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2章…第17話

「右か左か…決めますか?」


「どっちでもいいでしょ」


「じゃ…私は右で」


引っ越してきて、部屋が寝室しかないとわかり、一緒に寝ることを了解した夜。


少ない荷物はあっさりクローゼットにおさまり、引っ越しは呆気なく完了。


裕也専務が夕飯にデリバリーを頼んでくれて、奇跡的に私の分もあることに感動し…順番にお風呂に入った後は、早々にベッドに横になることに。


水色のTシャツと白いハーフパンツ。


寝る時は薄着を好む私は、まさかこんなことになるとは思わず、ちゃんとしたパジャマを持っていなかった。


…しまったっ!


でも裕也専務も同じような格好だから、まぁいいか。


「では、おやすみなさい」


勝手に左側と決められた裕也専務は、ベッドに入るなり明かりを消しまった。


「あの…」


…暗くなると、少しだけ落ち着かなくて、私は慌てて声をあげた。


「どうしました?」


「この後、どうしますか?」


「この後?…何かしてほしいことでも?」


言いながらこちらを向く気配がして、私も同じように裕也専務の方を向いた。


暗がりで目が慣れてきて、切れ長二重に見つめられているのがわかる。


「してほしいというか、ど、同居のルールというか」


「寝る時は…手を繋ぐとかキス…」

「い…いえ!そういうことじゃなくて、お風呂の順番とか、ご飯とか、洗面台を使う順番とか」



慌てて言葉を遮る私に、裕也専務はおとなしく言葉を切り、落ち着いて質問に答えた。



「そんなことなら簡単ですよ」


ジッと見つめた目がふとそらされ、裕也専務は再び仰向けになる。



「食事はそれぞれ、順番はすべて私が先です」


「あゎ…」


裕也専務の目が閉じられたのを見て、それ以上話しかけるのをやめた。


暗がりだけど、ちゃんと人がいるって確認できた…大丈夫。

おやすみなさい、と声をかけて、私も同じように目を閉じた。






…しっかりした大木に抱きついている夢を見ていた気がする。


大木が、私に声をかける。


「…片瀬さん、起きなくていいんですか?」


大木は裕也専務だと気付いたのは、目を開けてしばらくしてから…



「うわぁぁぁぁぉぁ…っ!っっっ!!」


驚きすぎて、ベッドから転げ落ちるところを、とっさに裕也専務に助けられた。


「寝ぼけてます?」


間近に迫る切れ長二重…至近距離だからこそ見えてしまった、うっすら伸びたヒゲ…


そして見た目よりずっとたくましい体…!


自分とはまったく違う生き物だと心から感じた初めてのことだったと思う。


「はいはいはい…!寝ぼけました…大木だと思いました…」


「俺を大木と…?」


「す、すいません!」


私は慌ててベッドを出て顔を洗って頬をペチペチ叩く。


「…あ!裕也専務が先に使うって言ってたの、忘れてた…」


リビングに戻ると、ラグの上にあぐらをかいて、朝のワイドショーをあくびと共に見ている裕也専務の姿が目に入った。


「あの…洗面台…」


「…なに」


あぐらのままゴロンと後ろにひっくり返ってしまったので、慌てて頭を支えなければと近寄った。


「柔らか…」


とっさに膝枕の体勢になってしまった…!


「頭…ゴッツンしそうだったので…」


何やってるんだろ、朝から。


ボーゼンとしてる私の膝の上で、裕也専務は目を閉じてしまう…


…あれ?

役員って、こんなにのんびりしてていいのかな。


「あの、裕也専務、お時間は大丈夫なんでしょうか?」


言いつつ私も時間を確認して…結構ヤバい時間だと気づく。


「…ち、遅刻!」


膝の上の裕也を忘れて立ち上がってしまった。


「…イッテ…!」


振り返ると、膝の上から放り出され、仰向けになってのびてる専務。


そう言えばセットしてないさらりとした髪とか、初めて見る

…というか、こんなポンコツな姿、初めて見る…!


とりあえず着替えようとスーツとストッキングを持ってウロウロした。


どこで着替えよう…洗面室は裕也専務が来るかもしれないし、寝室も…裕也専務が来るかもしれない!



「あ、あの!お風呂場、開けないでください!」


朝シャワーの習慣があったら大迷惑だと思いながら、とりあえずそう声をかけた。





「…ここから電車で3つですよ?」


着替えてリビングに戻ると、裕也専務もワイシャツを着て、ボタンを閉めていた。


「そう…なんですか?」


「昨日言いませんでした?」


まだボンヤリした表情のまま、ワイシャツの襟を立ててネクタイを結び始めた裕也専務。


今日はダークブラウンのスーツにブルー系のネクタイ…


あれ?すごく適当に選んでない?

スーツとネクタイがチグハグな気がする。


しかも、鏡も見ないでネクタイって結べるものなの?

心配になって見ていると…本当に適当に結んで襟元に合わせていた。



「あ、あの、失礼します。さすがに、変です」


「あー…」


ベッドに座ってもらい、1回ほどいて結び直し、襟元を詰めて調整する。

その間、ジッと切れ長二重に見つめられている気がして、生きた心地がしない…



「…あぁっ!」


締め終わって思い出した。


「なんですか…イチイチ声がデカいんですが…」


「すいません…そのネクタイ、今日のスーツに合わないと思います…」


「はぁ?」


早く言え…って雰囲気に耐えられなくて、逃げるように先にマンションを出てしまった。



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