「相変わらず…食い意地は張ってるな。…まだなんか食べたそうだけど?」
玉子雑炊のレンゲを咥えて聖を見つめていたら、そう言われたけど…
「そうじゃないよ…私は…」
「わかった。チョコミントのアイスだろ?…買ってきてやるよ」
「うっ…」
それを言われると、グッと詰まってしまう。
私は子供の頃から、熱が下がった後はチョコミントアイスを食べたがる子供だった。
それは、大人になった今も変わってないけど…今聖を見つめたのは、チョコミントアイスが欲しいからじゃない。
本当は聖もそれをわかってるのに、わざとアイスに話を持っていった気がする…。
「熱出して朦朧としてたから、もう一度聞きたいの。…聖、裕也専務の何を見たの?」
チョコミントのアイスを3種類も買ってきた聖。
カップと棒つきと、ソフトクリームと。
迷わずソフトクリームのチョコミントを選んで、迷う前に切り出した。
「昨日、それでマンションに来たんでしょ?」
「うん、まぁな。舞楽には、嫌な話かもしれないけど…」
聖は、裕也専務が外泊すると連絡してきた一昨日の夜、シティホテルから女性と出てきたという裕也専務を見たという。
「昨日は裕也専務に事実確認をするはずだった」
女の人と、一緒に出てきた…ホテルから。
それがどんな可能性のあることなのかはわかってる。
「俺がマンションに行くことを知ってるのに、連絡もないって…何やってんだ、あの人」
…もしかして、帰ってない?
裕也専務が、理由もなく聖との約束を破るはずない。
そこで、昨夜の吉成さんの様子を思い出し、途端に不安になる。
吉成さんは、自分の嫁と裕也専務が関係していて、面白くなかったはず。
そんな2人が会ったらどうなる…?
私が熱を出したことと、吉成さんの奇行に驚いたことで、私たちはマンションを出てきてしまったけれど…
「まさか…」
2人きりで部屋で鉢合わせて…殴られて怪我でもしていたら。
今日は休日だし、早井さんも星野さんも、裕也専務に異変があっても気づかない。
「…私、いったんマンションに戻ってみる」
「は?なに言ってるんだ?熱下がったばっかりだろ」
突然立ち上がった私を、聖は慌てて止めた。
そこへインターホンが鳴り、ハッとする。
「舞楽…あんた大丈夫なの?」
やってきたのは美波だった。
「連絡しても全然繋がらないから!もしかしたらと思ったら、ホントに聖のとこにいるなんて…」
「うん…なんかお騒がせして、ごめんね」
申し訳ない思いでいっぱいで…私は思わず、ため息をついた。
「…なによそれ!不倫してて舞楽と契約して、あんなマンションに囲ってたってこと?ずいぶんひどい奴じゃない?」
聖が美波にも、自分が見た裕也専務のことを話した。すると予想通りの反応が返ってくる。
でも私は…
裕也専務に直接話を聞くまで、信じたくないと思っていた。
…心のなかに、真奈さんがいることは事実だとしても、今も不倫してるなんて、信じられない。
真奈さんらしき人とホテルから出てきただけであって、本当はまったくの別人かもしれない。
せめて、そうであってほしい。
聖の話を信用しないわけじゃないけど、その可能性はまだ…ある。
…どちらにしても、私の失恋は決定だけど。
また…頭がガンガンしてきた。
頬が熱く、体は寒さを覚える。
私の様子から、すぐに異変に気づいた聖が、一旦たたんだ布団をもう一度敷いてくれた。
「シーツ替えといたから。横になってな」
「うん、ありがとう」
美波には「ごめん」と謝って、聖の寝室に敷かれた布団に横になる。
目を開けているだけで頭痛が強くなる気がして…私は目を閉じて、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「…なんで聖が預かるのよっ!」
美波の声で目が覚めた。
「あんな危ないマンションに置いておけない」
「だからって…!聖は舞楽に、フラれたんじゃないの?」
…少しずつ意識がハッキリして、引き戸が少し開いていることに気づいた。
2人は言い争ってるみたいだ。
…私のことで。
「もう諦めなよ!舞楽のことなんて!」
美波の言い方がいつもより強い気がする。
「フラれても、舞楽を思う気持ちは…」
聖の言葉が途中で切れた…
ふと視線を向けると、その光景が目に飛び込んでくる。
美波が、聖にキスをした…
「自分ばっかり苦しそうにしないでよ…」
「…美波」
驚いた顔の聖。よっぽど意外だったんだろう。だって美波には…
「お前、彼氏いるだろ。こんなことして…」
「いないよ!本当は彼氏なんていないもん!」
「…はぁ?」
距離を取ろうとした聖に、美波はもう一度キスをしようとして…
私は視線を外した。
2人のこんな場面、勝手に見ちゃいけない。
美波は、聖のことが好きだったんだ…彼氏がいるというのも、嘘…
「いい加減にしろって。美波のことは、幼なじみとしか見れない」
聖がきっぱり言う声が聞こえた。
「…だったら、聖なんかもう1回フラれちゃえばいいよ!…裕也専務、絶対ここに迎えに来るよ?」
美波はそう言い残して、部屋を出て行った。
私は思わず立ち上がって引き戸を開け、美波が出て行ったドアを見つめ、次に聖を見た。
今の美波とのやり取り、全部聞こえちゃった…って、言ったほうがいいかな。
「見てた…?」
聖がなんだか疲れたように言う。
「うん…ごめん。戸が少し開いてて、話も聞こえちゃった」
「前に告られて、妹としか思えないって答えた。そしたら彼氏ができたって言ってたから、俺のことは卒業してくれたと思ってた」
「そっか…彼氏のことも、嘘だったんだね」
全然気づかなかった第2弾。
聖の気持ちも、美波の思いも、私は全然気づいてあげられなかった。
ふと…私はここにいていいのか迷った。美波の気持ちを知った以上、1人暮らしの聖の部屋に泊まるなんて、いろいろ無神経な気がする。
その時だ。
突然ドアを叩く音がして、同時にインターホンが鳴らされた。
ハッとして顔を見合わせ、聖がドアスコープで相手を確認し…
ゆっくり、その扉を開いた。