ご飯は…これからもずっと、別々で食べるのかな。
お肉を焼くのはやめにしたのは…何だか急に食欲がなくなったから。
出来上がったスープと買ってきたレトルトご飯で夕飯にする。
…洗濯物とか、どうしてるんだろう。
同居して以来、自分の分はコインランドリーで洗って乾かしていた。
マンションの洗濯機にはいつまでも何も出されず、最新機種が埃を被ってる。
洗っていいなら、専務の分もまとめて洗濯するんだけどなぁ。
同居が始まってすぐ、成田さんの嫌がらせや裕也専務の酔っ払い騒ぎがあって、細かいことを聞けてない。
「そう言えば…聖と美波からメッセージが来てたっけ」
いろんなことが立て続けに起きて忘れてた…
携帯を取り出して、聖の携帯番号を表示させた瞬間、着信が鳴り響いてギョッとする…!
この時間に電話とは珍しい…画面には「聖」と表示されていた。
「舞楽?アパートにいないじゃん。…どこに行った?」
「あ…」
まだ2人に言ってない…
言わなくちゃだけど、言いにくい。
「実は、偽装婚約者の件で引っ越してね…アパートは引き払ったの」
「なんだそれ。ずいぶん急だな」
「実は…その…」
裕也専務と同居することになったいきさつをかいつまんで話すと、みるみる聖の機嫌が悪くなっていく…
「あの…聖…?」
「この週末、そのなんちゃら専務ってのに、会いに行くわ」
「…え、あの…それじゃ裕也専務に都合を聞いてみるよ」
「いや。最優先で対応するよう言っておけ」
こういう時の聖は、めっちゃお兄ちゃん。
私がモゾモゾ何か言っても、正論を突きつけて、論破してくる。
「契約しているとはいえ、偽装関係なのに、付き合ってもいない女の子を同居させるなんておかしいだろ」
聖の優しい二重がすごく怖くなってるところを想像して、何も言えなくなった。
電話を切って…まさか同じベッドで
寝てるなんて知ったら卒倒するかもしれない、と思った。
ここは穏便に…聖には内緒にしてもらおう…。
裕也専務が帰ったのは、日付をまたぐギリギリだった。
ガチャっとドアが開く音がして、思わず耳を澄ませてしまう。
また「舞楽…えへへ」なんて言うんじゃないと、様子をうかがった。
「先に寝ていればいいのに…」
リビングに入ってきた裕也専務はちゃんと覚醒していてホッとする。
「すいません…慣れない家で、ちょっと眠れなくて」
そう言ったけど、実は私にはそうできない事情があった。
…本当の理由は、言う必要はない。
「あ…お帰りなさいです」
「はい、ただいまです」
1度寝室に消えた裕也専務が、着替えて戻ってきたので、さっき聖に言われたことを伝えた。
「…家族代わりの幼なじみ、って言ってましたね」
「はい。2歳年上なんですけど、それはもう兄のようなところがあって…」
「いいですよ。週末、お待ちしていると、お伝えください」
「…あの、同じベッドで眠っていることは、内緒にしていただけますか?」
「あぁ…」
「ダブルベッドが1台しかないから一緒に寝ているだけですし、変な誤解を生まないためにも…」
「わかりました。ベッドでのことは、2人だけの秘密ということにしましょう」
意味深な笑顔を向けられた気がして、ちょっとドキン…と胸が高鳴る。
2人だけの秘密って…柳くんには言っちゃったけどね…。
食事のこととか洗濯物のこととか、聞きたいことはまだあったけれど、裕也専務はお風呂に入るだろうからと、言葉を呑み込む。
「まだ何かありそうですね。後はベッドで話しますか?」
「え…?あ、はい」
寝室に入る裕也専務。
あとに続いてベッドに入りながら…
お風呂もシャワーもしないのかな、と思った。
でも…髪がさらっと落ちてた。ほのかに石鹸の香りもする。
どこかで、お風呂に入ってきた…?
さっき出かけてから3時間。
怪しい妄想が脳内に広がる…
裕也専務は…どこに行ってたんだろう。
「掃除洗濯は、専門のスタッフに入ってもらいます。食事は、電子レンジ調理できるレトルトのものが入っていたと思うのですが」
「確かに入ってました。でもあの…料理は苦ではないので、自分でやりたいと思います」
「…どこかへ食べに連れて行け、とか、言わないんですか?」
「え?…言いませんけど?」
裕也専務に食事に連れて行って欲しいなんて…逆に口が裂けても言えない。
…もう十分契約金を払ってもらってるし、逆に私の方が少し返さないといけない気がする。
お金はムリだから…労働とかで。
裕也専務がチラッと私を見た。
「…では必要な買い物は、このマンションのコンシェルジュに頼んでください」
「買い物なら私、自分で行きます。行きたいです」
「そうですか…」
2人でベッドに入って、天井を見ながら話すって…なんか変な感じ。
思いきって、横にいる裕也専務の方を向き、さっき思ったことを口にした。
「もしよろしければ、料理とか洗濯とか掃除…家事全般は私がしますよ?生活費はすべて、出していただくわけですし…」
家賃はおろか、生活費は一銭もいらないと言った裕也専務。
…何もかもお世話になっていいのか、心苦しくもあった。
「舞楽…」
「…え?!」
突然名前を呼ばれて驚いた…!
また酔ってるのかと思ってしまう。
「かたせさん…って言いにくいので、帰ってきたらマイラでいいです?」
なんか急にダルそうに言われたんだけど?
私も、緊張して話していた糸がプツン…と切れた気がした。
「…じゃあ私も、ゆうや、でいいですか?」
「いいですよ。別に」
私の方に横向きになった裕也専務。正面から視線がぶつかって、その目をジッと見つめてみた。
あ、まぶたが落ちそう…
「家事なんかしたら、俺のものだと勘違いするだろ…それが嫌なら…」
眠すぎたのか、敬語が崩れて、話してる途中で寝てしまった…
ずいぶん寝不足だったみたいだからな…。
枕元のライトを消そうと手を伸ばしながら…一瞬…裕也専務の鼻の高さと唇の形を目に焼き付けてしまった。
「おやすみ、ゆうや」
…寝顔は少年みたいで可愛い。
聞こえてないのをいいことに、私はそう冗談を言って目を閉じた。
…裕也専務の寝息を間近で聞きながら、さっきの疑問が浮かんでくる。
…裕也専務、どこでお風呂に入ってきたのかな…。