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第53話 Side.裕也

「お土産を渡したいの。少し会えない?」


結婚した真奈から突然の連絡。

夏のバカンスで出かけた先で、土産を買ってきたという。



「俺に、買ってきたのか?」


「そうよ。忘れなかったの!偉いでしょ…?!」




…この時、俺は選択を間違えた。


指定された場所に行き、そこがホテルの部屋だとわかってて足を踏み入れた。


当たり前のように抱きつく真奈。

俺は欲しがるがままに与えた。


2度目、3度目も、真奈からの誘い。

それに乗ったのは、愛だったのか欲だったのか、今となってはわからない。


激しさを増す真奈。

まだ…もっと…と、欲望に忠実な目の前の女は、かつて好きだった女と本当に同一人物なのか。


他の男と結婚してなおも…悪びれなく俺を求める真奈。


黒い感情はやがて、結婚という制度そのものへの嫌悪感にまで発展した。


このままで…いいわけない。


熱くなる真奈とは反対に…心も体も冷えていき、ホテルではなく人目につかないバーを選んだ、4度目の誘い。



「2人で会うのは今日が最後だ。君からの連絡に、今後応じることはない」


注文した酒を飲み終える前に席を立った。



「…私から離れられるの?」


立ち去る俺の背中に浴びせる真奈の言葉。


俺を捨て、結婚したのになぜ。

結婚とは、そんなに軽々しく、相手を裏切ってもいい制度なのか…


…そんな風に真奈と別れたあと、

意外にも、吉成が連絡をしてきた。



「うちにバイトに来てる女の子が、裕也の会社の社員みたいなんだよな…」


副業を禁止している会社は多い。


うちもそうだと、吉成が知っていたのが謎だが…別の役員が発見すると面倒だ。


俺は、様子を見に行くことになった。


そして実際に舞楽を見たとき、実際に話した時、吉成の意図を感じた。


マナという源氏名、初めて舞楽を見た時は、確かに真奈に似ていると驚いた。


でも何度かその姿を見るうちに、彼女だけが持つ初々しさや清々しさを感じるようになる。


それを…もう少し近くで感じたい。

そう思ったのは確かだ。

…両親から、結婚の話がありそうなことも感じていた。


あの時、偽装婚約者の話を持ちかけたのは、渡りに船…といったところ。


まさか…こんなに本気で愛するとは、思いもしなかったが。




吉成は、きっかけをつかめた…とばかりに、その後も連絡をしてきた。


「うちのラウンジやバーを、SAIリゾートホテルで出店したい」


ビジネスの話を持ちかけてきたのだ



仕事となれば…うちのホテルに出店する条件をクリアしているか、採算は取れそうかなど、チェックが入る。


そんな話し合いの中で、真奈が再び姿を見せるようになった。


それは、吉成という夫がいることを忘れているのではないかと思うほどの振る舞い。


少しずつエスカレートしていき、あの夫婦はついに、犯罪まがいのことに手を染めてしまったんだ。




………


「…のぼせた…」


バスタオルを腰に巻いて…裸のままダブルベッドに仰向けに倒れる。


ふと、手首の傷が目に入った。


…昨日、2人がかりで手首と足首を縛られたことは、なんとなく覚えている。


「ふん…笑いしか出ないね」


2日続けて、真奈は俺を襲った。

しかも昨日は成田まで巻き込んで。


成田が俺に強い関心を抱いているのは、秘書課だけではなく、他の部署まで届いていた話。


2人がどういう経緯で繋がったのか謎だが、どこからかそんな噂を耳にして、利用することを思いついたのだろう。


まさか、うちの社員まで巻き込むとは思わなかった。

こんなことなら、一昨日ホテルで出くわした時、もっと強く警告しておくべきだった…


……………



…聖に真奈とホテルから出てくるところを見られた夜、俺は吉成に指定されたホテルのラウンジにいた。


約束の時間にやって来ない吉成に、俺は痺れを切らし、話は次回に持ち越すと連絡をした。


すると…部屋で待っているから来て欲しいというのだ。


迷いながら、行ってみて驚いた。

部屋にいたのは真奈。

吉成と泊まる約束でここにいる、という。


一見したところ、吉成は見当たらず、真奈が薄着でたたずんでいるだけ。


帰ろうとドアに向かう俺に、抱きついてキスを迫ったのは真奈。


俺にそんな気はサラサラない。

抱きつかれて迷惑なだけだ。


無理やり細腕から逃れ、俺は部屋を出た。すると薄着のワンピースの上に春物のコートを着て、真奈が追いかけてきた。


腕を取られ、ホテルを出る。

タクシーが来るまでの間にもベタベタと触れてくる真奈が不快で仕方ない。


無理やり同じタクシーに乗り込まれたが、自分の住まいの前で降りてもらった。


そして1人で会社に戻った。

それは…真奈の香水が移ったスーツで帰りたくなかったから。


専務役員室は、シャワーと着替え一揃いは完備してある。だからなにも問題はない。


聖に見られた真相と、外泊した理由は…こんなものだ。


それを舞楽にも聞いてほしくて、聖にマンションに来てもらったのに、まさかあんなことに巻き込まれるとは思わなかった。


……………


舞楽に自分の上着を着せた昨日、俺の予定は変更になり、夕方遅くに一旦帰社した。


役員室を先に出た星野さんを見送って…ふと、早井さんが少し風邪気味だと言っていたのを思い出した。


内線で、今日の送りは不要だから、早く帰って休むよう伝えた。


…それが、大きな間違いとなる。


エレベーターで下へ降りると、待っていたように真奈が近寄ってきたからだ。



「昨日のこと、謝りたいの。少し話せない?」


聖に見られた昨夜のことが頭をよぎる。



これで終わりにするから…と言われた。



「30分も時間は取れないが」


すでに終わった関係だと、再認識してもらう必要があるかもしれない。


30分でもいいと、真奈は会社の裏通りのカフェに俺を連れて行った。


そして…


………………



1人で横になるダブルベッド。


2日間で自分の身に起きた出来事を思い返しながら…明日、真奈と成田にされたことを、舞楽に聞いて欲しいと思う。


2つ並ぶ枕…1つを胸に抱えると、ふわっと柔らかい枕は、舞楽を思い出させ…

俺はいつの間にか、深い眠りに落ちていった。


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