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2章…第26話

「そんなに食べて…太らないんですか?」


お風呂から出てみると、ダイニングの椅子に座った裕也専務が、さっき買った和菓子を並べていた。



「少し太れたらいいと思うんですけど」


お風呂上がりの、半袖の二の腕をチラっと見られたような気がする…。


腕の太さがバレないように上着を着て、私の前に1つだけ置かれた豆大福を食べようと椅子に座る。



「…先にひとくち食べなさい」


「へ…?」


「イチゴ大福。さっきから熱い視線を送ってるのはバレバレです」


確かに美味しそうだと思って見てたけど…私がひとくちかじった後、裕也専務が食べるの…?


つい受け取ってしまい、つい、言われるままひとくちかじると…



「なにこれ…めっちゃ美味しい…!」


ジューシーなイチゴと小倉あんの上品な甘さが溶け合って絶妙なハーモニー…!



「…返しなさい」


「…あ!」


私から奪い取った残りのイチゴ大福は、ペロリと裕也専務に食べられてしまった…


一瞬で頬に熱が集まる私をよそに、裕也専務は美味しそうに咀嚼してる。


…間接キスとか食べかけを食べるとか、そういうのを意識するのは、私だけ…?



「この週末、幼なじみの藍沢聖と北川美波がご挨拶に来るのでお願いします」


動揺を悟られないよう、私は意識して話を変えた。



「了解してますよ」


生クリームわらび餅が、私の口元に運ばれた。


反射的に口を開けると、するりと滑り込んできたわらび餅の美味しいこと…!



「なにこれ…めっちゃ美味しい!」


さっきも言ったな…と思いながら裕也専務を見ると「もうあげません」と意地悪く言って全部食べてしまった。


でもその意地悪な笑顔が、なんだか意外なほど可愛らしくて…私のキュンは、少しずつ大きくなっている気がする…。





やがて土曜日。

早くに目が覚めてしまった私は、目の前に喉仏が見えてハッとする。


それはもちろん、裕也専務の喉元なわけで。


同じベッドで眠り始めて、起きた時に私に背中を向けていたことがない裕也専務。


だからいつも、どこかしらのパーツが目に入ってドキッとするんだ。


私はそっと仰向けに姿勢を変えた。


すると裕也専務の手がお腹のあたりに伸びてきて…ズズっと引き寄せられてしまった。


へ…っ?寝ぼけてる?

すぅすぅ…という寝息が聞こえる…


そぉ…っと顔を横に向けてみると、長いまつ毛と高い鼻、そして立体的な唇が…ベストポジションで配置されている麗しい寝顔が間近にあった。


綺麗…なんて綺麗な寝顔なんだろう…


こんな近くで綺麗なお顔を見ることができるなんて、お腹に感じる腕の重みもあって、自分は特別だと勘違いしてしまいそうになる。


でも、この近さはあくまでも偽装婚約者という、契約の範囲でのこと。


そう自分を戒めながら、とんでもない契約を結んでしまったと今更思う。


だって、いつまでもこの寝顔を見ていたいと思うから…




2度寝はできず、いつもより早い時間にベッドを出た。


休日はなるべく早起きして、裕也専務にのびのびと寝かせてあげなければ…と思っていたからちょうどいい。




「おはよう。お父さん、お母さん」


引っ越して早々、裕也専務がリビングの一角に両親の居場所を作ってくれていた。


両親の遺影と骨壺に、私は毎朝手を合わせる。


顔を洗いに洗面室に行くと、珍しくランドリーバスケットにバスタオルとTシャツが入っていた。


裕也専務のだろうか…

私も自分の洗濯物があったことを思い出して、思い切って一緒に洗ってしまうことにする。


そこで初めて、洗面室にドアがあることに気づいた。


開けてみると…ベランダに続く通路。洗濯が終わったら、リビングを通らずにベランダに干しに行けるということか…!



「こんな作りのマンションがあるんだ!すごっ」


ひとりごとを言いながら、通路からベランダに出ると、そこが想像以上に広くて驚いた。


それに、洗い上がった洗濯物を吊るすランドリーハンガーも、ベランダに設置されている棚に入っていて、すべてが整えられていることに感心する。


「これ、全部会長夫妻がそろえてくれたんだよね…」


…それなのに実は嘘の関係で、半年後には出ていくなんて。

改めて、罪悪感に胸が痛むのを感じた。


「やっぱり…これからはせめて、家事をさせてもらおう…」


洗濯や掃除もそうだし、料理も。


忙しい裕也専務の役に立つことが、せめて会長夫妻に対する自分にできる罪滅ぼしだと思った。


…ということで、少し冷蔵庫の中身を充実させるべく、買い物に行こうと思い立つ。


はじめに裕也専務が用意してくれたレトルトの食品はあらかたなくなっていたし、料理と買い物は自分でしたいと言ってある。


寝室のクローゼットから上着を出し、裕也専務の寝息を聞いてから、私はマンションを出た。






「…どこに行ったかと思うでしょう…」


買い物を終えて帰ってみると…裕也専務が玄関で待ち構えていて驚いた…!



「すみません…あの、ちょっと買い物に行ってました」


「持ってる物を見ればわかります。…どうして俺を起こさなかったんですか?」


「それは…よく眠ってたし…」


裕也専務は眉間にシワを寄せ、私の手から買い物袋を奪ってしまった。



「これからは言ってください。一緒に行くので」


「え…?でも、お忙しいのに…」


「忙しさなら、俺の専属秘書になった君も同じです。…何より、こんな重いものを持って歩いて…」


ふと手を取られ、手のひらを見られた。


「やっぱり…赤くなってますよ」


…赤いのは、手のひらだけじゃない。急に女の子扱いされたみたいで、照れて頬が熱くなる。



「午後、聖と美波が来るので、クッキー焼きますね…」


赤くなった顔をごまかすように、買い物袋の中から材料を取り出す私。



「クッキーを、焼く?」


新種の生き物でも見るような目で私を見る裕也専務…


え?そんなにめずらしいこと言ってる?



「はい。…あ!ブランチにフレンチトーストも焼きましょうか?よかったら…ですけど」


「はぁ…お願い、します」


冷蔵庫に食材をしまい終えて、裕也専務はベランダに出て行った。


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