「その真相を聞くために、ここに来た」
聖は、裕也専務に会うために来たらしい。
「今日、話があるって連絡したら、エントランス解除の暗証番号を聞いた。…まさか知らない男が上がり込んでるとは、驚いたよ」
玄関ドアの脇の小窓が開いていて、そこから吉成さんの話が聞こえたという。
チラっと縛り上げた吉成さんを見下ろした聖。
裕也専務と一緒にホテルから出てきたのがどんな人だったか、聞くのは怖かった。
でも吉成さんの話を否定するチャンスかもしれない。
真奈さんではない…別の女性の可能性もある。
どんな人だったのか、沈痛な面持ちで聞いたのを、聖は気づいてくれるだろうか…
「…ストレートのロングヘアで…髪が長い時の舞楽に少し…」
そこまで言った聖の言葉に、吉成さんが突然バカ笑いを被せてきた。
「…だから言ったろ?俺がお膳立てしてやったんだよ!まんまとノリやがって、2人ともクソだな!」
鈍器で頭を殴られる…とは、こういう時の事を言うのかもしれない。
私は聖に手を引かれるまま、部屋を出た。
…後ろでいつまでも、吉成さんの笑い声が聞こえた気がした。
到着したのは聖のマンション。
「取りあえず…布団敷いてやるから」
少し前なら、こんなに具合が悪ければ、迷わず自分から聖のベッドに潜り込んでた。
でも今は…
聖が手早く布団を敷いてくれるのがありがたい。
そして洗剤のいい匂いがするジャージとシャツを手渡してくれた。
「スーツじゃ寝れないだろ。汗かくだろうし」
素直に着替えさせてもらって…倒れるように布団に横たわっている間に、市販の風邪薬を買ってきてくれた聖。
ひたすら…眠るしかなかった。
頭は新しい情報でいっぱいで、早く整理したいのに。
真奈さんとの不倫は本当なのか。
どうして不倫なんてしたのか。
真奈さんのことが好きだったのなら、どうして手放してしまったのか。
私は、身代わりだったのか。
それと同時に、友人の妻になった好きな人を見ているのは、どんなに辛かっただろうと思う。
変な夢を繰り返し見ていた気がする。
時々リビングから聖が様子を見ている気配がしたけど…目が開けられなかった。
何度か、おでこに手を当てられ、そのまま頭を撫でられる気配。
そして布団を飛び越えて、ベッドに横になったのは、聖だ。
朦朧としてるのに、どうして裕也専務と間違えないんだろう。
…違うから。
撫でる手のぬくもりが。
息づかいが。
見つめる視線の熱さが。
それに、裕也専務とは同じベッドで寝るから…飛び越えていく人は、裕也専務じゃない。
ハッキリ目を覚ました時には、窓の向こうが夕暮れになっていた。
どのくらい眠ってたんだろう…
引き戸が閉まってるけど、その向こうに、聖がいる気配はある。
ヨロヨロ立ち上がって、無事生還したことを伝えようと引き戸を開けた。
「…やっと起きたか…!」
立ち上がって、そのまま私を抱きしめる聖。
「いつまで寝てるんだろうと思った…もう少しで、医者呼ぶところだった」
「心配を…かけて…」
「いいから!…お粥でも作ってやる。あと、風呂…入るか?」
「あ…」
今までなら、何の遠慮もなく、言われる前に入ってた。
でも…それはさすがに…躊躇してしまう。
「俺を信用できない?…そこまでクズじゃねぇぞ?」
自分の気持ちを打ち明けたことで、私が今までみたいに振る舞えなくなっているのを、聖も感じてる。
「そういうわけじゃない…けど」
「だったら変なこと心配してないで、ゆっくり入ってこい」
王子様みたいな顔で微笑んで安心させて、私をお風呂場に送り出すのはさすが…
お風呂から出ると、キッチンがいい匂い…
「けっこう回復してそうだから、玉子雑炊にしてやった」
「ありがとう…聖!」
2人で食べながら、思う。
私は小さい頃から、疲労や心の負担でも熱を出すことがあって、まずはゆっくり眠ることが一番の薬になる事が多い。
だから、私の体質をよくわかってる聖は、そんな私をすぐに医者に診せなかった。
今回も、正解。
食べながら、横にいる私の様子をさりげなく見てくれている優しいまなざしに気づいて、本当にほっこりする。
…同時に、チクチク、さっきから胸が痛い。
聖はわざと言わないのかな…
私が眠り続けた丸1日近い間に、裕也専務から連絡はなかったのか…
携帯をマンションに忘れてきたらしく、見当たらなかった。
トイレで留守電を残して、洗面室のどこかに置いた記憶がある。
バッグだけ持って、携帯を持ってこなかった。
あの後、吉成さんはどうなったんだろう。
そして裕也専務は、携帯に残した私のメッセージ…聞いてないのかな。
「あのさ…聖」
たまらず、聖に確認したくなる。
「裕也専務から、連絡は…」
「…ん、俺の方にはない」
やっぱりか…
まさか、私が聖と一緒にいるとは思ってない?
家に帰って吉成さんが縛り上げられてるのを見て、どういうことだと詰め寄らないんだろうか…
そうすれば、私がどこにいるかわかって…
迎えに来てくれたりしない?
「…なにその現実見てない顔。やけ酒でも何でも付き合うから、少しは裕也専務を疑うこと…覚えろよ?」
玉子雑炊を頬張り、わざと返事ができない風を装った。
疑う…
私はやっぱり、真奈さんに似ているから選ばれた偽装婚約者。持ちかけられた契約…?
キスも、ハグも、途中で終わった行為も…私の向こうに真奈さんを見ていたから…
悲しい思いが現実味を増し、玉子雑炊が…涙の味に変わっていく。