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第72話

「聞こえていたと思いますが、週末、一緒に沙希を迎えに行ってほしいんです」


「…私も、ですか?」


「ええ。婚約者として紹介するんですから、当然でしょう」


「…」


確かお願いされていたはずなのに、いつの間にか上から目線なのが、裕也専務らしい。


さっきの電話での様子を思い出して、結局押し切られたのか…と思う。



「…それから」


まだ何か、と言ってしまいそうになって…喧嘩腰にならないように気を付ける。


沙希さんという女性のわがままを聞いてあげることが、なんだか私を苛立たせた。



「俺の呼び方を、変えてもらえません…?」


「裕也専務を…?」


「…裕也に」


…なんだかちょっと照れくさそうに言う裕也専務がレアで、思わず顔を覗き込んでしまう。



「練習でもしておいてください…」


先に寝室に行ってしまった裕也専務。


その姿を愛しい気持ちで見つめながら、裕也って呼ぶ自分を想像して赤くなり…手で顔をあおいだ。




「…沙希が帰ってくるんだ?」


翌日、愛妻弁当を広げる星野さんの横で、買ってきたサンドイッチを食べながら話した。



「とても親しい幼なじみの方みたいで…私も一緒に迎えに行くことになりました」


「仲良かったからな〜。裕也のとこに遊びに行くとだいたい来てたし、それこそもしかして裕也の初めての…」


初めての…?

言葉を切った星野さんを見上げると、急にご飯をかき込んでいる。



「あぁ…まぁ、さっぱりしたいい子だよ!よろしく言っておいてね」


「…はあ…」


奥歯にものが挟まったような言い方が気になったが、会議が終わった裕也専務が戻ってきたので、話はおしまいになった。




やがて週末がやって来た。


沙希さんという方を迎えに行くのに…実は何を着ていこうか、ずっと悩んでいた私。


前にイメチェンしようと美波に選んでもらった服は、どれも攻めすぎている気がする。



「…仕方ない…これにしよう」


選んだのは、紺色のショートパンツ。

…とはいっても、そんなに短くないキュロットのようなショートパンツで、ポリエステルの生地はギャルっぽくもない。


白いブラウスを合わせて、ちゃんとパンプスを履けば、カジュアルすぎないからいいと思った。



「…準備はいいです……か?」


洗面室でメイクをしていると、着替えた裕也専務がやって来て、私のコーデを頭の先から爪先まで…ジロジロ見て…



「…あの」


視線が足で止まった…



「…ひざ上20センチ…」


「は?まさか!10センチです!」


「いや、この短さは確実に20センチですね」


そんな短いはずないと、ムキになった私は定規を持ってきて測ってみることにした!



「俺がやります」


太ももの後ろに手が添えられ、その触り方に変な声を上げそうになる。



「「…15センチ…?!」」


2人で定規を凝視し、声をそろえて目盛りを読み上げ…その微妙な数字におかしくなって笑ってしまう。



「ちょうど中間…って!」


定規を取り上げながら言うと、裕也専務にはまだまだ文句がありそうだ。



「…どちらにしても短すぎるでしょうが」


「…え?そういうことを言いたかったんですか?」


裕也専務は片方の眉を上げ、プラチナフレームのメガネを上げながら言う。



「当然です。…他に何を言いたいと思うんです?」


「子供っぽいとか、似合わないとか…」


「ふん…子供っぽいなら、文句はないです。変に色っぽいから気に入らない」


たまに、勘違いしそうになって困る。


私の服に文句を言ったりする姿をみると、まるで本当の婚約者みたい。



「すいません。ちょうどいい服を持っていないので、今日はこれで勘弁してください」


本当は、どんな服を着た女性を好ましく思うのかなぁ…

できたら、裕也専務の好みの服を着て、隣に立ってみたい。



「…別に」


メイクに戻った私に、裕也専務は腕組みしながら、尚も話しかけてくる。



「その短いのが、君に似合わないとか、俺の好みではないと言いたいわけではない」


鏡越しに裕也専務を見ると、まだ私の足を見てることに気づいて、ちょっとからかってやろうと思いつく。



「わかりました…!裕也専務、足フェチなんですね?」


「フェチ…」


「女の人の唇と足が好きだったんだなぁ…ふーん!」


「はぁ…?!あんまり、舐めないほうがいいですよ?」


笑い飛ばして終わるはずが…裕也専務、何気に戦闘モードだ。



「前にも言いましたよね?唇に関して、俺がムラっとするのは君限定です。それに、世の中の女性がどれだけ足をひん剥いていても、俺は静かな気持ちでいられます。問題は、君なんですよ、舞楽…」


スルスル言葉が出てくる裕也専務の唇を、無意識に見ていた。

そんな私に、一歩近づいてくる裕也専務。



「こんなに足をさらけ出して、外を歩かないでいただきたい。…どれほどの男が二度見すると思います?」


腰を抱き寄せて、右手が太ももを這う。



「き…着替えます…か?」


ご機嫌を伺うように見上げると、裕也専務は私の手を取り、洗面室から連れ出した。



「…おいで」



…なんだか雰囲気が甘い気がする。

そしてそして…ドキドキが始まるような気がするっ!


数時間前、一緒に抜け出したベッドに、容易く仰向けにされて…

いつかみたいに両手両足で体を挟まれてしまった…


「あの…」


「…黙って」


また説教ですか…と聞きそうになって、今回はそんなつもりはなさそうな裕也専務の唇が近づいてきた。


「…あのっ!」


…説教しないのはわかった。

わかったけど…本当は1番聞きたいことが今、塞がれそうな唇から飛び出しそうな予感がしてる。



「キスして…それ以上して、私は…あとどれくらい裕也専務のそばにいられるんですか…っ?」


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