに若手の扱いだ。
席の後ろに式神を控えさせているものも多く、参加者数の割に広い部屋を用意させたのは納得がいく。視えない者には分からないだろうが、この座敷には祓い屋の人数と同じだけのあやかしが存在している。種族が分からないよう面を被らされたりしているものもあるが、どの家もそこまで強い式神を引き連れてはいない。高位あやかしは簡単に人との契約を交わすことはないから当然といえば当然。
「おや、今日は珍しい方の姿もあるようですなぁ」
一番奥の上座を陣取り、後ろには蜘蛛女を従えている老人が、揶揄いの混じった声を出すと、その手前に座る年寄達が嫌味な笑みを浮かべ始める。まだ会の始まる時刻ではないはずだったが、予定していた参加者のほとんどがすでに揃っているようで、最年少である和史が一人遅れてきたような体になっているのも居心地が悪い原因だ。
「ああ、先程いらっしゃった三笠さんが『急用を思い出した』と帰って行かれたのは、そういうことですかなぁ」
「そう言えばそうでしたな。大事な一人娘をかっ攫った男とは顔を合わせたくはないでしょうに」
二十畳はある座敷に、クスクスという嫌な笑い声が広がる。上座のお誕生日席に座る大御所、野本へと何やら耳打ちしているのは、品のない笑い方が特徴的な渡瀬だ。彼の後ろにいる式神は能面を付けているから正体は断定できないが、おそらくは妖猿の一種だろう。着物の袖や裾から毛深い腕が覗いている。どちらも祓いの名家と言われる一門の当主で、今回の主催でもある。歳の割に血色の良い顔は、まだまだくたばる予定はなさそうだ。
渡瀬が口にした三笠という名に、和史はピクリと肩を揺らして反応する。
――ああ、さっき感じた視線はお義父さんのものだったか……
気のせいかと思った気配は何年も前に家を出て行った妻の実父だったのだと気付く。大方、参加者の中に和史の名があると知り、避けるように帰っていったのだろう。渡瀬の向かいの空席は義父のものだったのかと、和史はふぅっと長い息を漏らしながら心を落ち着ける努力をした。
――私のことは、いまだに許せないってことなんだろうな。
娘を産んだ後、突如家を出て行ってしまった妻、優菜。その後も何の理由も説明もないまま郵送されてきた、記名入りの離婚届。そこに記された筆跡は確かに妻のものだったが、話し合いもないまま出すことはできないと、自室の引き出しにしまい込んだ。その後も彼女がどこへ行ってしまったのかすら分からないまま、ただ月日だけが流れていた。生きているのか死んでいるのかすら不明だ。
「そうそう、藤倉さんのところに珍しい式神が入ったそうですな。今日、披露していただけるのかと楽しみにしてたんですが、連れて来られていないのは非常に残念だ」
会が始まり料理が運ばれた後、各々が席の近い相手と言葉を交わしている際、向かいに座っていた五十代の男が和史へと親し気に声を掛けてくる。同じく入口近くに座っている彼――栗田幸信は、和史と同時期に親から稼業を引き継いではいるが、元々から公的なコネを抱える家柄だったこともあり、苦労も知らなさそうな穏やかな笑みを浮かべていた。この会では唯一まともに話しが出来る相手だ。彼も和史と同様に式神は連れて来ていないようだった。
「ああ、私も聞きましたよ。九尾の狐だとか」
栗田との会話を横から聞いていたのか、他の祓い屋も反応して口を挟んでくる。彼の後ろにいたのは着物を頭から被って顔を隠してはいるが、おそらくは百目の類い。使役者の気付いていない隙を狙い、後ろから伸ばして料理をつまみ食いしている腕には無数の目が並んでいた。
「確か、元からいた式神は何年も前に逃げ出したとか――でも、代わりに妖狐と契約できたとなれば、祓い屋藤倉も安泰ですなぁ」
「いえ、昔からいた式神も、変わらずそのままおります。事情があり、少し休ませていただけなので」
まさか同業者に、「間違って、大事な式神を漬物壺に封印してたんですよー」とも言えず、和史は冷や汗を拭いつつ出まかせを口にする。あまり深く考えずに、祓い屋のくせに式神から見限られたという汚名を返上できればと思って言った台詞だったが、予想外に部屋の中がざわつき始める。
「藤倉が使役する式神って何だった?」
「確か、猫又のはず……」
「何だと、じゃあ、今は猫又と妖狐の二体を使ってるってことなのか?!」
妬みを帯びた視線が入口近くに座っている和史へと集中する。