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第73話

「…何を言い出すかと思ったら…」


メガネを外して、ヘッドボードに置く時、裕也専務の喉仏がすぐ近くに見えた。


それはどうしようもないほどの色気と、男性らしさの象徴で、めまいがするほど。



「好きって言われて、今みたいに私にだけドキドキするって言われて、色っぽく触られて…もう私は、正気に戻れません…」


「正気じゃないと…?」


「当然です!裕也専務のせいです!…好きになるなって言いながら煽って…意地悪にもほどがあります!」


なんだか怒りが湧いてきた。

こんなに近くにいて、こんなに美しくて変な人、クセにならないはずがない。



「正気を保てず俺に夢中って…サイコーじゃないですか」


ちゅう…っと音がするキスを落とし、私を赤くして楽しんでいる裕也専務。



「さっきの質問の答えは?…私はいつまで、偽装婚約者として…そばにいられるんですか?それとも近く契約破棄ですか?違約金、いくらですか?」




「…永遠に俺のそばに。違約金はゼロ」





「…え………」




「わかりません?好きだって言ったでしょ?離すはずがない…こんなに、可愛いお前を」





…もう、何も言えなくなった。

離れる隙を与えられず、甘いキスが続き、あちこちをなでる手が官能的に体を這うから。


いつの間にか素肌が触れ合って、これまでの数回の愛で、1番早急で濃厚な時間を過ごした気がする…





「ゆ…や専務…迎えに…行かないと」


終わりのない愛…もう何度目かもわからない。

わからないけど、頭の片隅に「沙希さんのお迎え」はずっと残ってて…


「…あん?…そんなこと気にするなんて、まだまだ余裕ですね?」


余裕なんてありませんけど…?!

声を出す前に、力強く抱きしめられ…振り出しに戻った。




…この人は、超人なんだろうか。



「少し急ぎましょう。そろそろ到着するようです」


やっと服を着ていい許可がおりて、結局さっきと同じ服を着る私に、もう何も文句はないらしい。



「たまには電車で行きましょう」


こんな時こそ、車を出して欲しかった…



「…まったく君は、体力がありませんね?」


アハハ…と明るく笑う裕也専務。


あなたこそ、私をいいようにした後は、決まってご機嫌で、羽が生えたように身のこなしが軽やかですね…



「裕也専務ほど、体力バカにはなれません」


うっかり本音を言ってしまった。

さすがに、上司に対して「バカ」はない。…「バカ」は。



「それじゃ、抱っこしましょうか?」


「…は?」


私の言葉を素通りして、腕を広げる裕也専務。


…何か言わないと、本当に抱き上げそうな気がして慌てる。



「こ、こ、こ…子供だと思ってます?」


疲れたから抱っこ…をねだる子供と一緒にしてるのではあるまいか?

ぷんっと頬を膨らませる私に、裕也専務は、さっきまでの行為を思い出させる妖艶な微笑み。



「思ってません…思うはず、ないでしょう?」


「…っ!?」


ヤバイヤバイ…墓穴を掘ってしまった…



「まぁ、その…いいから行きましょう!」


私が裕也専務の手を引いて、駅までの道をズンズン引っ張っていくことになった。




「暑くも寒くもない、いい陽気ですね…」


マンションを出て、のんびり歩きながら言われて…我に返った。

引っ張っているつもりが…あれ、私…普通に手を繋いでる?


若干私のほうが前のめりだけど…引っ張るのをやめてみれば…ほら。



「何を見てるんですか?」


繋がれた2人の手を、歩きながら白昼堂々、凝視する女。



「いえ、何でもありません」


慌てて手を離そうとして…あれ、離れない?



「なんで離すんですか?」


「…なんで離さないんですか?」


「迷子になりそうだし、俺のって世の中に示したいし、小さい手が可愛いから」


指を絡ませる恋人繋ぎにバージョンアップ…ただいま溺愛モード発令中…。



大人しく大きな手に繋がれたまま、電車を乗り継いで空港まで来た。



「沙希が乗ってくる飛行機は…確か、アメリカーナケロロン航空」


そんな航空会社があったのかと驚いた…!


裕也専務は、今いる場所を沙希さんにメッセージしたらしい。



「いつか…君とも乗りたいですね。飛行機」


「はい…」


海外への出張についていきたい。

そばで、忙しい裕也専務を支えたいと思いながら…

ケロロン航空は、ちょっとイヤだな…。



なんて思っていたら…




「…裕也っ!?」



ふわりと風が巻き起こるほど勢いよく、裕也専務に近づいてくる塊…そしてバシっと音がするほど強く巻き付く腕。




「沙希…くるし…」



それでも私の手を離さないから、裕也専務は大型犬に飛びつかれた人みたいになってる…

もう…制御不能。



「会いたかった!元気だった?!」



裕也専務の頬にちゅう…っと音がするほど強くキスをするこの人が…沙希さん?



「あれ?…誰?!お手伝いさん?」


抱きしめる腕は離さず、顔だけを向けて私を見る沙希さん。


サイドの髪を耳にかけた明るいブラウンのショートヘア。

白地に黒い大きな花柄のサンドレスの上に、ゆったりした白いカーディガンを羽織っている。


目をテンにして見つめる私に、沙希さんはようやく気づいてくれたらしい。


唖然としてすぐに何も言えない私に、矢継ぎ早に言う沙希さん。



「お手伝いさんじゃないの?…じゃあドライバー?それとも偶然居合わせた人?セフレ?」


「あ…いえ、私は」


顔を動かすたびに、黒い輪っかのピアスが揺れて、抱きつかれている裕也専務が迷惑そうに顔をしかめる。



「まずは離れろ…!」


巻き付いた腕が緩まず、裕也専務は顔色を若干白くしながら、手を繋いでいない方の手で沙希さんの腕を引き剥がした。



「この子は…お手伝いでもドライバーでも傍観者でもセフレでもないっ!」


久しぶりに会ったというのに、不機嫌丸出しの裕也専務。



「電話で話したろ?…婚約者の、片瀬舞楽」


何故か繋いでる手を沙希さんに見せている。


沙希さんは私たちの繋がれた手をあっという間にほどき、イタズラっぽく裕也専務と手を繋いで見せた。



「やだなぁ…私が帰ってきた理由、知らないの?」



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