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第57話

突然抱きしめられて、湯気が出るほど真っ赤になってると予想する。



「…あぁ、他の男の匂いがする…」


私の真っ赤な顔には不釣り合いの冷たい声が、頭の上から聞こえた。



「…服を脱げと言ったのは、そういう意味ですよ?」


「…っ?!」



私が更に赤くなったのは…言うまでもない。




唇が…下りてくると思った。

そしたら私は、きっと拒めなかったと思う。


それなのに裕也専務は、私を腕の中に閉じ込めながら、真剣な声で言った。



「…不倫していた俺を、汚らわしいと思いますか?」


お付き合いしていたのに、突然別の人と結婚すると言われて、ショックを受ける裕也専務の心を思う。



「いえ…褒められたことではないと思いますけど、動揺して冷静な判断ができなかったことは理解します」


「俺の過去の行いが理由で、今回恐ろしい目に合わせてしまった…

もう、ここにはいたくないと思いますか?」


こんな風に抱きしめて、私もその背中に手を回していることが答えなのに…わざわざ聞くのは意地悪?それとも…誠意?



「ここに…いたいです。裕也専務と、一緒にいたいです…」


「俺を…許してくれる?」


真奈さんと不倫をしていたこと、それに巻き込んでしまったこと…



「許します…」


正直に、包み隠さず真相を教えてくれたと思う。

あまり人に知られたくない過去だろうに、私には全部伝えてくれたことに誠意を感じた。


それに…パリンと割れた恋心が、また新たに育っていくのを感じてる…



「…よろしい」


ゆっくり近づいてくるから、何をされるのかわかった。


でも私はそれを拒まなかった。


むしろ、自分からも近づいて、柔らかく唇を重ねたいと望んだんだ。


合わせた唇は、どちらからともなく唇が開いて、舌を愛撫しあう…長い長いキス…


初めて裕也専務の首に腕を回し、裕也専務はらしくないほど焦った様子。


この時、私たちは気づかなかった。



お互いに、大切なことを言葉にしていないことに。





翌日、裕也専務は警察に被害届と証拠の動画を提出し、成田さんと真奈さんは暴行と監禁の容疑で警察に連行された。


会社の重役を誘拐したとして、成田さんは懲戒解雇。


そしてなんと…



「株式会社ヨシナリの社長、巨額の脱税をしていたらしくて、近く逮捕されるそうだよ」


ある筋からの情報…と、星野さんは言うけれど、はっきりした出どころは教えてくれない。


「君は知らなくていい」


裕也専務に余計なことを知らせるな、と叱られる星野さん。


「まぁ確かにね。余計なことを知って、また何かあったらと思うと…裕也専務も心配でたまらんでしょうからね?」


「そんな…私だって、どうなったのか知りたいです」


「だよね?…まぁ、この事件の発覚によって、SAIリゾートホテルでの出店の話はなくなったってことよ」


「それはそうなりますよね…もしかしたら、株式会社ヨシナリは、倒産の危機?」


星野さんに、さらに話の続きを聞こうとすると、裕也専務が唐突に話に入ってきた。



「俺の新しい携帯の番号を入れといてください。2人とも」


「…え?裕也専務、携帯変えたんですか?」


確か最新の機種だったのに…と言う私に、星野さんが言う。


「事件絡みで、裕也専務は携帯を落としてね。戻っては来たんだけど、この際だから全部変えることになったんだよ」


そういうことです…と、番号が私と星野さんに送られてきた。


「新しい携帯の番号を知っているのは、君たち2人と両親だけ。…もう、それで十分です」


裕也専務…SNSのアカウントは、どうするんだろう。






こうして、真奈さんと吉成さん、成田さんが関係する一連の出来事は幕を閉じた。


私の契約は引き続き継続するらしく、私と裕也専務は会社でも家でも…寝る時まで一緒、という生活は変わらず続くことになる。



ただ…

少しだけ、以前より裕也専務に落ち着きがなくなった気がする。


特にお風呂上がりとか…濡れた髪のままリビングに戻ると、唐突にベランダに出たりする。


どうしたんだろう…




「あの…ひとつ聞いていいですか?」


ダブルベッドに横になったところで、気になっていたことを聞いてみる。


「…なんですか?」


「SNSは…やめてしまうんですか?」


いつか見た…記録のような投稿の数々。


あれは、もしかしたら。



「えぇ。アカウントは削除しました」


「じゃあ…投稿も?」


あの投稿は、真奈さんと出かけた思い出の記録…?



「すべてのデータは削除して、初期化しましたから、そうなりますね」


ふと横向きに体勢を変える裕也専務。



「どうして、そんなことを聞くんですか?」


仰向けに横たわる私の横顔を、ジッと見られているのがわかって、ちょっと緊張する…



「なんとなく、気になったからです…」


チラチラ横を見ながらそう言う私を、裕也専務は変わらず視線でとらえる。


「気になる…?」


ニヤリと、笑ったかも。

気配でわかる。これは意地悪な笑顔…


もしかして、寝る前に絡まれてる?



「…もう!この話はおしまいです」


枕元のライトを消そうと腕を伸ばした。それは裕也専務の方にあって、一瞬、ひどく近寄ってしまって…


あっ…と思った時には伸ばした腕を掴まれて、どことなく獰猛な狼を思わせる表情で見つめられて焦る…



「ゆ、裕也専務…?」


「…ベッドの中で、その呼び方はダメだ」


「じゃ…なんて…」


「裕也…」


「…っ?!」


吐息みたいな声で、耳打ちしないでほしい…


結局…ライトは裕也専務によって消され、私は横向きに倒されてしまった。

手首はずっと、裕也専務に掴まれたままで…私はその視線から逃れるように、そっと目を閉じた。



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