突然抱きしめられて、湯気が出るほど真っ赤になってると予想する。
「…あぁ、他の男の匂いがする…」
私の真っ赤な顔には不釣り合いの冷たい声が、頭の上から聞こえた。
「…服を脱げと言ったのは、そういう意味ですよ?」
「…っ?!」
私が更に赤くなったのは…言うまでもない。
唇が…下りてくると思った。
そしたら私は、きっと拒めなかったと思う。
それなのに裕也専務は、私を腕の中に閉じ込めながら、真剣な声で言った。
「…不倫していた俺を、汚らわしいと思いますか?」
お付き合いしていたのに、突然別の人と結婚すると言われて、ショックを受ける裕也専務の心を思う。
「いえ…褒められたことではないと思いますけど、動揺して冷静な判断ができなかったことは理解します」
「俺の過去の行いが理由で、今回恐ろしい目に合わせてしまった…
もう、ここにはいたくないと思いますか?」
こんな風に抱きしめて、私もその背中に手を回していることが答えなのに…わざわざ聞くのは意地悪?それとも…誠意?
「ここに…いたいです。裕也専務と、一緒にいたいです…」
「俺を…許してくれる?」
真奈さんと不倫をしていたこと、それに巻き込んでしまったこと…
「許します…」
正直に、包み隠さず真相を教えてくれたと思う。
あまり人に知られたくない過去だろうに、私には全部伝えてくれたことに誠意を感じた。
それに…パリンと割れた恋心が、また新たに育っていくのを感じてる…
「…よろしい」
ゆっくり近づいてくるから、何をされるのかわかった。
でも私はそれを拒まなかった。
むしろ、自分からも近づいて、柔らかく唇を重ねたいと望んだんだ。
合わせた唇は、どちらからともなく唇が開いて、舌を愛撫しあう…長い長いキス…
初めて裕也専務の首に腕を回し、裕也専務はらしくないほど焦った様子。
この時、私たちは気づかなかった。
お互いに、大切なことを言葉にしていないことに。
翌日、裕也専務は警察に被害届と証拠の動画を提出し、成田さんと真奈さんは暴行と監禁の容疑で警察に連行された。
会社の重役を誘拐したとして、成田さんは懲戒解雇。
そしてなんと…
「株式会社ヨシナリの社長、巨額の脱税をしていたらしくて、近く逮捕されるそうだよ」
ある筋からの情報…と、星野さんは言うけれど、はっきりした出どころは教えてくれない。
「君は知らなくていい」
裕也専務に余計なことを知らせるな、と叱られる星野さん。
「まぁ確かにね。余計なことを知って、また何かあったらと思うと…裕也専務も心配でたまらんでしょうからね?」
「そんな…私だって、どうなったのか知りたいです」
「だよね?…まぁ、この事件の発覚によって、SAIリゾートホテルでの出店の話はなくなったってことよ」
「それはそうなりますよね…もしかしたら、株式会社ヨシナリは、倒産の危機?」
星野さんに、さらに話の続きを聞こうとすると、裕也専務が唐突に話に入ってきた。
「俺の新しい携帯の番号を入れといてください。2人とも」
「…え?裕也専務、携帯変えたんですか?」
確か最新の機種だったのに…と言う私に、星野さんが言う。
「事件絡みで、裕也専務は携帯を落としてね。戻っては来たんだけど、この際だから全部変えることになったんだよ」
そういうことです…と、番号が私と星野さんに送られてきた。
「新しい携帯の番号を知っているのは、君たち2人と両親だけ。…もう、それで十分です」
裕也専務…SNSのアカウントは、どうするんだろう。
こうして、真奈さんと吉成さん、成田さんが関係する一連の出来事は幕を閉じた。
私の契約は引き続き継続するらしく、私と裕也専務は会社でも家でも…寝る時まで一緒、という生活は変わらず続くことになる。
ただ…
少しだけ、以前より裕也専務に落ち着きがなくなった気がする。
特にお風呂上がりとか…濡れた髪のままリビングに戻ると、唐突にベランダに出たりする。
どうしたんだろう…
「あの…ひとつ聞いていいですか?」
ダブルベッドに横になったところで、気になっていたことを聞いてみる。
「…なんですか?」
「SNSは…やめてしまうんですか?」
いつか見た…記録のような投稿の数々。
あれは、もしかしたら。
「えぇ。アカウントは削除しました」
「じゃあ…投稿も?」
あの投稿は、真奈さんと出かけた思い出の記録…?
「すべてのデータは削除して、初期化しましたから、そうなりますね」
ふと横向きに体勢を変える裕也専務。
「どうして、そんなことを聞くんですか?」
仰向けに横たわる私の横顔を、ジッと見られているのがわかって、ちょっと緊張する…
「なんとなく、気になったからです…」
チラチラ横を見ながらそう言う私を、裕也専務は変わらず視線でとらえる。
「気になる…?」
ニヤリと、笑ったかも。
気配でわかる。これは意地悪な笑顔…
もしかして、寝る前に絡まれてる?
「…もう!この話はおしまいです」
枕元のライトを消そうと腕を伸ばした。それは裕也専務の方にあって、一瞬、ひどく近寄ってしまって…
あっ…と思った時には伸ばした腕を掴まれて、どことなく獰猛な狼を思わせる表情で見つめられて焦る…
「ゆ、裕也専務…?」
「…ベッドの中で、その呼び方はダメだ」
「じゃ…なんて…」
「裕也…」
「…っ?!」
吐息みたいな声で、耳打ちしないでほしい…
結局…ライトは裕也専務によって消され、私は横向きに倒されてしまった。
手首はずっと、裕也専務に掴まれたままで…私はその視線から逃れるように、そっと目を閉じた。