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第56話

「カフェで、途中携帯が鳴って一瞬席を外した時に、薬を盛られたらしいです」


気づかずコーヒーを飲んで、眠気に襲われたという。



「男の中でも、決して小さくない俺を、2人でどうやって運んだのか…目を覚ましたら、俺の両腕に2人が頭を乗せて、抱きついてました」


裕也専務は苦笑いを浮かべて続ける。



「俺が目を覚ますまで、2人ともおとなしく待っていたのかと思うと、下らなくて笑っちゃいましたけど…」


裕也専務はシャツの袖とパンツの裾をめくり、ついた傷を見せてくれた。



「ナイロンの紐で縛り上げられていたんですよ。…まぁ、目が覚めれば、力で外せる程度のものでしたけどね」


それにしても…睡眠薬で寝かされ、拘束されてたなんて…



「だ…大丈夫ですか…?」


心配で尋ねる私に、裕也専務は、さっきの苦笑いとは全然違う笑顔をくれる。



「目を覚ましても、薬の影響なのかぼんやりしてました。でもう大丈夫です」


昨日、聖の家に来た時に様子がおかしかったのは、盛られた薬のせい…



「半裸で横に寝てれば、起きた俺が何かしてくれると思ったんですかね?…そんな野獣なわけないのに…」


苦笑いして、裕也専務は憎々しく言い放った。


薬を盛って眠らせて、2人でラブホテルのベッドに運んで、その横に半裸で横たわるなんて…


…正気の沙汰とは思えない。



「俺に何を求めていたんだか…2人は欲の皮をかぶった化け物です」


辛辣に言い放ち、冷たい目線をさまよわせる。



「ただ1つ、可愛いことをしていましたよ」


その言葉に、心臓が跳ねた。

可愛いなんて…思わないで欲しい。



「録画してたらしくて。俺との卑猥な妄想でもしていたのか、その様子を撮りたかったんでしょうね。気づいて没収してきました。確認したら、俺を2人がかりで部屋に運び入れてる様子がバッチリ映ってましたよ」


裕也専務は自分の犯行を裏付ける証拠を残して馬鹿だと言うけど…その目は笑っていないのがわかる。



「大変な目に遭われたけど…かすり傷だけで戻って来られて、良かったです」


1度は本気で愛した人だ。

その人に裏切られ、こんな風に傷つけられるなんて、きっと裕也専務の心の中は…



「君に、全部話せてサッパリしました」


「…え?」


予想に反して、明るい笑顔を向ける裕也専務。



「過去とはいえ、真奈と不倫関係に陥っていたことは紛れもない事実なので、それを君に伝えたいと思ってました」


「私に…ですか?」


まるで本当の婚約者に過去を打ち明けるような話だと思った。

私に、わざわざ辛い過去を話した理由が今ひとつわからないけれど…



「話すことで、真奈さんへの思いに決着をつけたかった、ということでしょうか…だとしたら…良かったです」


「…あん?」


ちょっと不満そうなのは…何故ですか?



「それではもうひとつ言っておきますが…君と真奈が似ている、と思ったのは初めて見た時の、1度きりです」


「そう…なんですか?私は、真奈さんに似ていたから、偽装婚約者に選ばれたんじゃ…?」


「似て非なるもの、という言葉がこれほど当てはまるのも珍しいと思います。君は舞楽であって、他の何ものでもない」


「はい…ありがとう、ございます」


裕也専務は片方の眉を上げ、ジッと私を見てから…少し視線を彷徨わせる…



「舞楽だから…抱きしめて、キスをしたんです」


「…え?」


視線が戻ってきて、絡み合うそれは何かを探るような、引き出そうとしているようにも感じるけど…


…えっと、何を?…



「…」


「…っ?!」


左右に視線を逃がす私に、これ見よがしに大きなため息を吐いてみせる裕也専務。





「…服を脱いできなさい」


眉をひそめ、唇を噛んで、腕組みをしながらそう言われて飛び上がった!



「なんっ…なんで!」


「いいから脱げと言っている」


「…っっ!!」


…ちょっと待ってよっ!

なんなん?!いきなりっ

どこに発情ポイントがあった?

今までの話にそんなもの1つもなかったはずですけど?

それともなに?突然思い出したわけ?いつかの未遂の…未遂の…



「聞こえませんか?ふ、く、を、ぬ、げ…」


「…聞こえてますよっ!なんですかいきなりっ?!前の…前の…み、未遂の続きをしてやろうとでも言うんですか?」


椅子から立ち上がり、テーブルを片手でチョンっとひとつ、叩いてやる。



「未遂…?」


視線を斜めに上げて思い出そうとしてる…別にいいしっ!忘れてもらっていいしっ!



「もういいです!いきなり服を脱げとか言うから、わ…私だって思い出しただけですからっ!」


立ち上がった手前、もう一度目の前に座る気になれなくて、私はテレビの前のラグに正座した。



「あぁ…あの時のことですか…?」


意味深な視線を向けられて、両手で飛んでくる視線を防いだ。



「あの時未遂で終わらせたのは…不倫していた過去を、君に伝える前だったからです」


「…え?」


それから…と、裕也専務は先を続けようとして。



「やっぱやめます。…なんで俺ばっかりタネ明かしみたいに話さなきゃならないんですか?」


言われて口を尖らす私に更に続ける裕也専務。



「君は?何か言うことがあるんじゃないですか?」


「べ…別にないです」


「じゃあ質問します。どうしてキスを拒まなかったんですか?抱きしめる俺の腕の中に心地よさそうにおさまってましたよね?…あの日、未遂とはいえ…あそこまで俺に触れられて…」


「いやぁ………っ!やめてください恥ずかしいですっ」


両手で耳を押さえて首を左右に大きく振る…

振りすぎて…グラっときて…


「危なっ…!」


裕也専務が素早く私の腕をつかんだ。


「何をやってるんですか?ほんとに危なっかしい…」


至近距離の裕也専務と、しっかり目が合ってしまった。

視線が揺れるけど、そ…そらせない!





「…なんて顔してんだよ…」


つかんだ腕を引き寄せ、自分の腕の中に私を閉じ込める裕也専務…



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