手を引かれて、ベランダから部屋に入り、そのまま寝室に連れて行かれた。
座るでもなく、簡単に私をベッドに押し倒して、上から私に覆いかぶさる…
私の体を両手両足で挟んで、怒ったような顔でジッと見おろされ、本能的に「逃げられない…」と思った。
「…逃さないから」
「わ…わかってます」
1度は、すべて暴かれてもいいって思った。
その気持ちは、変わってない。
むしろそんな気持ちは…あの頃より強くなってるかもしれない。
なのに…
何やら様子がおかしいんですけど…
「…君ときたら、俺の隣で初日から平然と寝やがって」
「…へ?」
「抱きついてくるし、いい匂いするし、柔らかいし…!」
「そ、それは…」
抱きついたのは私の意志だけど、後の2つは…別に私が悪いわけじゃない…
「だいたい、半袖ハーフパンツで寝るってなんですか?…昨日はサラサラした生地だったから、足が丸見え!…俺がそれを見て、どう思うかわからないとでも?」
「わ…かりません」
ベッドで…逃げられない体勢にされて、怒られるってなに?
おーい…色っぽい雰囲気は…?
「だったら少しは自覚してください。…君の唇は、俺を煽りまくって困ります…!」
「…唇、ですか?」
「そうです。何もつけてなくても紅い!目を奪われるのにリップなんかつけたらもう…」
「それ…せ、性癖ってやつですか?」
裕也専務は私を見下ろす視線を初めてちょっとそらした。
「まぁ…そうです」
「そ、そんなの…嫌です!」
だって…唇って顔の中でも目立つパーツだし、人によっては真っ赤なリップを塗ってる人もいる。
そういう唇を見て、裕也専務はドキドキしちゃうの?
「はぁ?!…君に俺の性癖についてつべこべ言われたくありませんね!」
俺だって困ってるんだ…と続ける裕也専務の首を、下から手を伸ばして引き寄せてみた。
「紅い唇の女の人を見て、ハァハァしちゃうんですか?」
「は?なにを…っ勘違いして…」
私が首を引き寄せたから、バランスを崩して、裕也専務が私の上に乗り上げた。
私たちの体はぴったり密着して、隙間がない…
重い…けど、これが裕也専務なんだって思うと、愛しい…!
「唇は紅がいいんですか?それともピンク?健康的なオレンジ?…それとも…」
好きな色のリップ塗りまくる!
明日から…!
「…ちょっと、待て…って!」
私の顔を挟んで、両脇に肘をついた。
手で支えるより近くて、どアップの裕也専務の顔が迫る。
眉間に困惑を表すようなシワを刻み、切れ長二重が困ったように私を見つめるけど…
なんて麗しい表情…
いつもは意地悪に笑う余裕の表情が、今は困ってる感じでワクワクする!
そしてどアップに余裕で耐えられる美貌…スゴすぎる。
「俺が反応するのは、君の唇にだけだ」
喉仏が上下して、合わせていた視線が下りた。
「私の…?」
纏う空気が一瞬で変わる…
「今、キスしたら…止まらない」
「…っ!」
ちょっと待って…
私の今日の下着はどんなのだっけ…
思いを巡らせ、ハッとする。
スポーツタイプの、全然可愛くないやつだ…!
「…ダメ」
触れる寸前で、止まる唇。
「…はぁ?!」
「し、下着が、可愛くないので…」
「下着…」
「だからその…明日、明日改めて、ですね…」
「…あぁ…ぁぁ…あぁ」
裕也専務はゴロン…っと、私の横に脱力したように仰向けになった。
「好きだって白状して、唇が弱点だって教えたのに…寸止めもいいとこ…」
ヤバい…私ったら、とんでもないこと言っちゃったのかも。
ムードもへったくれもない…
「あ、あの…」
だからと言って「やっぱりどうぞ、進めてください」なんて今さら言えない…
どうせなら、ピカピカに磨いた私で挑みたいよ…
「…知ってます?」
腹ばいになって、仰向けになった裕也専務を見つめる私に視線を向け、ちょっと悔しそうに片方の眉を上げる裕也専務。
「結局、惚れた弱みで、俺が何でも許しちゃうって」
唇を歪め「…ふんっ!」と鼻で笑った。
惚れた弱み……!?
裕也専務が私を…?
嘘…ウソウソ!信じられない!
いや、確かにさっき言われた。
舞楽が好きって…あれ、私は?
私は、自分の気持ち、言ってなくない?
「…なんて顔してんだ…?目がウルウルしてる」
「そ、れは…」
言葉を紡いで、自分の気持ちを話そうとしたのに、裕也専務は突然私をひっくり返して背中から抱きしめてきた。
「これ以上そんな顔見ていられない」
「…っ!?」
首元に腕を差し込まれ、その腕は私を閉じ込めるように回って…上になった肩に手を置かれる。
もう片方の腕は私のウエストのあたりをふんわり抱いて、膝を曲げた私の足に沿うように、裕也専務の足も曲げたみたい。
…ちょうど、横向きに寝ながら、膝の上に座るような体勢。
密着って感じではない。
多分拳ひとつ分くらい、離れてる。
なのに…時折腰に当たる硬いものは…
いろいろ不慣れで…ムードもぶち壊して、ごめんなさい…の気持ちを込めて、首元から伸びる裕也専務の腕にキスをした。
ちょっとビクっ…とされて、またまた不正解だったかと焦ったけど、ちょっとだけ腕の力が強まったから、大丈夫だったかな…と目を閉じる。
完全に眠ってしまってから…裕也専務との間にまったく隙間がなくなるほど密着されたとは、私はまったく気が付かなかった…