初めて見る…裕也専務の真剣な顔。
それは、どこか切羽詰まってて、切なげに歪んでる…
「…罰を、与えます」
罰にしては甘い声のような気がする…
返事をする前に、真剣な顔が近づいてきた。唇が触れる直前、切れ長二重が伏せられたのを見て、私も素直に瞼を下ろした。
手首を押さえていた手は、いつしか私の指と絡まりあって、そのままギュッと握られる。
その間にも、触れあった唇は、角度を変えて…お互いの柔らかさを確認するように何度も重なりあった。
…罰、なんて嘘だ。
唇の隙間から滑り込んだ舌は、熱く官能的に口内を愛撫する…
それは、感じたことない…蕩ける感覚。
そっと私の舌を起こして優しく絡め、舌先でなぞる。
少しずつ…キスが強くなる。
吸って、舐めて…
絡めていた指をほどいて、裕也専務の手が、私の頬を包んでそっと撫でた。
「…どこに、泊まった…?」
激しいキスにドキドキして、そろそろ呼吸困難になりかけた時だった。
はぁ…という吐息が、妙に色っぽい気がして恥ずかしくなる。
「ひ、1人で、駅前のカフェに…い、た」
「誰と一緒…?」
肩に近い首の辺りに、裕也専務の指が這う…
ソロソロと撫でられて、くすぐったくて、変な声が出そうになる。
「聖…と、ちょっと話して…」
「…聖?」
一瞬、すべての動きが止まった気がした。
やがて動き出した時、それはまさかの感触で…
唇へのキスだけじゃなかった。
首筋に、耳元に、胸元に、ウエストに…
すべて暴かれるんだと思った。
いつの間にかTシャツを脱ぎ捨てた裕也専務と、下着だけになった私の肌が密着して…擦れて、大きな手が…体を撫でた。
首筋に、覚えのある痛みが走った。
そして胸元に、ウエストに。
チリっとした、痛みが。
私は、拒まなかった。
すべて受け入れたいと思った。
大人に…なりたかった。
聖の気持ちに気付けない子供じゃなくて…知らない間に傷つけた子供じゃなくて。
気付くと…私の頬は涙で濡れていて、裕也専務はそんな私をしっかり抱きしめていた。
「…ごめん」
…様子で、私に経験がないことがわかったんだと思う。
「最後まで、してください…」
恥ずかしさなんてなかった。
ただひとつ、強く思ったこと。
…裕也専務がいい。
初めては、あなたと…
「…勢いで、初めての子を抱けるほど、俺は悪い男になれない」
その言葉は…拒絶なんだろうか。
イメチェンした私を見て、それで求めてくれたんじゃなかったのか。
少しは可愛いと、魅力的だと、女性として見てくれたわけではない?
私はやっぱり、マナさんという人に似てて、その代わりだったの?
私は、裕也専務によって、大人になりたかった。
そんな風に思うことじたい、子供なのかなぁ…
しっかりした胸板に、ギュッと抱きついていた腕の力が抜けていく…
「舞楽…?」
複雑な気持ちだけが、心のなかで渦巻いた。
「す、すいません…。あの、私…」
好きって打ち明ける前から体を差し出そうとしてた…大胆かつ淫乱で、引かれたかもしれない。
それに契約はどうした?
偽装は?半年で、お別れは…?
聖との一件は、思いがけないほど私を動揺させたのかもしれない。
通常の判断ができなくなっていた…
経験もないくせに…最後までシて…なんて。
さすがに恥ずかしくなって、胸元を隠しながら脱がされたTシャツを探した。
「…そんな赤い顔をされると、こっちの我慢も爆発しそうなんだけど」
「…は?」
驚いて、至近距離にいる裕也専務を見上げると、意外にも私と同じような赤い顔と目が合う。
「…我慢が爆発って、どういう意味ですか?」
「そのまんまです。…男という生き物について、少しは勉強してください」
布団の中から自分のハーフパンツを探して履き、こちらを見ずに立ち上がった裕也専務。
「シャワーを浴びてくるので、ゆっくり探しなさい」
言われて視線を向ければ、背中の筋肉が美しい陰影を作ってて、この体に抱きしめられたと実感して叫びそうになった。
とっさに口元を押さえて…
「はい…」と、小さく返事をした。
「…舞楽?」
いつの間にか、眠っていたらしい。
ベッドに腰かけた裕也専務が、私の頬を撫でなから見下ろしている。
「…死んだように寝ないでください。不安になります」
お腹すいてないんですか?…とも聞かれ、もぞもぞ起き上がると、初めて空腹を感じる…。
「…はい。…すきました」
促されてリビングに行くと、シチューが用意されていた。
「…文句言ったら暴れますからね?」
「え?裕也専務が、作ったんですか?」
「そうですが何か?」
「…いえ、意外と庶民的なものを作るんですね…それにご飯にかけちゃうなんて…」
食べ方が私と同じです…と続けると、裕也専務は意外なことを教えてくれる。
「私の母はごく普通の家庭で育った人ですから」
お嬢さま、というわけではない…と聞いて、私は自分の気持ちが揺らぐのを感じた。
今回はなぜか私を偽の婚約者に仕立てて回避したけれど、裕也専務は大企業の2代目として、それなりの家柄の人と結ばれるはず。
でも、現会長婦人がお嬢さまじゃないと聞いて…私は自然とそこに自分を当てはめようとした。
私…そんなふうに、思ってるの?
契約関係が、偽装関係が、私たちを縛ってるのは明白なのに…
「あの…いろいろと、すみせんでした」
突然の謝罪は、今感じた揺らぎを消したいから。
そして、突然の外泊についても。
「こちらこそ…いろいろすみません」
裕也専務からの謝罪は、胸にズシンと、重くのしかかった…
未遂に終わった行為のことが含まれているのは確実だから。
「美味しいです!ご飯固いけど!」
そんな気持ちを隠すように、私は大きな口を開けてシチューを頬ばった。