「そこで熱いうちに食べなさい」と父に勧められて、店の奥にある仮設のイートインスペースで貰ったばかりのタコ焼きを頬張る。熱々で外はカリカリ、中はふんわりという絶妙な焼き加減。出汁の効いた生地に大きめのタコが入って、甘いソースがマヨネーズによく合っている。下校途中の小腹を満たすのには丁度いい。莉緒は目を輝かせて顔を上げる。
「美味しいっ。このソース、すごく好きかも」
「本当に? 良かったわぁ」
莉緒の素直な感想に、ユリが顔をパァッと明るくして喜ぶ。今はオープン記念で値段を下げているから買いに来てもらえているけれど、その後はどうなるか不安だと弱音を漏らす。
「ほら、駅前のスーパーの中にもタコ焼き屋さんあるでしょう? やっぱり有名なお店が相手だとね……」
オープン二日目で早くも弱気になっているユリに、莉緒達親子は慌てる。今からそんな感じでは、これから先をどうする。
「あ、私はこっちの方が好きですよ。明日、学校で友達にも宣伝しますね!」
「ほ、ほら、スーパーと商店街とじゃ客層も微妙に違うし、地域密着のお店を目指していけばいいんだよ!」
二人の必死のフォローに、「そうよね」とすぐに気を取り直したユリは、食材用のタコをぶつ切りし始めた。あまり商売には向いていなさそうな気弱な雰囲気を醸し出している店主は、莉緒の目から見ても少しハラハラしてしまう。商魂たくましいミヤビと足して二で割ったら丁度いいのにという考えが頭に浮かんで、莉緒は心の中で密かに笑った。
タコ焼きの形成は苦手だけど料理は得意だというユリは手際よく食材の下拵えを終わらせた後、腕を捲って気合いを入れ直してから和史の隣でピックを手に持った。
「まずは固まりかけた周囲の生地をこう寄せてって――」
「えっ、こ、こう……?」
「そうそう、あまり焦り過ぎてもダメだし、ゆっくりだと形を作る前に固まってしまうから。火の通り具合を見ながら、素早く。あ、場所によって火の通り具合が違うから――」
たこ焼きプレートの前に並んでユリへと焼き方の指導している父親のことを、莉緒は怪訝な表情を浮かべながら眺めていた。丁寧に教えてあげているのは分かるのだが、どうもモヤモヤしてしまう。
「わ、わ、わー、ぐちゃぐちゃに……」
「大丈夫大丈夫。最初はぐちゃぐちゃでも転がして焼いている内にキレイな丸になっていくから」
ワタワタとテンパりながらも必死で手を動かしてタコ焼きと格闘しているユリの横で、和史は家ではほとんど見せないニヤケた顔をしている。目尻を下げ、口の端を横に広げていちいち何だか楽しそうだ。
ここ最近は特に張り切ってアルバイトへ出掛けているなと思っていたが、その理由が判明してしまった。独身の女の人から頼られて、おじさんが調子に乗っている図にしか見えない。鼻の下を伸ばした締りのない表情の父親に対して、莉緒はハァと呆れた溜め息をついた。
そんな父親の様子を長くは見ていたくはないと、「ごちそうさまでした」とユリに礼を言ってから莉緒は早々と店を出る。パイプ椅子と長机という集会所みたいなイートインスペースは莉緒が立ち去ったことで再び無人になってしまったが、店頭には焼き上がりを待つ客が二組並んでいた。ちらっと覗き見ると、六つ入りで通常なら三百五十円の値段がオープン三日間だけは二百五十円らしい。自家製のソースに大ぶりなタコ入りでその価格は採算が合わないんじゃないかとちょっと心配になってくる。
焼き立てのタコ焼きのおかげでホカホカと温まったお腹を擦りながら、商店街の中を抜けていく。途中、花屋の前を通った時に店の前で立ち話している奥さんを見かけた。亡くなったご主人とは随分と歳が離れていたとは聞いているけれど、かなり若くに嫁いできたのか奥さんはまだ三十を過ぎたばかりという感じに見えた。
――あんなにまだ若いのに未亡人なんだ……
ニコニコと愛想の良さそうな笑顔で客と話し込んでいる花屋の店主へと同情を含んだ視線を送る。セミロングの髪をハーフアップにして、白色のシャツの上には汚れが目立ちにくい黒のエプロン姿。再婚の話なんてすぐに来ておかしくない、とても綺麗な女性だ。
――そう言えば、花屋さんの隣のパン屋さんでもお手伝いしてたって言ってたよね。
ムサシを巡って灰崎から嫌がらせを受けていた時期に、和史が開店前の準備を手伝ったと言っていたパン屋では、コック帽を被った女性が焼き立てらしき丸いパンを商品棚に陳列しているところだった。ガラス窓から見えるパンはどれも良い焼き色がついていて美味しそうだった。
店内には他の店員はいないみたいで、さっきの女性が一人で店をやっているんだろうか? それは別に商店街にある個人商店では珍しいことじゃないけれど……
――なんかお父さんって、女の人の店ばっかり手伝ってない⁉
さっき目撃したばかりの、鼻の下が伸びきった父親の情けない顔を思い出し、莉緒はウンザリと表情を歪める。もちろん和史は独身だし、娘がいようが恋愛は自由だ。でも、まだ祓いの依頼もほとんど無いと言っていい状態で、甲斐性もないフリーター生活で色恋を語る余裕なんて無いと思っていたのに……
あまりにお気楽過ぎる父に対して嫌悪感を覚えてしまう。日雇いの単発バイトは娘達の為に頑張ってくれているのは十二分に理解しているつもりだ。だけど、莉緒だってできることなら、父には祓いの仕事だけをしていて欲しい。
父なりにいろいろ考えてくれているとは思っていたが、あのだらしないニヤケ顔を見てしまった後では何とも言えない気分になるのも無理はないだろう。