「…何を言い出すかと思ったら…」
メガネを外して、ヘッドボードに置く時、裕也専務の喉仏がすぐ近くに見えた。
それはどうしようもないほどの色気と、男性らしさの象徴で、めまいがするほど。
「好きって言われて、今みたいに私にだけドキドキするって言われて、色っぽく触られて…もう私は、正気に戻れません…」
「正気じゃないと…?」
「当然です!裕也専務のせいです!…好きになるなって言いながら煽って…意地悪にもほどがあります!」
なんだか怒りが湧いてきた。
こんなに近くにいて、こんなに美しくて変な人、クセにならないはずがない。
「正気を保てず俺に夢中って…サイコーじゃないですか」
ちゅう…っと音がするキスを落とし、私を赤くして楽しんでいる裕也専務。
「さっきの質問の答えは?…私はいつまで、偽装婚約者として…そばにいられるんですか?それとも近く契約破棄ですか?違約金、いくらですか?」
「…永遠に俺のそばに。違約金はゼロ」
「…え………」
「わかりません?好きだって言ったでしょ?離すはずがない…こんなに、可愛いお前を」
…もう、何も言えなくなった。
離れる隙を与えられず、甘いキスが続き、あちこちをなでる手が官能的に体を這うから。
いつの間にか素肌が触れ合って、これまでの数回の愛で、1番早急で濃厚な時間を過ごした気がする…
「ゆ…や専務…迎えに…行かないと」
終わりのない愛…もう何度目かもわからない。
わからないけど、頭の片隅に「沙希さんのお迎え」はずっと残ってて…
「…あん?…そんなこと気にするなんて、まだまだ余裕ですね?」
余裕なんてありませんけど…?!
声を出す前に、力強く抱きしめられ…振り出しに戻った。
…この人は、超人なんだろうか。
「少し急ぎましょう。そろそろ到着するようです」
やっと服を着ていい許可がおりて、結局さっきと同じ服を着る私に、もう何も文句はないらしい。
「たまには電車で行きましょう」
こんな時こそ、車を出して欲しかった…
「…まったく君は、体力がありませんね?」
アハハ…と明るく笑う裕也専務。
あなたこそ、私をいいようにした後は、決まってご機嫌で、羽が生えたように身のこなしが軽やかですね…
「裕也専務ほど、体力バカにはなれません」
うっかり本音を言ってしまった。
さすがに、上司に対して「バカ」はない。…「バカ」は。
「それじゃ、抱っこしましょうか?」
「…は?」
私の言葉を素通りして、腕を広げる裕也専務。
…何か言わないと、本当に抱き上げそうな気がして慌てる。
「こ、こ、こ…子供だと思ってます?」
疲れたから抱っこ…をねだる子供と一緒にしてるのではあるまいか?
ぷんっと頬を膨らませる私に、裕也専務は、さっきまでの行為を思い出させる妖艶な微笑み。
「思ってません…思うはず、ないでしょう?」
「…っ!?」
ヤバイヤバイ…墓穴を掘ってしまった…
「まぁ、その…いいから行きましょう!」
私が裕也専務の手を引いて、駅までの道をズンズン引っ張っていくことになった。
「暑くも寒くもない、いい陽気ですね…」
マンションを出て、のんびり歩きながら言われて…我に返った。
引っ張っているつもりが…あれ、私…普通に手を繋いでる?
若干私のほうが前のめりだけど…引っ張るのをやめてみれば…ほら。
「何を見てるんですか?」
繋がれた2人の手を、歩きながら白昼堂々、凝視する女。
「いえ、何でもありません」
慌てて手を離そうとして…あれ、離れない?
「なんで離すんですか?」
「…なんで離さないんですか?」
「迷子になりそうだし、俺のって世の中に示したいし、小さい手が可愛いから」
指を絡ませる恋人繋ぎにバージョンアップ…ただいま溺愛モード発令中…。
大人しく大きな手に繋がれたまま、電車を乗り継いで空港まで来た。
「沙希が乗ってくる飛行機は…確か、アメリカーナケロロン航空」
そんな航空会社があったのかと驚いた…!
裕也専務は、今いる場所を沙希さんにメッセージしたらしい。
「いつか…君とも乗りたいですね。飛行機」
「はい…」
海外への出張についていきたい。
そばで、忙しい裕也専務を支えたいと思いながら…
ケロロン航空は、ちょっとイヤだな…。
なんて思っていたら…
「…裕也っ!?」
ふわりと風が巻き起こるほど勢いよく、裕也専務に近づいてくる塊…そしてバシっと音がするほど強く巻き付く腕。
「沙希…くるし…」
それでも私の手を離さないから、裕也専務は大型犬に飛びつかれた人みたいになってる…
もう…制御不能。
「会いたかった!元気だった?!」
裕也専務の頬にちゅう…っと音がするほど強くキスをするこの人が…沙希さん?
「あれ?…誰?!お手伝いさん?」
抱きしめる腕は離さず、顔だけを向けて私を見る沙希さん。
サイドの髪を耳にかけた明るいブラウンのショートヘア。
白地に黒い大きな花柄のサンドレスの上に、ゆったりした白いカーディガンを羽織っている。
目をテンにして見つめる私に、沙希さんはようやく気づいてくれたらしい。
唖然としてすぐに何も言えない私に、矢継ぎ早に言う沙希さん。
「お手伝いさんじゃないの?…じゃあドライバー?それとも偶然居合わせた人?セフレ?」
「あ…いえ、私は」
顔を動かすたびに、黒い輪っかのピアスが揺れて、抱きつかれている裕也専務が迷惑そうに顔をしかめる。
「まずは離れろ…!」
巻き付いた腕が緩まず、裕也専務は顔色を若干白くしながら、手を繋いでいない方の手で沙希さんの腕を引き剥がした。
「この子は…お手伝いでもドライバーでも傍観者でもセフレでもないっ!」
久しぶりに会ったというのに、不機嫌丸出しの裕也専務。
「電話で話したろ?…婚約者の、片瀬舞楽」
何故か繋いでる手を沙希さんに見せている。
沙希さんは私たちの繋がれた手をあっという間にほどき、イタズラっぽく裕也専務と手を繋いで見せた。
「やだなぁ…私が帰ってきた理由、知らないの?」