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2章…第38話

初めて見る…裕也専務の真剣な顔。

それは、どこか切羽詰まってて、切なげに歪んでる…


「…罰を、与えます」


罰にしては甘い声のような気がする…


返事をする前に、真剣な顔が近づいてきた。唇が触れる直前、切れ長二重が伏せられたのを見て、私も素直に瞼を下ろした。


手首を押さえていた手は、いつしか私の指と絡まりあって、そのままギュッと握られる。


その間にも、触れあった唇は、角度を変えて…お互いの柔らかさを確認するように何度も重なりあった。


…罰、なんて嘘だ。

唇の隙間から滑り込んだ舌は、熱く官能的に口内を愛撫する…

それは、感じたことない…蕩ける感覚。

そっと私の舌を起こして優しく絡め、舌先でなぞる。


少しずつ…キスが強くなる。

吸って、舐めて…

絡めていた指をほどいて、裕也専務の手が、私の頬を包んでそっと撫でた。


「…どこに、泊まった…?」


激しいキスにドキドキして、そろそろ呼吸困難になりかけた時だった。


はぁ…という吐息が、妙に色っぽい気がして恥ずかしくなる。


「ひ、1人で、駅前のカフェに…い、た」


「誰と一緒…?」


肩に近い首の辺りに、裕也専務の指が這う…

ソロソロと撫でられて、くすぐったくて、変な声が出そうになる。



「聖…と、ちょっと話して…」


「…聖?」


一瞬、すべての動きが止まった気がした。


やがて動き出した時、それはまさかの感触で…



唇へのキスだけじゃなかった。

首筋に、耳元に、胸元に、ウエストに…


すべて暴かれるんだと思った。


いつの間にかTシャツを脱ぎ捨てた裕也専務と、下着だけになった私の肌が密着して…擦れて、大きな手が…体を撫でた。


首筋に、覚えのある痛みが走った。

そして胸元に、ウエストに。

チリっとした、痛みが。


私は、拒まなかった。

すべて受け入れたいと思った。


大人に…なりたかった。


聖の気持ちに気付けない子供じゃなくて…知らない間に傷つけた子供じゃなくて。


気付くと…私の頬は涙で濡れていて、裕也専務はそんな私をしっかり抱きしめていた。




「…ごめん」


…様子で、私に経験がないことがわかったんだと思う。


「最後まで、してください…」


恥ずかしさなんてなかった。

ただひとつ、強く思ったこと。


…裕也専務がいい。

初めては、あなたと…



「…勢いで、初めての子を抱けるほど、俺は悪い男になれない」



その言葉は…拒絶なんだろうか。


イメチェンした私を見て、それで求めてくれたんじゃなかったのか。


少しは可愛いと、魅力的だと、女性として見てくれたわけではない?


私はやっぱり、マナさんという人に似てて、その代わりだったの?


私は、裕也専務によって、大人になりたかった。

そんな風に思うことじたい、子供なのかなぁ…


しっかりした胸板に、ギュッと抱きついていた腕の力が抜けていく…


「舞楽…?」


複雑な気持ちだけが、心のなかで渦巻いた。


「す、すいません…。あの、私…」


好きって打ち明ける前から体を差し出そうとしてた…大胆かつ淫乱で、引かれたかもしれない。


それに契約はどうした?

偽装は?半年で、お別れは…?


聖との一件は、思いがけないほど私を動揺させたのかもしれない。


通常の判断ができなくなっていた…


経験もないくせに…最後までシて…なんて。


さすがに恥ずかしくなって、胸元を隠しながら脱がされたTシャツを探した。



「…そんな赤い顔をされると、こっちの我慢も爆発しそうなんだけど」


「…は?」


驚いて、至近距離にいる裕也専務を見上げると、意外にも私と同じような赤い顔と目が合う。



「…我慢が爆発って、どういう意味ですか?」


「そのまんまです。…男という生き物について、少しは勉強してください」


布団の中から自分のハーフパンツを探して履き、こちらを見ずに立ち上がった裕也専務。


「シャワーを浴びてくるので、ゆっくり探しなさい」


言われて視線を向ければ、背中の筋肉が美しい陰影を作ってて、この体に抱きしめられたと実感して叫びそうになった。


とっさに口元を押さえて…

「はい…」と、小さく返事をした。






「…舞楽?」


いつの間にか、眠っていたらしい。

ベッドに腰かけた裕也専務が、私の頬を撫でなから見下ろしている。



「…死んだように寝ないでください。不安になります」


お腹すいてないんですか?…とも聞かれ、もぞもぞ起き上がると、初めて空腹を感じる…。


「…はい。…すきました」



促されてリビングに行くと、シチューが用意されていた。




「…文句言ったら暴れますからね?」


「え?裕也専務が、作ったんですか?」


「そうですが何か?」


「…いえ、意外と庶民的なものを作るんですね…それにご飯にかけちゃうなんて…」


食べ方が私と同じです…と続けると、裕也専務は意外なことを教えてくれる。


「私の母はごく普通の家庭で育った人ですから」


お嬢さま、というわけではない…と聞いて、私は自分の気持ちが揺らぐのを感じた。


今回はなぜか私を偽の婚約者に仕立てて回避したけれど、裕也専務は大企業の2代目として、それなりの家柄の人と結ばれるはず。


でも、現会長婦人がお嬢さまじゃないと聞いて…私は自然とそこに自分を当てはめようとした。


私…そんなふうに、思ってるの?

契約関係が、偽装関係が、私たちを縛ってるのは明白なのに…




「あの…いろいろと、すみせんでした」


突然の謝罪は、今感じた揺らぎを消したいから。


そして、突然の外泊についても。




「こちらこそ…いろいろすみません」




裕也専務からの謝罪は、胸にズシンと、重くのしかかった…


未遂に終わった行為のことが含まれているのは確実だから。



「美味しいです!ご飯固いけど!」


そんな気持ちを隠すように、私は大きな口を開けてシチューを頬ばった。



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