「偶然だねぇ…お友達?」
星野さんの隣にはスラリとした美人。きっと奥さまだろうと、私は立ち上がって会釈しながら、聖を紹介しようとした。
「はじめまして。舞楽の幼なじみの、藍沢聖と申します」
私が紹介する前に、聖は自分からスマートに席を立って名乗ってくれた。
「あぁ…!あの『あいざわ』の…」
星野さんは嬉しそうに聖に握手を求め、人懐っこい笑顔になる。
「カッコいい人だなぁ…!こんなに金髪がよく似合うイケメンが、あの有名な老舗旅館の跡取りなんて…ギャップもいいとこだね!」
幼なじみを褒められて私も嬉しくなる…!
けれど…
星野さんに聖の話をした覚えはない。…裕也専務から聞いたのかな…
「…片瀬、舞楽ちゃん?」
スラリとした美人は、やはり星野さんの奥さまで、私は頭を下げながら挨拶をした。
「はい、片瀬舞楽と申します。いつも星野さんにはご面倒ばかりおかけしております…!」
「そんな…!とっても素直で可愛らしい後輩が来たって、いつも楽しく話をしてくれるのよ?」
奥さまはクスクス笑いながらそう言ってくれたけど…星野家で私は、どんな面白話を提供しているんだろう…。
奥さまは聖にも話しかけていた。
高級老舗旅館『あいざわ』は、SAIグループの一員なら、誰でも知っている有名な旅館らしい。
奥さまも、星野さんに聞いたことがあるんだと思う。
2人が和やかに話しているのを眺めていると、突然星野さんに腕を引かれた。
「聖くんって…訳アリの幼なじみじゃないの?」
「はぁ?…そんなことないですけど…」
星野さんは意味深な目線を向け、さらにぐっと詰めてくる。
「ははぁん…わかってないのは舞楽ちゃんだけってことか」
確かに…聖に告白されて、キスもされた。それを訳アリだと、星野さんは言いたいのかもしれない。
「裕也は?今日聖くんと会ってるってこと、知ってるの?」
「え…特に、言ってませんけど」
言わなきゃいけないものなのかな…
そもそも…
私たちの関係性がわからない。
上司と部下
同居人
偽装関係
契約関係
あと…なんだ?
「…あぁっ…!?」
ふと頭をよぎった3文字に、つい声を上げてしまった。
「…なに?!」
「い、いえ…なんでもないです…」
そうだ、もう1個、私たちの関係を表す言葉があった。
それは…せ、ふ、れ…
セフレ…。
「…悪いこと言わないから、早めに帰ったほうがいいよ?聖くんとは、一緒にご飯は食べたけど、速攻別れたとでも言って…」
「え…?そんな…嘘をつくほどのことなんでしょうか?」
「聖くんは裕也の地雷だよ?…吹き飛びたくなかったら、言う事聞いたほうがいいと思うけど?」
星野さんはそれだけ言うと、奥さまを伴って奥の席に行ってしまった。
なに…地雷って…
「…食後は甘いものだろ?」
同じく星野さんご夫妻を見送って、聖は私に席に座り直すよう言った。
そしてメニューを開いて見せてくれたので…パンナコッタかティラミスか迷って、パンナコッタにする。
「…これ食べたら、そろそろ帰ろうかなぁ」
すると聖…いらぬ親切をぶちこんできた。
「送っていくよ、マンションまで」
「…え?」
「裕也専務にも、きちんと挨拶をしなくちゃな…」
「なんか言うつもり…?」
聖は聖で、奥さまに何か吹き込まれたんだろうか…
別に、と言いながら、私が食べる倍の早さでパンナコッタを食べ終わってしまった。
…なんてこった…
遠慮しても撃退しても迷惑だと言っても…聖は私をマンションまで送ってくれた。
星野さんの言う事が正しければ、聖は裕也専務の地雷で、一緒に帰ったりすれば、吹き飛ばされるらしいけど…
本当に大丈夫なのだろうか…
エントランスのインターホンを鳴らし、私の頭に手を置いて、モニターに向かってニカッと笑うのを忘れない聖。
「…」
裕也専務は無言で開けてくれた。
でも…雰囲気が不穏なことは、ちゃんと伝わってくる。
「ただいま戻りました…」
エレベーターで一緒に上がってくるとは思わなかったのか、玄関の外に出ている裕也専務。
「友達と会うって…聖くんのことだったんですね」
裕也専務の言葉に答えたのは聖。
「そうですよ?…言ったでしょ?これからも、俺と舞楽は今まで通りの付き合いをするって」
「…そうですが」
「じゃあ文句ありませんよね?」
話しぶりから…あの一件のあと、2人は私の知らないところで密会したようだ…
「何か、話し合いをしたんですか?
…だったら私にも声をかけてくれたらよかったのに…
裕也専務と聖をできる限り怖い顔で睨んでみた。
…先に笑ったのは裕也専務。
それを見て聖が言った。
「裕也さん、どういうつもりですか?舞楽のこと…」
「それは…いいから!」
さっき話した裕也専務との明確な関係のことを、問い詰める気だと思った。
好きだとは言っても、付き合うとも偽装関係の解消も口にしないことを、責めるつもりかもしれない…!
「…なんで?はじめが肝心だろ」
「…でも、」
「…何を揉めてるのかわかりませんけど…」
言い合う私たちの間に入って、裕也専務が私を引き寄せた。
「話は舞楽から聞く、ではダメなんですか?」
「この子が自分から言えっこないですよ」
「また…ずいぶん、舞楽を理解してるようなことを言いますね?」
聖はニヤリと笑って、明らかに裕也専務を煽っていた。
そして裕也専務は、さっきからずいぶんと機嫌が悪いようだけど。
…なんで?
そこへ、裕也専務の携帯が鳴りだした。
「話は舞楽から聞きます。…ここまで送ってもらって、ありがとう」
肩を抱かれて玄関に入る私。
振り向いて聖に手を振ると、意外にもその顔は笑顔だったので…私は生意気にも思う。
今回のバトル、聖の勝ちだな…と。
玄関に入って、裕也専務は着信を繋げた。
話しぶりから、会長からの電話のようだ。
「は?…もちろん覚えてますよ?3年前、海外へ行って…」
仕事の話ではなさそうだけど、聞き耳を立てるのは失礼だろうと、私は寝室へ引っ込む。
すると、裕也専務の声とは思えないほど弾んだ声が聞こえてきた。
「…帰ってくるって…この週末?!明後日のこと?!」
…誰か親しい人が、海外から帰ってくるらしい。
…そして次に続く言葉を聞いて、私の心臓は…ほんの少し、ドキンとした。
「沙希が…3年ぶりに帰ってくるのか?!」