目次
ブックマーク
応援する
12
コメント
シェア
通報

2章…第43話

「この後、出かけます。…遅くなっても帰りますが、夕食は1人で食べてください」


出かけにキスを落とされて、数日後の休日。


着替えた姿は…いつものスーツ。

メガネはかけていなかった。

今日はコンタクトなのかな…


「…1人で、はい」


仕事関係のお出かけなんだろうか…

秘書は…必要ないよね。


裕也専務は私の返事を聞いて、少し考えるように間を開けた。



「…1人で夕食を取るのが寂しいなら、友達を誘って出かけてもいいですが…」


「…はい」


「聖を誘うのはナシで。…というか、聖と2人で会うのは今後禁止。家族的な人物と聞いて、はじめは許可しましたが、撤回です」


ニコリともせず、バッサリそう言って、裕也専務は私の返事を聞かずに行ってしまった。


聖の気持ちを聞いて、あんなキスをされて、私も今までみたいに気軽に誘えなくなってた。


別に出かけたいわけでも1人でご飯が寂しいわけでもない。


私は冷蔵庫の中身と相談しながら、

1人分の夕飯を作ることにした。



………………………

    ……………………………


1人になると、数日前のキスの意味を考えてしまう。

怖くて聞けないけど…

どうしてキスをしたんですか?

…なんて。



ぼんやりそんなことを考えながら…異変を感じたのは、お風呂から出て髪を乾かした後。


スイッチを入れたテレビから、連続ドラマが放送されているのを、何気なく見ている時だった。




「こんばんは…舞楽ちゃん、いるかな?」


…ギョッとした。

男性の声が、玄関の方から聞こえる。


慌てて廊下に出た。

いつものハーフパンツとTシャツ姿だったが…気にしていられない。



玄関先に、にこやかな笑顔で、気さくに手を振っている男性が立っていた。



「…え。吉成さん?」


後ろに裕也専務がいるのかと思い、遠目で覗き込んだけど、誰もいないようだ。



「脅かしちゃったかなぁ…ごめんね!」


「…え、あの、はい」


戸惑ったのは、どうぞ…と言う前に、吉成さんが…上がってきたから。




「あの、裕也専務はお出かけされてるんですけど…」


勝手にリビングに入る吉成さんを追うように、後ろから声をあげる。



「…うん、知ってるよ」


迷いなくリビングに入り、勧めもしないのにダイニングテーブルに座ってしまった。


そこには、食べようと思って作っておいたみかんゼリー。



「裕也がどこに行ってるか、知らないんだ?」


吉成さんは天気の話でもするように言う。



「はい…」


吉成さんは、本当は私が偽装の婚約者とは知らない。

だからそんな風に聞くんだろうけど、大事なことは何も知らないと思い知らされるようで…少し胸が痛んだ。



「あの、お茶でも…」


「うん。ありがとう」


なんとも言えない居心地の悪さから逃れるように、私はキッチンに行った。



吉成さんは何も気にしていない様子で、リラックスしてお茶を飲み始めた。


…どうして来たんだろう。

裕也専務がいないのをわかってて。



「うまい紅茶だねぇ。…裕也の奴、わざわざ君のために取り寄せたのかな?」


人懐っこい笑顔を見せる吉成さん。



「いえ…私のためというか…」


はじめから置いてありました、とは言えない。


会長夫妻に同居を勧められて、引っ越して来た時にはすでにあった紅茶。


私も何度かいただいたけど、今まで飲んでいた紅茶はなんだったのかと思うほどいい香りがした。




吉成さんは私を相手にいろんな話をしてきた。


このマンションでの暮らしとか、専務秘書になってどうか…など。


「舞楽ちゃんが裕也のとこの社員じゃなければ、きっとうちのNo.1になってたのにね?!」


そういえば吉成さんは、副業をしていたクラブ「LUNA RUNE」のオーナーだ。


面接をしてくれたのはママだったし、オーナーとしての吉成さんを知らないけど。



「…私の素性を知らせて…裕也専務はその後、すぐに私を逮捕しに来たんですか?」


「…逮捕!アハハっ!面白い言い方をするね!」


一緒に笑って、少し意外な事実を知った。


「裕也、何度か通ってきたよ。…遠目で君をジッと見て。なんだろう、観察してるというか、見惚れているというか」


…知らないうちに、何度も振る舞いを見られてたとは。


視線の先に、その時も真奈さんがいたのか…私はつい気にしてしまう。


「裕也専務…いえ、裕也さんと吉成さんご夫婦は、3人共仲良しだったんですよね?」


大学が同期だと聞いた。

裕也専務にはなかなか聞けない話を切り出してみる。



「そこ聞く?なかなか辛いなぁ…」


「…え、辛いって…」


「裕也とうちの奥さん、大学の時からお互いに好きだったみたいだよ?」


そんなに前から両思いだったとは…



「それじゃ…当時からお付き合いを?」


「いや、実は俺たち3人、高校からの持ち上がりで大学に入ったのよ。だから俺に、気を使ったのかなぁ…」


大学の時は付き合っていなかったと、過去を思い出すように話してくれる吉成さん。


「実際に付き合い始めたのは、卒業した後の同窓会で再会した時らしいよ?…25歳の時かなぁ」


「…お互いに好きだったのに、それまで連絡取らなかった…?」


気持ちを伝えなかったんだ、裕也専務も、真奈さんも…


「俺のことを気にして、付き合うには至らなかったんだよ。体は先に食っちゃったくせに」


…初めて、吉成さんが素直な感情を表情に乗せた気がした。


食っちゃった、というのは、体の関係…


「真奈の方は処女じゃなかったらしいから、お盛んなもんだ。後で真奈本人に聞いたよ」


吐いて捨てるような言い方…

真奈さんも、旦那さんにそんなこと言うなんて。


それにしても、ここで2人でしたい話じゃない。


つい、気になる事を聞いてしまったけど、まずい話題を選んでしまったと悔やんだ。



「…裕也の方は、初めてだったらしいぜ?」



さっきの話の続き。

トクン…と、心臓が跳ねる…

そんなこと、もう聞きたくない。





それより…

気づいてしまった。





吉成さんは、どうやってこの部屋に入ったの?



…私が、玄関のドアを開ける前に。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?