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第75話

しばらくして、玄関の方で激しく言い合う声が聞こえた。


「クッキーとシュークリームとエクレアとプリン、それにこれでもかというほど苺が乗ったフルーツタルト!ぜーんぶ買ってやった!」


「…それ1人で食べるんだよな?その後夕飯もちゃんと食べるって、言ったよな?」


「…大丈夫!私のお腹はブラックホールなの!」


大きな声でポンポン話してるから、喧嘩でもしてるのかと思った…


遠慮のない感じ…さっき2人が買い物に出た時、紅茶を淹れながら…気付いてしまった。


…裕也専務、敬語じゃない。

沙希さんに対しては、ずっと。


それは気を許している証拠だと、私は認識している。 





シュークリームとかタルトは冷蔵庫にしまったほうがいいと思って、気を利かせたつもりだったのに。


「しまわなくていいですよ。…沙希、30分以内に全部食べるチャレンジするとか言ってますから…w」


「…30分とは言ってないでしょ?!」


「さっき言っただろ?…日本のお菓子はデリシャスだからすぐ全部食べられる…とかって…!」


沙希さんをからかうような言い方をして、私には見せたことのない笑顔を向ける。


イタズラを仕掛けられて、スネるような顔になる沙希さんを見て、裕也専務は屈託なく笑った。



…なんだか、入っていけない。



「じゃあいくよ?裕也、ちゃんと見ておきたまえ…!」


沙希さんはラグに座り込んで、早速プリンを食べ始めた。


それは決して行儀がいいとは言えない姿なのに、なんでだろう。

沙希さんがプリンを頬張る姿は、全然不快じゃない。


「はい!1個食べ終わり〜!」


カラになったカップを素早くビニールの袋に入れて、すぐに次のプリンを食べ始める。

また食べ終わって、同じように袋に入れた沙希さん。


お行儀がよくないはずなのに、美しくさえ見える秘密は、見ててわかった。


ちゃんと背筋が伸びて、脇を締める姿勢。

口を開けるタイミング、スプーンを持つ指先…


育ちがいいんだ。

子供の頃からちゃんとマナーを学んできた人の仕草は、一般人のそれとは違う。


裕也専務の…幼なじみだもんなぁ。



「プリン1個に30秒とか…早すぎだろ!」


お茶を淹れる私のそばを離れることなく、沙希さんに声をかける裕也専務。


…話に入れなくても、私が蚊帳の外にならないように、という気づかいを感じる。

それは…素直に嬉しく思う。




紅茶を淹れてダイニングテーブルに置こうとして…椅子がないことに気付いた。


そういえば人が来た時は、ラグのほうで食べていたっけ…


端に寄せられたガラステーブルに紅茶を置いたところで、沙希さんが振り向いた。



「ダイニングテーブルで、じゃんけんに負けた人が立って食べるってどぉ?」


…え?


沙希さんはそうしよう!と言って、運んだ紅茶をダイニングテーブルに持っていってしまう。



「出た…!ギャンブラー沙希」


呆れた様子の裕也専務。

止める様子はないので、じゃんけん椅子取りゲームは開催されるらしい。



「ちゃららららららん♪ちゃらちゃらちゃららん♪」


沙希さんによって、ダイニングの椅子が背中合わせに置かれ、その周りを回る私たち…


このチャラチャラ♫…という口ずさむ音が途切れて、椅子に座った人が勝ち…ということらしい。


チャラチャラ言ってるのは沙希さんなんだから、彼女が有利に決まってるけど、それでもつい…私は真剣にやってしまうわけです…!


「チャラチャラッチャチャラチャラ…」


…切れた!


目の前の椅子に慌てて座ったのは、私と沙希さん。

裕也専務は腕組みをしながら笑ってる。


「…椅子は2人でどーぞ」


「えー…裕也本気でやらないなんてずるいよ!ねぇ?…えっと…」


私に同意を求めながら、悲しい事実が発覚した…

沙希さん、私の名前をいまだに覚えていない。


「まいら…です」


ヘラっと笑いながら…なんともいえずいたたまれなくなって、私は椅子から立ち上がってキッチンへ行った。



「い、椅子は2人でどうぞ!私は…キッチンで、いろいろやることありますし…」


せっかく淹れた紅茶が冷めてしまう…私は2人が買ってきたクッキーやシュークリームをお皿に盛って、テーブルに持っていった。


するとここで、裕也専務がとんでもない暴挙に出る…!



「…じゃあ舞楽、ここに座りなさい」


椅子に座った自分の膝を示す裕也専務。



「…はっ?!」


それだけのことで、顔が赤くなってる自信がある…。


「…それ、いいじゃない!椅子に1人で座ろうとするからいけないのよ!」


沙希さんはそう言うけど…人前でお膝に抱っことか、テレる…テレまくってしまう…!



「いえ…私は、立ってても全然大丈夫で…」


モジモジしながら、すぐに行かなかった私が悪いのだろうか…



「じゃあ1人で座る?」


椅子から立ち上がった沙希さん。

何の迷いもなく、私を待っていた裕也専務の膝に座ってしまった…



「はい。手はここね?」


茫然とする裕也専務の手を、自分のウエストに絡ませる事も忘れない。



「はぁ…っ?!なんで沙希が俺の膝に乗るんだ?お前なんか重いだけだ!降りろ!」


こめかみに青筋を立てて怒る裕也専務。



「なによ…!仕方ないでしょ?舞楽ちゃんは1人で座りたいんだって!」


「だからといってどうしてお前を膝に乗せなきゃならんのだ!?…あぁ?!」


ゴタゴタ揉めてるうちに、紅茶はすっかり冷めたようです…


膝の上がダメなら椅子の座面を半分こしようと、裕也専務を押しのけて座ったけれど、結局裕也専務が立ってしまい…


全員おとなしくガラステーブルに移動した。



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