「聞こえていたと思いますが、週末、一緒に沙希を迎えに行ってほしいんです」
「…私も、ですか?」
「ええ。婚約者として紹介するんですから、当然でしょう」
「…」
確かお願いされていたはずなのに、いつの間にか上から目線なのが、裕也専務らしい。
さっきの電話での様子を思い出して、結局押し切られたのか…と思う。
「…それから」
まだ何か、と言ってしまいそうになって…喧嘩腰にならないように気を付ける。
沙希さんという女性のわがままを聞いてあげることが、なんだか私を苛立たせた。
「俺の呼び方を、変えてもらえません…?」
「裕也専務を…?」
「…裕也に」
…なんだかちょっと照れくさそうに言う裕也専務がレアで、思わず顔を覗き込んでしまう。
「練習でもしておいてください…」
先に寝室に行ってしまった裕也専務。
その姿を愛しい気持ちで見つめながら、裕也って呼ぶ自分を想像して赤くなり…手で顔をあおいだ。
「…沙希が帰ってくるんだ?」
翌日、愛妻弁当を広げる星野さんの横で、買ってきたサンドイッチを食べながら話した。
「とても親しい幼なじみの方みたいで…私も一緒に迎えに行くことになりました」
「仲良かったからな〜。裕也のとこに遊びに行くとだいたい来てたし、それこそもしかして裕也の初めての…」
初めての…?
言葉を切った星野さんを見上げると、急にご飯をかき込んでいる。
「あぁ…まぁ、さっぱりしたいい子だよ!よろしく言っておいてね」
「…はあ…」
奥歯にものが挟まったような言い方が気になったが、会議が終わった裕也専務が戻ってきたので、話はおしまいになった。
やがて週末がやって来た。
沙希さんという方を迎えに行くのに…実は何を着ていこうか、ずっと悩んでいた私。
前にイメチェンしようと美波に選んでもらった服は、どれも攻めすぎている気がする。
「…仕方ない…これにしよう」
選んだのは、紺色のショートパンツ。
…とはいっても、そんなに短くないキュロットのようなショートパンツで、ポリエステルの生地はギャルっぽくもない。
白いブラウスを合わせて、ちゃんとパンプスを履けば、カジュアルすぎないからいいと思った。
「…準備はいいです……か?」
洗面室でメイクをしていると、着替えた裕也専務がやって来て、私のコーデを頭の先から爪先まで…ジロジロ見て…
「…あの」
視線が足で止まった…
「…ひざ上20センチ…」
「は?まさか!10センチです!」
「いや、この短さは確実に20センチですね」
そんな短いはずないと、ムキになった私は定規を持ってきて測ってみることにした!
「俺がやります」
太ももの後ろに手が添えられ、その触り方に変な声を上げそうになる。
「「…15センチ…?!」」
2人で定規を凝視し、声をそろえて目盛りを読み上げ…その微妙な数字におかしくなって笑ってしまう。
「ちょうど中間…って!」
定規を取り上げながら言うと、裕也専務にはまだまだ文句がありそうだ。
「…どちらにしても短すぎるでしょうが」
「…え?そういうことを言いたかったんですか?」
裕也専務は片方の眉を上げ、プラチナフレームのメガネを上げながら言う。
「当然です。…他に何を言いたいと思うんです?」
「子供っぽいとか、似合わないとか…」
「ふん…子供っぽいなら、文句はないです。変に色っぽいから気に入らない」
たまに、勘違いしそうになって困る。
私の服に文句を言ったりする姿をみると、まるで本当の婚約者みたい。
「すいません。ちょうどいい服を持っていないので、今日はこれで勘弁してください」
本当は、どんな服を着た女性を好ましく思うのかなぁ…
できたら、裕也専務の好みの服を着て、隣に立ってみたい。
「…別に」
メイクに戻った私に、裕也専務は腕組みしながら、尚も話しかけてくる。
「その短いのが、君に似合わないとか、俺の好みではないと言いたいわけではない」
鏡越しに裕也専務を見ると、まだ私の足を見てることに気づいて、ちょっとからかってやろうと思いつく。
「わかりました…!裕也専務、足フェチなんですね?」
「フェチ…」
「女の人の唇と足が好きだったんだなぁ…ふーん!」
「はぁ…?!あんまり、舐めないほうがいいですよ?」
笑い飛ばして終わるはずが…裕也専務、何気に戦闘モードだ。
「前にも言いましたよね?唇に関して、俺がムラっとするのは君限定です。それに、世の中の女性がどれだけ足をひん剥いていても、俺は静かな気持ちでいられます。問題は、君なんですよ、舞楽…」
スルスル言葉が出てくる裕也専務の唇を、無意識に見ていた。
そんな私に、一歩近づいてくる裕也専務。
「こんなに足をさらけ出して、外を歩かないでいただきたい。…どれほどの男が二度見すると思います?」
腰を抱き寄せて、右手が太ももを這う。
「き…着替えます…か?」
ご機嫌を伺うように見上げると、裕也専務は私の手を取り、洗面室から連れ出した。
「…おいで」
…なんだか雰囲気が甘い気がする。
そしてそして…ドキドキが始まるような気がするっ!
数時間前、一緒に抜け出したベッドに、容易く仰向けにされて…
いつかみたいに両手両足で体を挟まれてしまった…
「あの…」
「…黙って」
また説教ですか…と聞きそうになって、今回はそんなつもりはなさそうな裕也専務の唇が近づいてきた。
「…あのっ!」
…説教しないのはわかった。
わかったけど…本当は1番聞きたいことが今、塞がれそうな唇から飛び出しそうな予感がしてる。
「キスして…それ以上して、私は…あとどれくらい裕也専務のそばにいられるんですか…っ?」