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2章…第46話

「かーわいっ!ブカブカの晴れ着を着た小学1年生みたい!」


裕也専務の上着を着せられたまま、自分のデスクに戻ると、やっぱり…星野さんに冷やかされた。


「なんか…ちょっと風邪を引いたみたいで…でもその…着るもの持ってきてなくて、それで裕也専務が…」


しどろもどろで言い訳みたいなことを並べてしまう…




「ところで体調はよくなったの?」


「はい。朝から、お騒がせしました」


「今日は僕が裕也専務に同行するから。片瀬さんは定時で上がって」


さっき裕也専務もそう言っていた…と聞いて、私は素直に頭を下げた。


そんな私に、星野さんはチラッと執務室を見てから近づいてくる。


それは裕也専務の目を気にしているようで…



「聞いてる?吉成夫妻と裕也専務、高校からの同級生って」


「はい。あの…」


昨日、吉成さんから聞いたことを思い出して、詳しく話そうと思ったら…


「星野さん、今日のミーティング資料をお願いします」


突然執務室が開いて、裕也専務が顔をのぞかせてので、私は慌てて星野さんから離れた。


「…何を慌てて離れてるんですか?」


ギロリと睨まれて怖い…

メガネを通さない視線は、やっぱり鋭くて、ちょっとだけ怖い。


「やっぱり…メガネをかけていた方が、少しは怖くないので、いいと思います…」


ついそんなことを言ってしまえば、片方の眉を上げ、すました顔で言う。


「怖くない…?メガネの方がカッコいいって言ったくせに…」


…言い方がお気に召さなかったらしい。


星野さんは資料を持って執務室へ向かい、私はその場に1人になった。




一面ガラス張りの窓に自分がうっすら映ってるのが見える。


タイトスカートに黒いパンプス、そしてサイズ感がバグってる上着…。


「…変な格好…!」


でも…

嬉しかった。


裕也専務の香りがする上着。

上質な生地は、私が着るには贅沢だけど、本人に包まれているみたいで…本当に嬉しい。



やがて2人は出かけて行った。

1人になって、自分で自分を抱きしめながら思った。


昨日裕也専務は外泊して、どこに泊まったのか詳細はわからないけど。


それでも私は、裕也専務が好きだ。


…契約違反。

俺を好きになるなって言われてたのに。


誰と、どこにいたかは…いずれきちんとした形で話すって言ってた。


誰と、ってことは、1人ではない、ということで。


それでも…もうこの気持ちを、なかったことにはできない。



「…というか、仕事しなきゃだよね。うん」


星野さんに会議の資料をまとめるよう言われていた。


一旦邪念は置いといて、私は姿勢を正してパソコンに向かった。



………


会議の資料が出来上がり、後はチェックしてもらうだけとなったところで、言われた通り、今日はもう帰ることにする。


ソロソロと…着ていた上着を脱いで…ここには自分しかいないのに、ついあたりをキョロキョロしてしまう。


誰も見ていないのを確かめて、上着をギュッと抱きしめた。


…同じベッドで寝起きしてるのに。触れ合ったことも、抱きしめられた事もあるのに。


上着を抱きしめることは、とても特別なことのように思えた。

言うなれば、自分で自分の気持ちを認めた瞬間。


幸せな気持ちに浸りながら…私は上着をハンガーにかけて、デスクの後ろのラックにかけた。


「お疲れさまでございました」


私は誰もいない専務役員室に頭を下げた。




…急に上着を脱いだからだろうか、

妙に寒気がして、私は腕をさすりながらエントランスまで降りた。


大きく社名が入った壁の前には受付があり、向かいは全面ガラスで外の景色が見えるようになっている。


私は受付の前を挨拶しながら通り過ぎ、ふと視線をやった先に意外なものを見て、あっ…と、声を上げそうになった。


ソファやテーブルが並んでいる片隅で、隣り合わせの椅子に座り、何やら話している2人の女性に見覚えがある…


成田さんと、真奈さんだ。


午前中来たときは、吉成さんとのランチミーティングに、自分も参加するようなことを言っていた。


…ここにいるということは、それが終わって、もう一度来たということ?


…なんのために?

それに、成田さんと知り合いだとは意外だ。


2人の共通点は裕也専務…。


気になりながらも、そばに寄っていくわけにはいかない。

私は気づかないふりをして、足早に通り過ぎた。




マンションに到着する頃には、悪寒がひどくなり、頭痛までしてきた。

…それに何だか、だるい。


今日は念入りにお風呂掃除をしようと思ってたけど、ちょっと無理そう。


掃除はロボット掃除機が自動で終わらせてくれるけど、お風呂はまだまだ手動だ。


いつもなら何の苦も感じない家事だけど…今日は料理以外できそうにない…


玄関を開けて…とりあえず1枚何か羽織ろうと思いながら靴を脱いだ。


スリッパを履いて、リビングを開けたところで…一瞬すべての動きと思考が止まった気がする。




誰もいないはずなのに、リビングに人影がある…

背格好から、裕也専務ではない。




「…どうしてここに、いるんですか?」


慌てて寝室を確認するも、そこに裕也専務はいない…。


この部屋に2人だけだとわかると、恐怖で心臓が高鳴り、足がすくんでしまう。


その人は、緊張する私の神経を逆なでするように…この場の空気に似合わない笑顔を見せた。


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