「申し訳、ありません」
タイトなスケジュールをこなす裕也専務に、つい謝る私…
「いや…新しいエリアにSAIリゾートが進出するんですから、俺が忙しくなるのは当然です」
意外にもからかうような意地悪を言わない裕也専務に、少し拍子抜けした。
…かねてから進めていた案件と、新エリアへの新しいコンセプトのホテル建設という事業が重なり、急激に忙しくなった裕也専務。
少しでもランチの時間を、休日を…と思うものの、分刻みのスケジュールはそれを許さない。
「仕方ないね。今は働いてもらいましょう」
星野さんは呑気にそう言うけど、私は心配でしょうがない…
「大丈夫でしょ?家には舞楽ちゃんがいるんだから!」
…ストレスになってなければいいけど、と内心思う。
あの夜のこと、裕也専務には「壮絶な寸止め劇場」と言われてしまった。
こんなことならあの夜、裕也専務の思いのまま、流されてしまえば良かったとも思う…
毎晩、申し訳ない気持ちで隣に横になって、そのたびに朝は私が裕也専務にくっついてる。
ホントに、少し寝相を良くしたい…。
「遅くなるから、先に帰りなさい」
取引先との会食に、私を伴わなくなった裕也専務についていくのは星野さん。
美味しいものにありつける…なんて笑いながら、後で「裕也専務はあまり食べてない」と連絡してくるのはここのところ毎回だ。
私は大人しくマンションに帰って、少しでも栄養のあるスープでも作って待っていよう。
「そういえば、ツーリストロードの新社長とのお見合いって、どうなったんだろ…」
スープの味見をして、一発で味が決まる自分を内心で褒めながら、ふと言葉にする。
もちろん、残念に思うわけではない。
ただ、お見合いをしないことで、会社に不利益がないか心配になっただけ。
「…うまいです」
ほどなくして帰ってきた裕也専務、スープを作ったことに目ざとく気づいて、ゆっくり味わってくれる。
しかも褒め言葉までもらえるなんて…らしくない。
普通に優しいイケメンぶりに、私の心配は、逆に少しずつため込まれていった。
そういえば、あの夜から顔色がすぐれない気がする。
…疲れがたまってるのかな。
休日も仕事がらみの外出が多くて、スケジュールを組むのが私の役目とはいえ、心苦しい。
「先に横になります。君はゆっくりして」
薄く笑った顔は儚げなイケメンそのもの…心配で、私も慌ててリビングの明かりを消して後に続いた。
「おやすみ」
フットライトだけを仄暗く照らして、裕也専務はすぐに目を閉じる。
そういえば、あの日キスを待ってもらってから、ずっとしてない。
そんなことに気づいたら、猛烈に寂しくなってしまったけど…だからといって、自分から唇を奪えるはずもない。
長いまつ毛が伏せられ、立体的な唇は閉じている…
私は伸ばした自分の指先に、愛しさを乗せて、そっと裕也専務の髪に触れた。
…起こさないように、なで…なで。
少しでも、疲れが癒されますようにと…願いながら。
ジッと見つめた寝顔が、少しだけ笑ったような気がして、いい夢見てるのかな…と思った瞬間。
突然私の方を向いた裕也専務に抱きすくめられ、唇が重なった…
「頭なんか撫でて…子供扱いですか」
抱きしめた手は、私の体を強く優しく撫でていく。
この前みたいに…下着がどうとか…考える余裕はなかった。
無意識に、愛しい人の首に腕を絡ませたら…密着した私たちの足先まで、少しの隙間もない。
こうして触れ合える幸せ…
着てる服さえ邪魔だと思う。
Tシャツの背中に手を入れたのは、私の方が先だったかもしれない。
さすがに大胆だったのか…少し呻いた裕也専務。
荒い息を吐きながら、その手を、唇を、確かめるように私の素肌の上に滑らせた。
ゆっくり…でも確実に、体の奥に裕也専務を感じる。
一糸まとわぬ姿になった私たちを繋ぐものを、意識せずにはいられない…
私を見つめるその目が、見たことないほど劣情に満ちていて、自分から唇を欲した。
絡み合う舌…押し付け合う唇…ふと、舌先で上唇をなぞられる。
「舞楽、上唇のほうが感じるだろ」
わからない…そんなの、わからない
「全部、全部…裕也専務が教えた…」
「…っ?!」
「好き…裕也専務が好き…!」
「裕也って呼べよ」
噛みつかれるようなキスがふってきて、腰に感じる熱に、自分ではないような甘い声が上がって…自分でも焦る。
「裕也…好き…大好き…裕也」
…何が始まりで、終わりなのか、わからなかった。
ただ、纏う服がないまま、私たちはずっと抱きしめあった。
それが幸せで、満たされて…
そんな感情を抱けることが、少しだけ大人になったということなんだろう。
何度キスをしたか…
いや、そもそも唇は離れたのか…
ふと気付いたキッカケもキスで。
「…も、朝…?」
裕也専務が体を起こして、その上半身が裸だと気付く。
彫刻みたいに引き締まった体と筋肉は、私1人の目に映すのはもったいないほどの美しさ…
「最高に幸せだ。舞楽…」
私のことも抱き起こそうとするから、心もとない胸元をそっと腕で隠す。
「綺麗な体だ」
「い…いえ…恥ずかしいです」
耳まで赤いであろう私を見下ろして、裕也専務は不敵な笑みを浮かべた。
その笑顔は、クールでサディストで意地悪で変人の…いつもの裕也専務そのもの。
そして、信じられない言葉を聞かされる。
「…まんまと、計画通りに堕ちてくれましたね…」
…えっ?!