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第69話

「偶然だねぇ…お友達?」


星野さんの隣にはスラリとした美人。きっと奥さまだろうと、私は立ち上がって会釈しながら、聖を紹介しようとした。



「はじめまして。舞楽の幼なじみの、藍沢聖と申します」


私が紹介する前に、聖は自分からスマートに席を立って名乗ってくれた。



「あぁ…!あの『あいざわ』の…」


星野さんは嬉しそうに聖に握手を求め、人懐っこい笑顔になる。


「カッコいい人だなぁ…!こんなに金髪がよく似合うイケメンが、あの有名な老舗旅館の跡取りなんて…ギャップもいいとこだね!」


幼なじみを褒められて私も嬉しくなる…!


けれど…


星野さんに聖の話をした覚えはない。…裕也専務から聞いたのかな…



「…片瀬、舞楽ちゃん?」


スラリとした美人は、やはり星野さんの奥さまで、私は頭を下げながら挨拶をした。


「はい、片瀬舞楽と申します。いつも星野さんにはご面倒ばかりおかけしております…!」


「そんな…!とっても素直で可愛らしい後輩が来たって、いつも楽しく話をしてくれるのよ?」


奥さまはクスクス笑いながらそう言ってくれたけど…星野家で私は、どんな面白話を提供しているんだろう…。


奥さまは聖にも話しかけていた。

高級老舗旅館『あいざわ』は、SAIグループの一員なら、誰でも知っている有名な旅館らしい。


奥さまも、星野さんに聞いたことがあるんだと思う。


2人が和やかに話しているのを眺めていると、突然星野さんに腕を引かれた。



「聖くんって…訳アリの幼なじみじゃないの?」


「はぁ?…そんなことないですけど…」



星野さんは意味深な目線を向け、さらにぐっと詰めてくる。



「ははぁん…わかってないのは舞楽ちゃんだけってことか」


確かに…聖に告白されて、キスもされた。それを訳アリだと、星野さんは言いたいのかもしれない。



「裕也は?今日聖くんと会ってるってこと、知ってるの?」


「え…特に、言ってませんけど」


言わなきゃいけないものなのかな…


そもそも…

私たちの関係性がわからない。


上司と部下

同居人

偽装関係

契約関係


あと…なんだ?



「…あぁっ…!?」


ふと頭をよぎった3文字に、つい声を上げてしまった。



「…なに?!」


「い、いえ…なんでもないです…」


そうだ、もう1個、私たちの関係を表す言葉があった。

それは…せ、ふ、れ…


セフレ…。



「…悪いこと言わないから、早めに帰ったほうがいいよ?聖くんとは、一緒にご飯は食べたけど、速攻別れたとでも言って…」


「え…?そんな…嘘をつくほどのことなんでしょうか?」


「聖くんは裕也の地雷だよ?…吹き飛びたくなかったら、言う事聞いたほうがいいと思うけど?」


星野さんはそれだけ言うと、奥さまを伴って奥の席に行ってしまった。


なに…地雷って…




「…食後は甘いものだろ?」


同じく星野さんご夫妻を見送って、聖は私に席に座り直すよう言った。


そしてメニューを開いて見せてくれたので…パンナコッタかティラミスか迷って、パンナコッタにする。



「…これ食べたら、そろそろ帰ろうかなぁ」


すると聖…いらぬ親切をぶちこんできた。



「送っていくよ、マンションまで」


「…え?」


「裕也専務にも、きちんと挨拶をしなくちゃな…」


「なんか言うつもり…?」


聖は聖で、奥さまに何か吹き込まれたんだろうか…


別に、と言いながら、私が食べる倍の早さでパンナコッタを食べ終わってしまった。


…なんてこった…




遠慮しても撃退しても迷惑だと言っても…聖は私をマンションまで送ってくれた。


星野さんの言う事が正しければ、聖は裕也専務の地雷で、一緒に帰ったりすれば、吹き飛ばされるらしいけど…


本当に大丈夫なのだろうか…



エントランスのインターホンを鳴らし、私の頭に手を置いて、モニターに向かってニカッと笑うのを忘れない聖。


「…」


裕也専務は無言で開けてくれた。

でも…雰囲気が不穏なことは、ちゃんと伝わってくる。



「ただいま戻りました…」


エレベーターで一緒に上がってくるとは思わなかったのか、玄関の外に出ている裕也専務。



「友達と会うって…聖くんのことだったんですね」


裕也専務の言葉に答えたのは聖。



「そうですよ?…言ったでしょ?これからも、俺と舞楽は今まで通りの付き合いをするって」


「…そうですが」


「じゃあ文句ありませんよね?」


話しぶりから…あの一件のあと、2人は私の知らないところで密会したようだ…



「何か、話し合いをしたんですか?


…だったら私にも声をかけてくれたらよかったのに…

裕也専務と聖をできる限り怖い顔で睨んでみた。


…先に笑ったのは裕也専務。


それを見て聖が言った。



「裕也さん、どういうつもりですか?舞楽のこと…」


「それは…いいから!」


さっき話した裕也専務との明確な関係のことを、問い詰める気だと思った。


好きだとは言っても、付き合うとも偽装関係の解消も口にしないことを、責めるつもりかもしれない…!



「…なんで?はじめが肝心だろ」


「…でも、」



「…何を揉めてるのかわかりませんけど…」


言い合う私たちの間に入って、裕也専務が私を引き寄せた。



「話は舞楽から聞く、ではダメなんですか?」


「この子が自分から言えっこないですよ」


「また…ずいぶん、舞楽を理解してるようなことを言いますね?」


聖はニヤリと笑って、明らかに裕也専務を煽っていた。

そして裕也専務は、さっきからずいぶんと機嫌が悪いようだけど。


…なんで?



そこへ、裕也専務の携帯が鳴りだした。



「話は舞楽から聞きます。…ここまで送ってもらって、ありがとう」


肩を抱かれて玄関に入る私。

振り向いて聖に手を振ると、意外にもその顔は笑顔だったので…私は生意気にも思う。


今回のバトル、聖の勝ちだな…と。



玄関に入って、裕也専務は着信を繋げた。


話しぶりから、会長からの電話のようだ。



「は?…もちろん覚えてますよ?3年前、海外へ行って…」


仕事の話ではなさそうだけど、聞き耳を立てるのは失礼だろうと、私は寝室へ引っ込む。


すると、裕也専務の声とは思えないほど弾んだ声が聞こえてきた。



「…帰ってくるって…この週末?!明後日のこと?!」


…誰か親しい人が、海外から帰ってくるらしい。


…そして次に続く言葉を聞いて、私の心臓は…ほんの少し、ドキンとした。



「沙希が…3年ぶりに帰ってくるのか?!」


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