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第50話

「相変わらず…食い意地は張ってるな。…まだなんか食べたそうだけど?」


玉子雑炊のレンゲを咥えて聖を見つめていたら、そう言われたけど…


「そうじゃないよ…私は…」


「わかった。チョコミントのアイスだろ?…買ってきてやるよ」


「うっ…」


それを言われると、グッと詰まってしまう。

私は子供の頃から、熱が下がった後はチョコミントアイスを食べたがる子供だった。


それは、大人になった今も変わってないけど…今聖を見つめたのは、チョコミントアイスが欲しいからじゃない。


本当は聖もそれをわかってるのに、わざとアイスに話を持っていった気がする…。




「熱出して朦朧としてたから、もう一度聞きたいの。…聖、裕也専務の何を見たの?」



チョコミントのアイスを3種類も買ってきた聖。

カップと棒つきと、ソフトクリームと。


迷わずソフトクリームのチョコミントを選んで、迷う前に切り出した。



「昨日、それでマンションに来たんでしょ?」


「うん、まぁな。舞楽には、嫌な話かもしれないけど…」


聖は、裕也専務が外泊すると連絡してきた一昨日の夜、シティホテルから女性と出てきたという裕也専務を見たという。



「昨日は裕也専務に事実確認をするはずだった」


女の人と、一緒に出てきた…ホテルから。

それがどんな可能性のあることなのかはわかってる。



「俺がマンションに行くことを知ってるのに、連絡もないって…何やってんだ、あの人」


…もしかして、帰ってない?


裕也専務が、理由もなく聖との約束を破るはずない。


そこで、昨夜の吉成さんの様子を思い出し、途端に不安になる。


吉成さんは、自分の嫁と裕也専務が関係していて、面白くなかったはず。


そんな2人が会ったらどうなる…?


私が熱を出したことと、吉成さんの奇行に驚いたことで、私たちはマンションを出てきてしまったけれど…


「まさか…」


2人きりで部屋で鉢合わせて…殴られて怪我でもしていたら。

今日は休日だし、早井さんも星野さんも、裕也専務に異変があっても気づかない。


「…私、いったんマンションに戻ってみる」


「は?なに言ってるんだ?熱下がったばっかりだろ」


突然立ち上がった私を、聖は慌てて止めた。


そこへインターホンが鳴り、ハッとする。




「舞楽…あんた大丈夫なの?」


やってきたのは美波だった。


「連絡しても全然繋がらないから!もしかしたらと思ったら、ホントに聖のとこにいるなんて…」


「うん…なんかお騒がせして、ごめんね」


申し訳ない思いでいっぱいで…私は思わず、ため息をついた。




「…なによそれ!不倫してて舞楽と契約して、あんなマンションに囲ってたってこと?ずいぶんひどい奴じゃない?」


聖が美波にも、自分が見た裕也専務のことを話した。すると予想通りの反応が返ってくる。



でも私は…


裕也専務に直接話を聞くまで、信じたくないと思っていた。


…心のなかに、真奈さんがいることは事実だとしても、今も不倫してるなんて、信じられない。


真奈さんらしき人とホテルから出てきただけであって、本当はまったくの別人かもしれない。

せめて、そうであってほしい。


聖の話を信用しないわけじゃないけど、その可能性はまだ…ある。



…どちらにしても、私の失恋は決定だけど。



また…頭がガンガンしてきた。

頬が熱く、体は寒さを覚える。


私の様子から、すぐに異変に気づいた聖が、一旦たたんだ布団をもう一度敷いてくれた。



「シーツ替えといたから。横になってな」


「うん、ありがとう」


美波には「ごめん」と謝って、聖の寝室に敷かれた布団に横になる。


目を開けているだけで頭痛が強くなる気がして…私は目を閉じて、いつの間にか眠ってしまったらしい。




「…なんで聖が預かるのよっ!」


美波の声で目が覚めた。


「あんな危ないマンションに置いておけない」


「だからって…!聖は舞楽に、フラれたんじゃないの?」



…少しずつ意識がハッキリして、引き戸が少し開いていることに気づいた。


2人は言い争ってるみたいだ。

…私のことで。



「もう諦めなよ!舞楽のことなんて!」


美波の言い方がいつもより強い気がする。


「フラれても、舞楽を思う気持ちは…」


聖の言葉が途中で切れた…

ふと視線を向けると、その光景が目に飛び込んでくる。


美波が、聖にキスをした…


「自分ばっかり苦しそうにしないでよ…」


「…美波」


驚いた顔の聖。よっぽど意外だったんだろう。だって美波には…


「お前、彼氏いるだろ。こんなことして…」


「いないよ!本当は彼氏なんていないもん!」


「…はぁ?」


距離を取ろうとした聖に、美波はもう一度キスをしようとして…



私は視線を外した。


2人のこんな場面、勝手に見ちゃいけない。


美波は、聖のことが好きだったんだ…彼氏がいるというのも、嘘…



「いい加減にしろって。美波のことは、幼なじみとしか見れない」


聖がきっぱり言う声が聞こえた。



「…だったら、聖なんかもう1回フラれちゃえばいいよ!…裕也専務、絶対ここに迎えに来るよ?」


美波はそう言い残して、部屋を出て行った。


私は思わず立ち上がって引き戸を開け、美波が出て行ったドアを見つめ、次に聖を見た。


今の美波とのやり取り、全部聞こえちゃった…って、言ったほうがいいかな。



「見てた…?」


聖がなんだか疲れたように言う。


「うん…ごめん。戸が少し開いてて、話も聞こえちゃった」


「前に告られて、妹としか思えないって答えた。そしたら彼氏ができたって言ってたから、俺のことは卒業してくれたと思ってた」


「そっか…彼氏のことも、嘘だったんだね」


全然気づかなかった第2弾。

聖の気持ちも、美波の思いも、私は全然気づいてあげられなかった。


ふと…私はここにいていいのか迷った。美波の気持ちを知った以上、1人暮らしの聖の部屋に泊まるなんて、いろいろ無神経な気がする。



その時だ。

突然ドアを叩く音がして、同時にインターホンが鳴らされた。


ハッとして顔を見合わせ、聖がドアスコープで相手を確認し…


ゆっくり、その扉を開いた。



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