しばらくして、玄関の方で激しく言い合う声が聞こえた。
「クッキーとシュークリームとエクレアとプリン、それにこれでもかというほど苺が乗ったフルーツタルト!ぜーんぶ買ってやった!」
「…それ1人で食べるんだよな?その後夕飯もちゃんと食べるって、言ったよな?」
「…大丈夫!私のお腹はブラックホールなの!」
大きな声でポンポン話してるから、喧嘩でもしてるのかと思った…
遠慮のない感じ…さっき2人が買い物に出た時、紅茶を淹れながら…気付いてしまった。
…裕也専務、敬語じゃない。
沙希さんに対しては、ずっと。
それは気を許している証拠だと、私は認識している。
シュークリームとかタルトは冷蔵庫にしまったほうがいいと思って、気を利かせたつもりだったのに。
「しまわなくていいですよ。…沙希、30分以内に全部食べるチャレンジするとか言ってますから…w」
「…30分とは言ってないでしょ?!」
「さっき言っただろ?…日本のお菓子はデリシャスだからすぐ全部食べられる…とかって…!」
沙希さんをからかうような言い方をして、私には見せたことのない笑顔を向ける。
イタズラを仕掛けられて、スネるような顔になる沙希さんを見て、裕也専務は屈託なく笑った。
…なんだか、入っていけない。
「じゃあいくよ?裕也、ちゃんと見ておきたまえ…!」
沙希さんはラグに座り込んで、早速プリンを食べ始めた。
それは決して行儀がいいとは言えない姿なのに、なんでだろう。
沙希さんがプリンを頬張る姿は、全然不快じゃない。
「はい!1個食べ終わり〜!」
カラになったカップを素早くビニールの袋に入れて、すぐに次のプリンを食べ始める。
また食べ終わって、同じように袋に入れた沙希さん。
お行儀がよくないはずなのに、美しくさえ見える秘密は、見ててわかった。
ちゃんと背筋が伸びて、脇を締める姿勢。
口を開けるタイミング、スプーンを持つ指先…
育ちがいいんだ。
子供の頃からちゃんとマナーを学んできた人の仕草は、一般人のそれとは違う。
裕也専務の…幼なじみだもんなぁ。
「プリン1個に30秒とか…早すぎだろ!」
お茶を淹れる私のそばを離れることなく、沙希さんに声をかける裕也専務。
…話に入れなくても、私が蚊帳の外にならないように、という気づかいを感じる。
それは…素直に嬉しく思う。
紅茶を淹れてダイニングテーブルに置こうとして…椅子がないことに気付いた。
そういえば人が来た時は、ラグのほうで食べていたっけ…
端に寄せられたガラステーブルに紅茶を置いたところで、沙希さんが振り向いた。
「ダイニングテーブルで、じゃんけんに負けた人が立って食べるってどぉ?」
…え?
沙希さんはそうしよう!と言って、運んだ紅茶をダイニングテーブルに持っていってしまう。
「出た…!ギャンブラー沙希」
呆れた様子の裕也専務。
止める様子はないので、じゃんけん椅子取りゲームは開催されるらしい。
「ちゃららららららん♪ちゃらちゃらちゃららん♪」
沙希さんによって、ダイニングの椅子が背中合わせに置かれ、その周りを回る私たち…
このチャラチャラ♫…という口ずさむ音が途切れて、椅子に座った人が勝ち…ということらしい。
チャラチャラ言ってるのは沙希さんなんだから、彼女が有利に決まってるけど、それでもつい…私は真剣にやってしまうわけです…!
「チャラチャラッチャチャラチャラ…」
…切れた!
目の前の椅子に慌てて座ったのは、私と沙希さん。
裕也専務は腕組みをしながら笑ってる。
「…椅子は2人でどーぞ」
「えー…裕也本気でやらないなんてずるいよ!ねぇ?…えっと…」
私に同意を求めながら、悲しい事実が発覚した…
沙希さん、私の名前をいまだに覚えていない。
「まいら…です」
ヘラっと笑いながら…なんともいえずいたたまれなくなって、私は椅子から立ち上がってキッチンへ行った。
「い、椅子は2人でどうぞ!私は…キッチンで、いろいろやることありますし…」
せっかく淹れた紅茶が冷めてしまう…私は2人が買ってきたクッキーやシュークリームをお皿に盛って、テーブルに持っていった。
するとここで、裕也専務がとんでもない暴挙に出る…!
「…じゃあ舞楽、ここに座りなさい」
椅子に座った自分の膝を示す裕也専務。
「…はっ?!」
それだけのことで、顔が赤くなってる自信がある…。
「…それ、いいじゃない!椅子に1人で座ろうとするからいけないのよ!」
沙希さんはそう言うけど…人前でお膝に抱っことか、テレる…テレまくってしまう…!
「いえ…私は、立ってても全然大丈夫で…」
モジモジしながら、すぐに行かなかった私が悪いのだろうか…
「じゃあ1人で座る?」
椅子から立ち上がった沙希さん。
何の迷いもなく、私を待っていた裕也専務の膝に座ってしまった…
「はい。手はここね?」
茫然とする裕也専務の手を、自分のウエストに絡ませる事も忘れない。
「はぁ…っ?!なんで沙希が俺の膝に乗るんだ?お前なんか重いだけだ!降りろ!」
こめかみに青筋を立てて怒る裕也専務。
「なによ…!仕方ないでしょ?舞楽ちゃんは1人で座りたいんだって!」
「だからといってどうしてお前を膝に乗せなきゃならんのだ!?…あぁ?!」
ゴタゴタ揉めてるうちに、紅茶はすっかり冷めたようです…
膝の上がダメなら椅子の座面を半分こしようと、裕也専務を押しのけて座ったけれど、結局裕也専務が立ってしまい…
全員おとなしくガラステーブルに移動した。