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第21話

「舞楽…たらいま」


「へ…舞、楽?」


ボーっと突っ立っている裕也専務。

おもむろに上着をその場で脱いでしまった…



「…え?あの…これ…」


「舞楽…えへへ…」


なぜか私の名前を呼んで、ヘラヘラ笑いながら、肩をポンッと叩いていく。


…変な酔いかたをしているようだ。


靴を脱いで上がると、廊下を歩きながらスリーピースのベスト、ネクタイを脱ぎ捨てていく裕也専務…



「え…ぇ?ちょっと…!」


仕方なく後から脱ぎ捨てたものを拾って歩き、続いてリビングに入った。



「あの…ハンガーに掛けときますけど…これ…」


裕也専務はテレビの前のラグにあぐらをかいて座っていた。そしてワイシャツのボタンをブチブチ外しながら、ニュース番組を観ながら声を上げて笑っている…


え…全然面白くないけど?

普通のニュースだけど?

季節外れの雪が降って滑って転んだ人が何人…ってニュース…そんなにツボる??


そこでハッと気がついた。


ボタンを外し終えた裕也専務、前をはだけて胸筋と腹筋を惜しみなくさらしながら、ベルトを外し始めてる…!



「ちょーっと待った!!!!」


…放っておいたら、このまま全裸になっちゃうかもっ!


私は正座スライディングで裕也専務に近寄り、こう諭した。



「ここでは脱ぎませんよ?…裕也専務、シャワーを浴びたいなら、どうぞお風呂場へ…」


ベルトは外されたが、ボタンとチャックは死守するよ?!


強い決意の元、裕也専務の手を握る。


すると…



「舞楽、水」


急いで冷蔵庫から水を取り出し、また脱ぎだす前に慌てて裕也専務に渡した。


ゴキュゴキュ…と、水を飲む裕也専務。…喉仏が目の前で上下しています。


ふと…目線が下に行き、はだけたワイシャツから胸元と腹筋が…


なにこれすっごくエッチ…!


私はサッと後ろを向いて立ち去ろうとした。

それなのに…!


「舞楽…傷、平気なのか?」


水を渡すとき、絆創膏が巻かれた指が見えたんだろう。

…でもなんか、様子がおかしくない?

いや、さっきからおかしいけれども。



「ほっぺも…見せてみ?」


肩をつかまれて、正面から覗き込まれる…

半開きの目、口元…

セクシーとは、こんな人のことを言うんだろう。


胸元や割れた腹筋を見ないようにしていたから、自然と裕也専務の目をこれでもかと見返していた。


そして気付いた。



「裕也専務…ずいぶん目が、赤いですね?」


花粉…?春先のアレルギー?



「ん…舞楽のせいで寝不足…」


え。私のせい…?


頬の絆創膏を撫でられ、そのまま両手で頬を挟まれた…



「ま…………」


マジマジと見つめられ、何か言われた気がしたけど…テレビがCMに切り替わって、音が邪魔で聞き取れなかった。






「せめて…ベッドに行ってくださいませんか…?」


水を飲んだあと、止めるのも聞かずシャワーを浴びに行ってしまい、ぶっ倒れるんじゃないかと気になって廊下とリビングをウロウロしていた私。


無事に出てきたけど、テレビの前のラグに座り込んだ姿は、腰にバスタオル、上半身裸…という暴力的な色気を放っていらっしゃるわけで…


私はクローゼットの中の引き出しを勝手に開けて、Tシャツとハーフパンツを取り出して渡す、というサポートをした。


ところが差し出した着替えに「ん…」と短く返事をして、そのまま固まってしまった裕也専務。


あろうことか…そのままポフッと倒れてきて、思わず抱き止めてしまったんですよ…!


ちょっと待て待て待て待て。

裸やん…困るやん…と、脳内を真っ白にして暴れてみるものの、裕也専務は電池の切れた人形のように…私の胸に顔を埋めて眠ってしまった。


しばらくそのままで耐えたものの、力の抜けた男ってのは重いもので…

そーっとラグの上に横たえるので精一杯。


「髪…濡れたままだ…服も着ないと、風邪引いちゃうよね…」


オタオタとドライヤーを持ってきて髪を乾かし、せめて上半身に何か着せよう思うものの、下半身を頼りなく覆っているバスタオルが取れたら元も子もないので…


「取りあえずふかふか枕、そしてお布団…」


ベッドからダブルサイズの毛布と羽布団をもってきて、眠る裕也専務にふわりとかけて…ホッとした。




私はダブルベッドの方で眠ることにするも…そこには私の分の枕がひとつあるだけで、当然上掛けはなにもない。


まだ春先…夜は寒い。

いつものような薄着で眠れるはずもなく、持ってきた荷物の中から、温かくなるアイテムを探した。


結果役に立ちそうなのは、膝小僧まで覆うソックスと長袖シャツ、そしてグリーンのダッフルコート…。


「…むんっ!おやすみ!」


仕方なく身につけられるものは身につけて、ダッフルコートは毛布のようにして上からかけた。


できるだけ丸まって自分を自分で抱き、目を閉じた。




…まさかの酔っぱらい騒ぎで、いろいろと疲れたんだろう。

自分でも驚くほど早く眠りについたらしい。


それを起こしたのは…




石鹸の匂いとたくましい腕、頬に触れる温かいぬくもりと、頭の上に感じる優しい吐息…


そして、背中に回されたしっかりした腕の感触、すでに温かさを孕んだ柔らかい毛布。


あぁ…なんだかすごく、安心する…


ベッドの上で…裕也専務に抱きしめられていたなんて、夢心地の私は、まったく気付かなかった。




ブーブー…と、携帯が振動してる音が聞こえる…

ふと、その場で目を開けた。


「…ん、?」


横向きで、何かの上に覆い被さるように寝ていたらしい。

頬を乗せた何かが規則的に上下している。


それが裕也専務の胸で、規則的なのは彼の呼吸だと気付いたときは、声にならない叫びをあげていた。


しかも足まで裕也専務に乗り上げて、腕はお腹のあたりに巻き付いてる…



なにしとんじゃっ!私っ!


バサッと起き上がると、Tシャツにハーフパンツ姿の裕也専務が確かにそこに寝ていた。


昨日は確か…!?


記憶を辿って別で寝たはずだと思い出したけれど、ちょっと待って今何時?


携帯の時計は8時を少し過ぎてる…


ギョエェェェ…!


「…専務!裕也専務!起きてください!」


バチバチあちこち叩くも、「ん…」というわずかな唸り声しか上げない!目が開かない…!


ベッドをバッと降りてカーテンをシャーッと開け、降り注ぐ朝の光が、裕也専務の目元を照らすと…


やっと、切れ長二重のまぶたが開いた…!


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