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1章…第15話

「想定外…と申しますと?」


足の長い裕也専務は歩くのが早くて、私はここまでほぼ小走り状態。


ハァハァと息をあげながら聞いてみる。

ちなみに座っていいかわからないので、立ちっぱなし。



「両親がマンションを用意してしまいました」



マンション…とは?


「2人で住むためのマンションです」


「は…?」


「片瀬さんは、やはり相当気に入られてしまったようですね」


確かにその自覚はある。

つい話が弾んで、伝統うどんで小躍りした自分を今さら殴りたい…


「どうせ結婚するんだから、先に一緒に暮らしても問題ないだろう、と言われました」


「そう…ですか」


「もしかしたら…逆に、疑われたとも考えられます」


「…え?」


「やれるものならやってみな、ということです。偽装関係だとしたら、さすがに同居はできないと、試されているんですよ」


「そんな、ことが、あるんですか?」


「正直、うちの両親ならあり得ます」


実の息子が言うならそうなんだろう。

そうなんだろうけど…


「断る選択肢はない…と?」


「そうですね」


あっさり言って、私を見上げる裕也専務。


「…君のせいでもありますしね」


そこへノックの音が響いて、秘書の星野さんがコーヒーを2つ持ってきてくれた。


「専務…座らせてあげたらいいじゃないですか」


星野さんは裕也専務にそんな口をきけるんだと、少し意外な気持ちで2人を見た。


「…忘れてました」


促されて裕也専務の前に座ると、片方の眉を上げながら…視線が私の膝にいくのを確認した。


「そのスーツ、そんなに短いスカートでしたか?」


今日は裕也専務に買ってもらったグレーのスーツを着ていた。

スカートはタイトスカートで、座ると確かに短く見えるけど…



「ど、どれも女子のスカートは、こんなものです」


私は少し斜めに座り直し、足を横に流した。


星野さんが出て行き、裕也専務は足を組み替える。



「で、どうします?」


ここは好かれてしまった責任を取って、同居するしかないと思った。

疑われて偽装がバレたら…契約金はどうなる?


…それに、引っ越したくて物件を探していた。


正直、貯金残高が減ることなく、あのアパートを出られるならいいかもしれない。


その分、早く両親のお墓を建てられるし…。



「マンションに同居…しましょう」



…………


その週末、早速引っ越しをすることになった。


…とはいえ、私の荷物は段ボール一箱で十分。



「それだけですか…?」


リュックを背負い、みかんのマークがついた段ボール箱1つとボストンバッグを抱えた私を見て、裕也専務は驚きを隠さない。



「はい。冷蔵庫は備え付けでしたし、それ以外の家電はありませんでした。家具もなかったので」


1度私の部屋に入った事がある裕也専務にもそれは伝わったらしい。


どうぞ…とリビングに案内された。


そこは驚くほどの広さを誇る優雅な…とは程遠い、6畳ほどの広さのリビング・ダイニング。


すでに2人用のダイニングテーブルとテレビが入っていた。…その前には、丸いラグが敷いてある。


こじんまりしていて、とても落ち着く空間だ。


「部屋は…こっちです」


みかん箱を置いて、案内された部屋を覗くと、そこには黒いダブルベッドが1台。


その脇にデスクとチェア


雰囲気からして、ここは裕也専務の部屋みたい。


…案内は、それで終わってしまった。



「…え?」


部屋を出てリビングに戻り、もうひとつのドアを開けると、すぐに廊下。今入ってきた玄関が見える。


その脇にもうひとつドアがあった。



「ビックリしました…!1つしか部屋がないのかと思いました」


ガチャ…

そのドアを開けると…



「トイレと、お風呂、そして洗面台…?」


ドラム式洗濯機もすでに入ってる…って、そんなことはどうでもいい。


どこを探しても、他に空間らしきものはない…



「あの、私の部屋というものはないのでしょうか?」


後ろをついてきた裕也専務を振り返って聞いてみると…


ニヤリと笑って腕を組む。



「ないみたいですね。ここ、単身者用の部屋みたいで」


…………………


バカでかい冷蔵庫だけが、この部屋は2人暮らしだと教えている。



「ベッド…1つですね」


「そうですね」


家具や家電はすでに入っていたという裕也専務。

ソファくらい入りそうなのに、それを置いていないのが不思議だけど…



「両親の意図を感じますね」


「…え?」


「ちょいちょい様子見に来るかもしれません」


「それって…」


もうひとつベッドを入れたりソファを買ったり、無理やりダブルベッドを2つにぶった切って使ったりすれば、すぐにバレるということ。


「ソファはベッド代わりに使う…と思われますかね…」


「そうですね」


ということは、この黒いダブルベッドで、裕也専務と一緒に眠れということなのか?



「私はいいですよ、別に。君は小さくて邪魔になりそうにないし」


その言い方は、まるで私を「人間湯たんぽ」くらいにしか見ていないと言われているようだった…



「…私だって別に平気ですよ?」


裕也専務みたいな大人が、私みたいなちんちくりんに何か思うことなんて、あるはずないし。



「決まりですね。…これからよろしくってことで」


こうして私と裕也専務は、狭すぎる空間で、想定外の同居をすることになった。


…それがどれほど自分の心を乱すことになるのか、想像もできないほど、私は子供だったと実感することになる…。


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