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2章…第49話 Side.聖

頬を赤くして、仰向けに横たわる舞楽。

子供の頃と変わらない無垢な寝顔。


おでこに手を当てて熱さを計りながら、髪に触れ…そっと頬に伸ばした。


どうしてこの子が、こんな目に遭うのか…あの吉成って男は何者なんだ。



熱が出て苦しそうな舞楽に、詳しい話は聞けなかった。

ただ、裕也専務の友人であり、取引先の社長である…ということだけ。


それがなぜ、裕也専務の留守に部屋に上がり込んで、舞楽を襲うようなことを…





昨夜見たことは、俺も何かの勘違いかと思った。


バーでの仕事終わりに、馴染みのサラリーマンの客に相談に乗ってほしいと言われた。


別に用もないし、気軽にOKして一緒にバーを出て、帰る道とは反対の方向へ歩いた。



「聖さんって、すごいイケメンなのに気さくで兄貴っぽいですよね?優しそうで、話しやすいっていうか」


「そうですかね?…幼なじみには『王子様キャラ』とか言われますけど」


「あ…それだ!ちょっと悪そうな見た目なのに、品があるっていうか。育ちがいいって感じです!」


人によく言われることを並べられ、自分を自分で評価する見方と、それはずいぶん違うと気づかされる。



「…あ!そこです。うまいカクテル出してくれるとこ!」


どうせなら、仕事のプラスになるようにと、誘ってくれた隠れ家のようなバー。


それは、そびえ立つシティホテルを過ぎた脇道に入ったところにあるらしい。


横断歩道で立ち止まった場所から、入り口をライトアップさせている、黒いドアのバーが目に入った。


何気なく見ていたその時、シティホテルから、長身の男と、その腕に抱きつくように絡まる女が出てくるのが見えた。


遠目でも目を引く男…

なんとなく目を離せずにいると、通りに出て立ち止まり、女がさらに絡みつき、その唇に唇を寄せているのがわかる。


男は瞬間的に顔を背けたようだが…それにしても、だ。

夜遅いとはいえ人目がないわけじゃないのに、よくこんなにあからさまにイチャイチャできるもんだと内心呆れた。


…が、少しずつ近づいて気がついた。男の方に見覚えがある。


裕也専務…?


女の方は、知らない顔だが、ロングのストレートヘアで、少し舞楽に似ている気がした。


恋人はいない、と言っていたのに、やっぱりいたのか。

…それで舞楽をあのマンションに囲って偽装婚約者なんて、何を考えてるんだ?


俺は現場を見たことを本人に知らせてやろうと、少し歩みを早めた。


…が、そこへタクシーがやって来て、裕也専務は素早く乗り込んでしまった。


彼女をエスコートもせず、さっさと1人で。


なんだ…?

遊びの女か?


見ていると、女は負けじと一緒に乗り込んで…タクシーはそのまま走り去っていった。



「…知り合い、ですか?」


じっと見ていたことに気づかれ、不思議そうに言われて焦る。


「いや、なんでもないです」と言って歩き出したが…


今見たものはなんだったのか。

どちらかというと、女の方が夢中で、裕也専務は塩対応だった気がするが。






「聖です。忙しいところすみません」


翌日、すぐ裕也専務に連絡した。

初めて顔を合わせたあの日、連絡先を交換していたので、電話するのは簡単だ。



「いや、かまいませんが、何か?」


「昨夜、お見かけしたんですよ。女性と一緒にホテルから出てきたところを」


裕也専務はまったく慌てず、言い訳めいたことは一切言わなかった。



「それについては、マンションで話しましょう」


舞楽はエントランス解除の方法を知らないから、と…解除のための暗証番号を教えてくれた。


マンションで…とは。

俺が何を言いたいかわかるだろうに、わざわざ舞楽のいるところを指定するとは、隠す気がないのか…



予定より少し早めに到着して、言われた通り暗証番号でエントランスをくぐった。


連絡しておいてくれたのか、コンシェルジュも笑顔で会釈してくる。


それなのに上がってみたらあの事態だ。

知らない男に羽交い締めにされている舞楽を見て、血の気が引いたが…


聞こえてきた話に、もっと驚いた。



「…不倫。俺と結婚してからも、真奈は裕也とよろしくヤッてんの。俺が知らないと思ってるみたいでさ!」



聞いた瞬間、昨夜女に抱きつかれていた裕也専務を思い出した。


あれは、不倫の密会だった…?


ドアの前で、一応舞楽に連絡を入れる。…と同時に舞楽の叫び声が聞こえて、とっさにドアに手を掛けると、呆気なく開いて…舞楽に抱きつく男を引き剥がす。


一瞬見ただけでわかった。

舞楽、熱を出している。


いったいこれは…どうなってるんだ?




…安心して眠る舞楽

閉じられた瞳の目尻から、涙がこぼれてくるのを見た。


どんな夢を見ている…?


裕也専務を好きになってしまった…と言ったあの夜の舞楽を思い出す。

どこか覚悟したような、きっぱりした表情なのに、頬を染めて…恥ずかしそうに俺を見て。


たまらず告白をしてキスをしてしまったけれど、舞楽の気持ちを無視するつもりは、俺にはサラサラない。


ただ後悔していたのは、いつまでも兄貴ヅラして、本当の思いを隠してきたこと。


それが…こんな結果を招いた。


一緒に暮らすことになったのは想定外だと聞きながら、あのコンパクトな部屋を見て、いずれ2人が近づくような気がしていた。


なのに、俺はそれを、ぶち壊すことができなかった。


裕也専務が、舞楽を傷つけることはないと断言したから…それだけが救いだったのに。


このザマはなんだ…?


…俺は、裕也専務を許さない。




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