「わかりました。君がこなせと言うのなら、どんなにキツイ1日になってもやり遂げてみせますよ」
フッと笑顔になって、デスクから立ち上がった裕也専務。
会議の時間が迫っている。
ドアに向かっているんだろうと少し脇へ避けたのに…そのまま私に近づいて来るとはっ…!?
「働きすぎて体調を崩したら…付きっきりで看病してもらいますからね?」
腰を屈めて私の顔をのぞき込む切れ長二重は、意地悪とからかいの色…
「そんな風になる前に、私が癒しますから…!」
「…ほぅ?」
…挑発に、乗ってしまった…!
背筋を伸ばして腕を組みながら、ニヤリと笑う表情は、何だかとっても色っぽくて焦ります…
「じゃあ…今夜も、癒してもらえるんですね」
「…は、、」
はい、と言おうとして、その後赤面する自信があった私は、とっさに次の言葉に変えた。
「…は、やく、会議室の方へ」
「…あん?」
片方の眉を上げて、不満そうに私を見る裕也専務の背中を押して、出口へと連れて行く。
「俺にこんな態度を取れるのは君くらいだ…」
ボソッと言った言葉が聞こえて…挑発に勝利したような気になった。
内心ガッツポーズの私は、思わずこぼれる笑顔を向けて、裕也専務に頭を下げる。
「行ってらっしゃいませっ!」
…閉められたドアの向こうで、裕也専務の頬が、少し赤くなったとも知らずに。
クラブサンドは海老アボカドにした。そしてアイスコーヒーと…近くの和菓子屋さんで豆大福も買った。
30分で会議を退席した裕也専務にそれを渡し、早井さんが待つ地下駐車場へと向かう。
「…君は同行しないのですか?」
「はい。視察先には担当者が待っておりまして、専務だけ行くことになっております」
裕也専務は何か言いたげにしたけれど…一瞬でまとう雰囲気を変えた。
「沢田鉄工からの提案書、要点をまとめておいてください。それから比較検討する他の建設会社のピックアップも」
「かしこまりました」
早井さんがドアを開けて待つ後部座席に、長い足を曲げて颯爽と乗り込む。
ドアが閉められ、走り出す瞬間に裕也専務を見ると、すでにタブレットを開いているのが見えた。
「行ってらっしゃいませ」
頭を下げて見送って…自分の胸が早鐘のようにドキドキしているのがわかる。
甘い裕也専務はもちろん、切り替えた冷たい雰囲気の裕也専務も素敵すぎるよ…
このままでは沼ってしまう…
そして私…実は気づいてしまった。
私たちは大切なことをすっ飛ばしている、ということに。
………………
「あのぅ…見過ぎです」
「いいじゃないですか、別に。…減るもんじゃないし」
その日の仕事を終え、帰宅した私は、冷蔵庫の中身と相談しながら夕食を作っていた。
…それを、後ろからガン見されている状態。
「…緊張して手を切っちゃいます」
「…じゃあ…」
スッと背後に立って、ソロリとウエストに腕が巻き付く。
その鮮やかな接近の仕方は、女性を攻略することに慣れていない男性陣のお手本になるだろう…
動画でも撮って、解説すべきだ!
「…慣れてるんですね…」
「まぁ…30近くにもなれば、遊びの女性も何人かいましたからね」
遊びの女性…
ふと、真奈さんは本気の女性だったんだろうな…と思った。
「君は…恋人は?今まで、いなかったんですか?」
深い関係になって、私に経験がないことはわかったはずなのに、バカにされてるようでムッとした。
「恋人はいましたよ。裸も見られたし、触られたし…最後の一線だけが越えられなかった、というだけです」
「…は?」
恋人なんていないと、そう返ってくると思っていた返事が意外なものだったようで、不思議な空気感に包まれる裕也専務。
「あんな姿を他の男にも見せた事があると…?」
何のタガが外れたのか、アダルト用語を連発して、昨日の私について語りだした。
言われれば言われるほど赤くなる!
正直自分でもどうなっていたのかわからなかったことを詳細に言われると、穴を掘って埋まりたくなるほど恥ずかしい…!
「…もうっ!裕也専務のエッチっ!」
私の肌がピンク色に染まったとか…そんなことはもうどうでもいい!
ウエストに絡みつく腕をはがしながら、振り向いて叫んでしまう。
「え…っち…?」
はじめて言われたのか、呆然としてる…傷ついたかと少し不安になったけど、その心配は無用だった。
エッチ…なんて俗っぽい言葉とは無縁みたいな、美しい顔が下りてきて、立体的な唇に食べられてしまう。
唇を柔く噛まれ、舌でなぞられ角度を変えて、次第に深くなるキスは、昨日以上に官能的だ…
「…まぁ、要するに…」
ふわりと横抱きにされ、寝室のベッドに下ろされた。
「癒やされたいわけです。君に…」
じっと目を見つめてくるから、私もそらせなくて困る…
「君のことは、どう誘ったらいいかわからない…」
「誘われてたんですか…?」
嫌がらせかと思った…
裕也専務は遠慮なく、自分の体を私に密着させて、そのまま私をギュっと抱きしめた。
そしてキスをして、耳たぶを食み、首筋に舌を這わせる。
「…これだけは覚えておいて」
いつもと違う、吐息みたいな声…
「快感が欲しいんじゃない…」
「…ん、あぁ…」
「君に触れたい、だけ」
舞楽…好きだ…って。
…それ以上の言葉を、望んじゃダメだとすら、思った。