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第3章…第66話

「…素晴らしい朝だ!」


私たちの関係がほんのり色づいた週末を終えて、新しい1週間の始まり。


お味噌汁とツナのおにぎり、手作りの漬物とベーコンエッグという朝食を、向かい合って食べていた。


顔色も良く、目は生気に満ちて、自然と口角が上がった表情は「幸せ」と書いてあるよう。


不穏な言葉を言われた時は、どうなることかと思ったが…



…………………


「…まんまと、計画通りに堕ちてくれましたね…」




「…え?」


昨日の朝、抱き起こされて言われた言葉。


正直…血の気が引いた。

私と裕也専務は、愛し愛されて、こんな関係になったんじゃなかったのか。


…ひとクセある裕也専務なら、落とし穴を掘って、意地悪く突き落とす…なんてことも?…



「わざと、優しくしたんです」


「わざと…?」


「えぇ。そうすれば君、油断するでしょう?」


油断した結果が、裕也専務の髪を撫でたこと、だと言う。


私は思わず、裕也専務の腰のあたりに巻かれている毛布を引っ張って、自分の体に巻きつけた。


そのせいで裕也専務の下半身は外気にさらされることになったけど…そんなの知らない!


くるりと背を向けた私。



「わざと、とか油断とか…何だか不純で嫌いです!」


「…、嫌い?」


「はい。もっと、純粋な気持ちで…抱いてくれたのかと思ってました」


素直に、思ったまま言った。

私に毛布を奪われて、きっとあられもない姿だろうに、あわてる様子は一切ない。



ジリっと…背中に近づく大きな影を感じる。


ふわりと、空気が動いて…裕也専務のシャンプーが香った。



「不純な想いを抱いてしまうほど、君を早く俺のものにしたかった」


毛布ごしに抱きしめられ、その手が頬に触れる。


…冷たい。


途端に、自分だけ毛布にくるまっているのが、申し訳なくなる。


考えるより前に、毛布の中に裕也専務を入れようと振り向いて、お互いに生まれたままの姿だと気付いた…


早朝、カーテンが引かれて薄暗い中でもちゃんと見える裕也専務の体を、私はいろいろ見ないように、毛布に入れる。



「ごめん…」


「…え?」


こんな時でも素直に謝るんだ…


許さない、なんて言ったら、どうするんだろう…


泣くかな…?




毛布の内側に裕也専務を入れて、私はまた背を向けた。



「…余裕がない」


「余裕…?」


思わず後ろを振り返って裕也専務の顔をのぞき込むと、少年みたいに瞳を揺らしているのが見えて、キュンとした…



「もっと…俺のものにしたい」


「裕也専務…」


「専務はもう…やめてくれるか?」


「あ…はい」


毛布は裕也専務の背中を温めて、私の背中は裕也専務に抱きしめられている。


冷たかった指先も、体温を取り戻していてホッとした。


ウエストに回された腕…肩に顎を乗せられ…頬に届くキス。



…そして組み敷かれ、昨日は1日中ベッドの中で戯れていた。


………………


甘すぎた昨日を思い出して、おにぎりを手にぼんやりした私。


夜になってお風呂に入ると、あちこちに赤い跡がついていて驚いた。


それは、きっと今も…




「もう何も心配しないで、予定を詰めてくれていいですよ」


3個目のおにぎりを手にしながら、裕也専務が笑顔を向ける。


ぼんやりしていた私に気付いたかもしれない…昨日の事を思い出してるって…?!



「忙しすぎる俺に少しでも休みを、と思ってましたよね?」


「はい。…それはもう」


明るい笑顔の裕也専務。

私の様子なんて気づいてないみたいでホッとした。



「エネルギーは、十分チャージできましたからね」


意味深な笑顔を向けてきますが、それは…もしかして私との、ことでしょうか…?


声にならない問いかけを、心のなかで唱えれば、昨日のワンシーンを思い出して、裕也専務の目が見れなくなった。


左右に視線を泳がせる私は、きっと赤面してる…そしてそんな風に思えば思うほど、首や耳まで赤くなっていくような…



「君があんなに許してくれたから、俺はしばらく元気でいられます」


テーブルに肘をついて両手を組んで、口元を隠しながら私をまっすぐ見つめ、泳ぐ私の視線をとらえる。


切れ長二重の瞳の威力は凄まじい。


…首をかしげて「君は?」なんて、聞かないで。





何だか胸がいっぱいで、おにぎりが食べられない…


恋をすると食欲が落ちるというのは本当だと思う。





「あ…れ?星野さん、珍しく遅いんですね」


いつものように早井さん運転の専用車で出勤してみると、いつも先に出社している星野さんが役員室にいない。



「あ、言ってませんでしたか?…星野さん、奥さんと旅行で有休取ってます」


「…えっ?」


…ということは、会社でも裕也専務と2人っきりっていうこと…?


ドキドキがバクバクに変わる私をよそに、どんどん「専務取締役」の顔を取り戻していく裕也専務。


私はつい、その顔をじっと見てしまったようだ。



「…どうかしました?」


怪訝な表情を向けられ、私は大きく首を振って、仕事に集中した。



…好きな人と片時も離れないでいられるのは幸せなもの。


でも、この段階になって気づいた。

私は切り替えがすこぶる下手くそだって…




「本日の予定を申し上げます。9時より、社内会議。30分で途中退席していただき、新装オープンするホテルへの視察を10軒行っていただきます。申し訳ないのですが、昼食は専用車の中で取っていただき、15時より沢田鉄工の担当者様と会議…」


「…ランチは専用車で、とは?」


途中で口を挟む裕也専務。


先週まで…昼食くらいはゆっくり取れるよう、個室の蕎麦屋などを予約して、リフレッシュできる時間を確保していたが…



「会議の間に、クラブサンドを購入して参ります。海老アボガドとローストビーフ、どちらがよろしいですか?」


「どっちでもいいですけど…」


突然の私のスパルタに驚いている様子…でも、切り替えるためにはこうするしかないのです…



「15時以降の予定については、後ほど申し上げます」


ジト…っとした視線を向けられた気がする…。


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